第3話 金がないなら、数字を見ろ
改革の話が広まるのは、思ったより早かった。
「税を下げるらしいぞ」
「いや、商会との契約を切るって」
「新しい領主は無能だ」
城下町には、不安と不満の入り混じった声が渦巻いていた。そして、その声の中心にいるのが誰かは、調べるまでもなかった。商業担当のマルコだ。
「このままでは、領地は本当に滅びます!」
臨時で開かれた集会。簡素な広場に住民と関係者が集まる中、マルコは声を張り上げ、俺を指差した。
「王都の大商会との契約を切れば、物資は止まり、価格は高騰し、民は飢える!」
ざわめきが走る。
「そんな者が領主でいいのか!? 数字も分からぬ机上の空論だ!」
……言いたい放題だな。
俺は前に出て、手を上げた。騒がしかった広場が、少し静まる。
「一つだけ、確認しよう。君はさっき、“数字も分からない”と言ったな」
「え、ええ!」
マルコは勢いよくうなずいた。
「なら――」
俺は持ってきた帳簿を、机の上に置いた。
「感情論はいい。数字を見よう」
紙をめくる音だけが、広場に響いた。
「この領地が大商会と結んでいる契約。小麦、木材、鉄鉱石――すべて“市場価格の半値以下”だ」
住民たちが顔を見合わせる。
「その代わり安定供給という名目だが、実際はどうだ? 輸送は月に一度、遅延は頻発。不足分は、城下の商人が高値で買い戻している」
ざわめきが、大きくなった。
「結果、この領地は――売れば売るほど赤字になる」
マルコの顔から、血の気が引いた。
「そ、そんな……それは……」
「そして、もう一つ」
俺は、別の帳簿を開いた。
「中抜きだ。君の署名がある取引だけ、経費が不自然に多い」
「ち、違う! それは必要経費で――」
「必要かどうかは、俺が決める」
淡々と言うと、マルコは言葉を失った。
沈黙の中、老執事が一歩前に出た。
「……若様の説明は、筋が通っております」
警備隊長もうなずく。
「少なくとも、“今まで通り”よりはマシだ」
さっきまで俺を疑っていた視線が、少しずつ、様子を見るものへと変わっていく。
俺は最後に、マルコを見た。
「君を処罰するかどうかは――」
一拍、置く。
「この領地が黒字になってから決める」
その言葉に、住民たちが息を呑んだ。怒鳴りもしないし、裁きもしない。俺にできるのは、帳簿の数字を並べて見せることだけだ。
帳簿を閉じる。敵は一人じゃないし、金も人も足りない。それでも、ここに書かれた数字は嘘をつかない。
俺は帳簿を小脇に抱え、まだざわめきの残る広場を後にした。
怒鳴らず、裁かず、ただ数字を並べて見せる。それがこの領主のやり方です。
広場の空気は少し変わりましたが、まだ何も好転してはいません。次話は改革から十日後――止めた血が、帳簿のどこに表れ始めるのか。地味だけれど確かな、最初の兆しの話です。




