第1話 赤字領地を押し付けられた結果
剣も魔法も使えない。あるのは、帳簿と前世の記憶だけ。
派手な無双はなし。元文官が「数字」だけで赤字領地を立て直していく、静かな成り上がりの物語です。
馬車の揺れが、やけに腹立たしかった。
「――もう一度言うが、これは左遷ではない。栄誉ある“領主就任”だ」
向かいに座る王国文官が、何度目か分からない言葉を繰り返す。その顔には、同情も申し訳なさも一切なかった。
「はいはい。つまり、誰も行きたがらない場所を押し付けられた、と」
「言い方!」
俺――レオン・アルディスは、元王都文官。戦争も陰謀も関係ない、数字と帳簿だけを相手にする下級役人だった。
だが三日前、唐突に決まった。“赤字続きで放棄寸前の辺境領地の新領主に任命する”、と。
理由は簡単だ。貴族でもなく、後ろ盾もなく、戦えるわけでもない。切り捨てるにはちょうどいい存在だった。
「魔物が多く、税収は年々減少。前任者は夜逃げ。借金は金貨三万枚ほどですが……」
「“ほど”って言う額じゃないだろ」
思わず突っ込むと、文官は咳払いで誤魔化した。
三万枚。前世の感覚で言えば、完全に詰んでいる数字だ。
そう。俺には前世の記憶がある。異世界転生者――なんて派手なものじゃない。前世は、日本で中小企業の経理と経営補助をやっていただけの、どこにでもいる会社員だ。
この世界でのスキル判定も「一般文官・補助職」。戦いの才は、まるでない。周囲の評価は、一言で言えば――
「無難だが、不要」
そんな俺に回ってきたのが、この話だった。
「到着は明朝です。では私はここで」
文官はそう言って馬車を降り、振り返りもせず去っていく。残されたのは、俺と――これから俺の“城”になるはずの、みすぼらしい石壁の影だった。
「……ひでぇな」
城門は崩れかけ、人影もほとんどない。遠くに見える畑も、手入れがされているとは言い難かった。
正直、普通なら絶望していたと思う。
だが。
「――帳簿、どこだ?」
俺は、城で出迎えた老執事にそう尋ねた。
「は、はい? まずは領地の視察を――」
「いいから。まず数字を見せてくれ」
経理をやっていた頃から、俺のやり方は決まっている。問題はたいてい、感情より先に数字へ出る。
数刻後。埃をかぶった帳簿をめくり、俺は静かに息を吐いた。
「……なるほど」
税は一律で、不作の年も同じ率で搾り取っている。外部商人との取引は市場価格からかけ離れ、経費の欄には説明のつかない上乗せが並ぶ。そして、儲からないと分かっている事業を、誰も止めていない。
何より――
「これ、潰れたんじゃなくて、“放置されて腐った”だけだな」
老執事が目を見開く。
「で、ですが……もうどうにも……」
「いや」
俺は帳簿を閉じ、立ち上がった。
「金がないなら、作ればいい。稼げないなら、仕組みを変えればいい」
剣は振れないし、魔法も使えない。だが――
「数字と仕組みなら、俺の専門だ」
追放でも左遷でも、どうでもいい。どうせ底辺からなら、上がるしかない。この赤字領地を黒字にして、生き残ってやる。
俺はもう一度帳簿を開いた。中抜きの並ぶ取引の頁を、指でなぞる。
「まずは、ここからだ。無駄を全部、洗い出す」
第1話をお読みいただき、ありがとうございます。
剣も魔法も使えない文官が、まず手を伸ばしたのは埃をかぶった帳簿でした。
次話は、生き残った数少ない領地の関係者を集めての初顔合わせ。レオンが赤字の「本当の原因」をどこに突きつけるのか。淡々と始まる立て直しの、最初の一手をご覧ください。




