四十八幕
ルカスは上機嫌で浮かれていた。
グラシアン王国全土でダンジョンの安全性が確認されてスタンピードの危険は去った。安全宣言がでてすぐに王家からの使いがやってきて、スタンピードで延期されてしまった謁見を行う知らせだ。
ようやく、エミリアナの仮婚約が成約するのだとルカスは思った。
貴族学園の卒業まで後一月ほどだ。卒業記念パーティーでは婚約済みの者は婚約者のエスコートで出席する。仮婚約が成約して、エミリアナのエスコートをカルロスが務めるのだろう。ドレスなどの手配はされていないが、手持ちの衣装からお互いに色味を合わせる話し合いなどをするのはギリギリの期限だった。
妻オクタビアのやらかしでルカスは窮地に立たされた。妻が乱心して正気でなかったと責任逃れをしようとしたが、さすがに魔獣の密輸を妻の病気のせいだけにはできなかった。親族からの追及もあって、ルカスも看病の名目で蟄居すれば伯爵家への降爵ですむとライネス家が取りなしてくれた。
ライネス家では次男の婿入り先がなくなるのは困るはずだ。卒業してすぐに婚姻届をだしてルイシーナが当主を継ぐならば、セルダ家に悪いようにはしないと言質をもらっている。
ルカスは伯爵家に降爵して蟄居することになっても、エミリアナが王子妃になればなんとかなると思っていた。
ただの孤児を引き取って侯爵令嬢に相応しく育ててやった。その上、王子妃にまでなれるのだから、感謝されて当たり前。姉のルイシーナとの仲も良好で、エミリアナはセルダ家に恩を返すべく便宜を図るはずだと勝手に思い込んでいた。
肝心のエミリアナどころか実子のルイシーナにさえ嫌われているとは全く気づいてもいない。
ルカスは浮かれたまま、登城した。エミリアナはルイシーナと一緒に来るというので、一人でもご機嫌なまま、気持ちだけ先走っている。
ルカスが案内されたのは中規模の謁見室で、すでにルイシーナとエミリアナが揃っていた。イラリオまで一緒にいて、ルカスは疑問に思ったものの、仮婚約が成約すれば親族になるからかと勝手に納得した。
イラリオの背後に控えているのがいつもの護衛ではなく、見慣れない顔で強い眼差しで見つめてきていたのにも気づいていなかった。
国王が鷹揚に頷いてから、周りの面々を見渡した。
「さて、関係者が全員揃ったな。早速、始めよう。
セルダ家当主、セルダ侯爵よ。娘のルイシーナ嬢が婚姻と共に侯爵位を継ぐことに異存はあるまいな?」
「はっ、もちろんでございます。
此度は妻がしでかした禁止事項に寛大な処置をいただき、誠にありがとうございます。私は温情に報いるために、今後は妻の看病に専念いたしとうございます」
ルカスは深々と頭を下げた。
セルダ家の親族の手前、侯爵位に縋り付くのは悪手だ。オクタビアの看病と称して別荘に引っ込むが、当主の実権を娘に渡すつもりはない。ただ、王家の手前、しおらしくしているだけだった。
文官が進みでて、それぞれの前に書類を置いた。ルイシーナとイラリオの前には婚姻届で、ルカスの前には当主辞任と次期当主を任命する届け出だ。当主交代につき、オクタビアが静養中の別荘と湖畔付近の土地は譲られて、ルカス名義に変更届も用意されていた。
ルイシーナがにこりと淑女の笑みを浮かべる。
「お父様、本来ならば、直系のお母様が継ぐべき当主業をこれまで務めていただき、心より感謝いたしております。本当にお疲れ様でした。
これまでのお父様のご恩に報いるために、別荘地をお贈りいたしますわ。お父様名義にいたしますので、お母様と末長く仲良くお過ごしくださいませ。
今後はわたくしがイラリオ様と共にセルダ家を繁栄させていきますので、どうか温かく見守っていてくださいな。
エミリアナのことも姉であり当主であるわたくしが幸せにいたしますので、安心なさってね」
ルカスはルイシーナから渡された別荘地の譲渡書によく目を通した。
土地周辺の税収もわずかだが含まれていて、オクタビア付きの専属侍女や従者の雇用費用がそこから賄える。ルカスやオクタビアの個人資産から生活費を出す心配はない。
ルカスはほうと安堵の息をついた。個人資産がそっくり意のままになるならば、これまで通りに配下を扱えると思った。
ルカスが譲渡条件を確認している間にルイシーナとイラリオも婚姻届をだして当主任命書にサインをして国王からの承認印をもらっていた。通常は直接国王とやり取りはしないので、異例の早さで当主交代が成立した。
当主交代に伴って伯爵家に降爵する手続きも最速で整った。
「さて、これで魔獣密輸に関する処罰は終わりだ。
ルイシーナ嬢、いや、もうセルダ家当主、セルダ伯爵だな。
我が甥、イラリオとの婚姻、誠にめでたきことだ。おめでとう。
手続きだけ先に済ませてしまったが、挙式は予定通りで構わぬ。焦ることなく準備を進めてくれ。
挙式当日に改めて祝いの品と共に言祝ぎを述べようぞ」
「陛下、もったいなきお言葉でございます」
「伯父上、いえ、国王陛下、ありがとうございます」
ルイシーナとイラリオが揃って礼を述べて、頭を下げる。慈しみのある笑顔で頷いた後、国王は顔を引き締めた。
「さて、それでは今日の本題に入るとしよう。
スタンピードの発生で今日まで延びてしまったが、セルダ家次女エミリアナ嬢にはセルダ家の血縁者ではない可能性が濃厚である。我が国では流行病後の養子縁組は血縁者に限っており、事実確認で誠となれば違反行為になる。
セルダ伯爵よ、前任者の過失でも家名に関わる問題だ。事実であったならば、責任をとってもらわねばならぬ」
「はい、陛下。心得ております。お疑いを晴らすために全面協力いたしますことを誓います」
「お、お待ちくださいっ」
ルカスが泡を食って叫んだ。
仮婚約成約と思い込んでいたのに、前提条件となる血筋の確認なんて聞いていない。
「エミリアナは私がメイドに生ませた我が子でございます。
妻がメイドを追い出してしまって子供のことは長年知らずにおりましたが、母親が亡くなり、エミリアナは孤児院で育ちました。苦労させた分、エミリアナには幸せになってもらいたいと侯爵令嬢に相応しく教育いたしました。
仮婚約の際に王家でもその旨はご確認なさったはずでございましょう?」
「うむ。奥方がメイドを追い出した話は有名であった。
調査すればすぐに証言が集まったし、メイドの雇用開始から計算すれば出産時期もギリギリ早産で通る期間であったから、問題はないと判断したのだが、後から新証言がでてな。
なんでも、メイドは隣国の没落貴族で未亡人であったとか。エミリアナ嬢は亡き夫との子供の可能性が浮上したのだ。
訴えがでたのだから、調べずにはいられんだろう」
「まさか、誰がそのような虚言を・・・」
ルカスは舌打ちしたい思いを堪えて、顔を歪めた。
使用人にはマリセラが未亡人だったことは口外禁止を命じたのに、一体誰が裏切ったのか? オクタビア付きの侍女が主の敵討ちでも目論んだのだろうか。
「恐れながら申し上げます。国王陛下、証言した者は妻に同情してありもしない話を捏造したのではないでしょうか。
我が家と関わりがある者の証言には公平さが欠けていると思われます。そのような戯言を取り上げる必要はないかと愚考いたします」
「その心配はない。証言したのはエミリアナ嬢の親族だからのう」
「親族? あの娘は孤児ですので、身内などおりません。それこそ虚言の証拠でしょう」
ルカスが勝ち誇った顔をするが、国王はイラリオの背後を見やった。
「バレロン殿、証言してもらっても良いか?」
「はい、国王陛下。発言の許可をいただき、感謝いたします」
イラリオの背後に控えていた護衛騎士が前に進みでてきた。騎士服姿だったが、ライネス家の制服ではないし、ライネス家の徽章も身につけてはいない。
ルカスが訝しんでいると、護衛騎士は優雅な礼を披露した。
「ご紹介にあずかりました、アーロン・バレロンと申します。
S級冒険者で隣国の元侯爵サラサール家の縁者でございます。どうぞ、お見知り置きを」
「サ、サラサール家だと⁉︎」
ルカスの顔に焦りが浮かんだ。
エミリアナの血筋を調査した時にサラサール家のことは調べた。上級冒険者で有名なアーロンのことはもちろん知っている。
アーロンからの訴えでは揉み消すのは無理だ。なんとか言い訳を考えている間にもアーロンは口角をあげた皮肉げな笑みを浮かべている。内心を見透かされているようで、ルカスの背中に冷や汗が伝う。
「エミリアナ嬢は叔母のマリセラにとてもよく似ています。彼女を見かけて、もしやと思い、調べましたところ、叔母は孤児院で出産しており、正確な記録が残っておりました。エミリアナ嬢の誕生日から計算しますと、叔父の子供の可能性が高い。
それにエミリアナ嬢のスキル、『隠れ家』は誰も聞いたことがないレアスキルです。サラサール家の特徴だと思ってよいでしょう」
「レアスキルと言っても、『隠れ家』は何の役にも立たないハズレスキルです。ただの穴蔵が出現するだけで、収納スキルの下位互換だと思われております。
サラサール家のレアスキルは有名ですから、ハズレスキル持ちのエミリアナがサラサール家の縁者のわけがありません!」
ルカスが早口で申し立てるが、娘のルイシーナが軽侮の眼差しで見遣っていることには気づいていない。
「・・・ハズレスキルなら自分の血筋だと言うのかしらね?」
ルイシーナがぼそっとこぼした一言にイラリオがぶっと吹き出しかけて口元を手で覆っている。エミリアナも呆れた顔になっていた。
「スキルのことは口外するなと命じられていたのですけど、ご自分で暴露する分には構わないのかしら?」
「深くは考えていないんじゃないかな。侯爵、いや、先代にとっては寝耳に水で、全く予期していなかった展開だろうし」
イラリオの言葉に納得してエミリアナが頷く。姉と三人でこそこそと話している間にも、ルカスは墓穴を掘り続けていた。
「穴蔵が出るだけのスキルなんて、サラサール一族にとっては恥晒しでしかないでしょう!」
「はっ、笑止だな。貴公が一体サラサール家の何を知っていると言うのか」
アーロンが嘲るように吐き捨てた。ルカスが反論するよりも早く手のひらに光球を出現させた。木箱が山積みになっている映像で、運搬しているフィデルやレイクスが時折映像に映り込んでいる。
「見ろ、これだけの量をエミリアナ嬢のスキルは収納できるのだ。家レベルの収納量なんて、冒険者ギルドでも滅多にないぞ。
それをハズレスキルだと罵るとは貴公の目は節穴か」
「家レベルだと? まさか・・・、報告されていないぞ」
ルカスが睨んできて、エミリアナはきょとんとした。
「報告しろと命じられていたのは最初の一カ月だけでしたので。それ以降はスキルを口外するのは禁じられていましたから、報告義務はないものと思っておりました。
家レベルにまで収納量が増えたのは今年に入ってからのことですし」
「なぜ、報告しなかったのだ! 家レベルになるまでには相当熟練度があがったはずだぞ」
苦々しい顔になるルカスをエミリアナは不思議そうに見やった。
「余計な口は利くなと命令されていましたので、従っていただけですけれど?」
「先ほどから我が従妹に対してずいぶんと高圧的に振る舞われていますね。先代の侯爵様は?
父親というよりもまるで主従関係のようだ。本当にエミリアナ嬢を我が子と思われていたのですか?」
アーロンが割って入って、ルカスを睨みつけた。ルカスがはっとなるが、周囲の視線は厳しいものだ。誰もが、ルカスの『我が子』発言を疑っていた。
イラリオがふっと口角をあげて肩をすくめた。
「仕方ありませんよ。先代はエミリアナ嬢を政略の駒としか思っていませんでしたから。
彼女の動向になど興味もなく、魔獣騒動後に気遣いの言葉一つないという無情さですから」
「そうね、エミリアナが離れをでてどこで暮らしていたのかさえ、把握なさっていなかったもの。
それで、父親を名乗られてもエミリアナだって困るでしょう」
「離れですって?」
それまで事の経緯を静かに見守っていた王妃が初めて口を開いた。
「どういう事なの? エミリアナ嬢はカルロスの仮婚約者だったのよ。
まさか、離れで暮らしていたというの? 本邸よりも警備が緩いでしょうに、我が子というくせにずいぶんな措置だわ。王子妃候補を冷遇していたのね」
王妃から冷たい視線を浴びせられて、ルカスは青ざめた。
「い、いいえ、冷遇などとまさか。ただ、本邸には妻がおりまして、その、エミリアナをよく思っていなかったものですから・・・」
「そうねえ、わざわざ、魔獣を密輸してけしかけるほど、だったのですものねえ?」
王妃が区切りを強調するように発言して、ふふふっと冷笑を浮かべた。暗に妻の手綱を取れずに家長として情けない、と詰っている。
「そ、その件の処罰は先ほど済んだではないですか」
ルカスが震え声で反論して、国王が重々しく頷く。
「ああ、魔獣に関しては済んだが、血縁者以外と養子縁組した件はまだだ。当主となる前からルイシーナ嬢は責任をとって降爵を申し出ておった。
血筋の確認ができたら、セルダ家は子爵家へと降格する予定だ」
「子爵家? まさか、そんな!
ルイシーナ、お前、知っていたのか⁉︎」
ルカスは驚愕して実子へ視線を向けた。ルイシーナが感情の乗っていない目で見返す。
「お父様、エミリアナは最初からお父様の子ではないと主張していました。それを思い込みで聞きもせず、引き取って育ててやった恩を返せと命令するだけで、彼女の様子なんて気にも止めていませんでしたよね。
魔獣騒動の後、エミリアナは安全のためにライネス領都で預かっていてもらいましたの。お父様は離れにも足を運ばずにエミリアナの居場所なんてご存じなかったでしょう?
リオの言う通り、エミリアナを駒扱いするのを見て、人としてどうかと思いましたわ。お父様にはご自分のなさったことを反省していただきたいのよ。
そのための降爵です。こうでもしないと、お父様は反省なんてしないでしょうから」
「夫人のやらかしもあったので、子爵家にまで降格しますが、ご安心を。
シーナと私とでセルダ家を盛り上げていきますから。ライネス家は全面的にシーナの味方につきますしね」
イラリオがにこりと微笑んで、ルカスはかっとなった。
「若造が何を言う! 私がこれまでどれだけセルダ家に尽くしてきたと思っているんだっ。
社交もせず、当主の補佐も丸投げしてぐちぐちとうるさいだけの妻の面倒だってみてきたのだぞ!」
「それは婚姻前からわかっていたことでしょう。それなのに、奥方の懐妊中にメイドに手を出して奥方を情緒不安定にさせたと使用人たちからは恨まれていますよ、貴方は」
「は? 私が恨まれているだと⁉︎」
驚くルカスにイラリオは嘲笑を向けた。
「体の弱い奥方が命懸けで我が子を産もうとしているのに、浮気心を出すなんて最低だと使用人たちは憤慨してましたよ。そこへきて、今回の降爵で完全に人望は地の底に落ちましたね。貴方に忠誠を誓う者は誰もいない。
大人しく引退なさってください。
別荘地の名義は貴方でも、税収は奥方の生活費に使われますからね。貴方の個人資産で人を雇わないと暮らしていけませんよ?」
イラリオが煽るように告げて、ルカスはあっと気づいた。
先ほどの譲渡書にはオクタビア付きの使用人への支払いしか記載されていなかった。イラリオの言葉通りに恨まれているならば、オクタビア付きがルカスの面倒をみるとは思われない。ルカスの面倒をみる使用人は自分で手配しなければならないだろう。
「くっ。計られた・・・。
いや、まだエミリアナがサラサール家の血筋だと確認できていないぞ。確認されない限り、降爵はあり得ないはずだ」
ルカスが悔しそうに悪あがきしてくる。予想通り、確実な証拠を見せない限り、認めるつもりはないのだ。
エミリアナが背後を振り向くと、護衛として付き添っていたフィデルが恭しく包みをテーブルに置いた。皆の目の前で包みを開いて彫金の文箱を披露する。
「こちらはエミリアナ様のお父上の形見でございます。サラサール家の縁者以外は鍵の魔導具に登録はできません。専門家により確認されております」
フィデルが専門家のお墨付きの鑑定書も文箱に並べて置いた。エミリアナが文箱の蓋に手をかけた。
「この鍵にはすでにわたくしの魔力が登録されています。この蓋を開けられたら、わたくしはサラサール家の縁者だと言う証明になりますわ」
「茶番だ! 鑑定書なぞ、偽造したものだろう。私を貶めるために仕組まれたのだ」
「あら、やだわあ。まさか、王家専属の鑑定士を疑うなんて。
貴方、気は確か?」
ルカスが興奮して叫ぶと、冷ややかに王妃が睨みつけた。鑑定書には王家の承認印が押してあって、偽造は不可能だと一目でわかる。
ルカスが青ざめてモゴモゴと謝罪を口ごもっている間にエミリアナはさっさと蓋を開けた。一度閉じてから、フィデルと交代だ。彼が開けようとするが、蓋は少しも動かない。エミリアナ以外には蓋を開けられないと証明された。
ルカスが血縁者以外と養子縁組した責でセルダ家はさらに一段階の降爵で子爵家になった。魔獣密輸の黒幕がまだ捕まっておらず、捜査中のため、魔獣密輸で降爵した事実は公にはされない。虚偽の養子縁組で子爵家へ降爵したと発表される。時期は貴族学園の卒業後で、ルイシーナの婚姻と当主交代も同時に周知されると決まった。
エミリアナはプリンの功績で準男爵位を賜り、セルダ家から籍を抜いても貴族の末席に連なることになっていた。
ルカスのざまあ回ですね。ルカスが悪あがきするから、カルロスまで話がいかなかった・・・。
カルロスは何してたの?は次回で。
痛恨のミス発見! 伯爵家に降爵するのを書き忘れていました。爵位の変更がわかりづらかったですね、申し訳ありません。少々、訂正しました。




