表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
わたしのスキルはハズレではありませんよ?  作者: みのみさ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/9

二幕

「きゃははははっ! 『穴蔵』って何よお〜。ハズレスキルじゃないの!」

 テオドラが大笑いして目に涙まで浮かべている。マルコスが気の毒そうな顔になるのが居た堪れない。

 三人ともスキルが確認された。テオドラは『調理』で、マルコスは『剣士』だ。

 二人ともよくあるスキルで、重宝されて就業で有利になるお役立ちスキルだ。

 エミリアナは馬鹿にするテオドラを睨みつけた。

「何よ、収納スキルかもしれないんだから。笑わないでよね」

「収納()()しれない、でしょ? ぜっえったいに違うわよ。『隠れ家』なんて、聞いたことないわよおーだ!」

「・・・ごめん、聞いたことない」

 マルコスが申し訳なさそうに目を伏せる。なんだか、ハズレだと決めつけられているようで面白くなかった。


 孤児院では就業の目安になるからスキルの開示を求められた。孤児院は領主様直轄で待遇が良い反面、有能なスキル持ちはすぐに領主様に取り込まれてしまう。

 後ろ盾のない孤児にしてみれば市井で一般市民として生きるよりも安定した職場だが、一番こき使われる立場だとも言われていた。

 収納スキルは有能だが、物置きサイズの収納量は多くない。領主のお眼鏡には敵わないだろう。


「うふふっ、『調理』を極めると『伝説の料理人』の称号に変わるらしいわよお? 王侯貴族からも持て囃されるってえ〜」

()()()()、でしょ?」

「極めるのは至難の業だってさ」

「何よ、マルコス。あんただって、極めれば『剣聖』の称号になるのよお?」

「別に極めなくてもいい。兵士になって門番になれれば十分だ」

「あんたって、つっまんないヤツねえ。もっと、いいとこ目指す気はないのお〜」

「・・・僕は現実を見てる。孤児が出世したって、妬み嫉みで足を引っ張られるだけだ」

 マルコスが嫌そうに顔をしかめた。先に孤児院を出た先輩から話を聞いているから、無駄な高望みをするつもりはなかった。

 ふん、と鼻を鳴らして、テオドラが尊大に腕を組む。きらんと目を輝かせて、どこか獰猛な雰囲気になる。

「親がハズレだったくらいで、見下されるなんて冗談じゃないわ。町のヤツらなんて、ただ運がよかっただけよ。 

 親が死ねば、あたしらの仲間入りなんだから。大した違いじゃないのに、親ナシだって蔑みやがって。

 アイツらなんか、親に守られて甘えてるだけの軟弱者じゃない」


 テオドラの親は生死不明だ。父親が怪我をして働けなくなって酒浸りの生活になり、暴力を振るうようになった。母親は逃げてしまい、父親も酒場で怪しいフードの男と酌み交わしていた目撃情報を最後にいなくなってしまった。

 一人残された幼児のテオドラは親切な隣人に連れられて孤児院にやってきたという。

 マルコスは旅人に保護されて孤児院に預けられた。迷子らしいが、付近に親らしい人影はなかった。警備隊にも迷子の届けはなく、余所者の捨て子だと結論づけられた。

 二人とも自分の名前くらいしかわからないほど幼かった。すでに親の顔なんて朧げで記憶にはない。

「・・・それでも、僕らは幸運だった。シモンがいたところは酷かったって」

 マルコスがぽつりとこぼした。


 シモンは定員オーバーで王都の孤児院から移動してきた子供だ。王都では流行病で死者が多くでて、大変だったらしい。前の孤児院では食事を抜かれたり、鞭で打たれたりすることもあったとか。

 この町は領都に次いで二番目に大きな都市だ。孤児院は領主直轄で有能スキルと判明すれば領主に仕えることになるから、職業訓練所を兼ねている場所でもある。必要最低限の暮らしが保障されて、読み書きや計算に使用人用の礼儀作法も教えてもらえて、貧民街よりも良い暮らしだった。

 それでも、領主の庇護があっても、後ろ盾がない孤児で弱い立場に変わりはない。偏見や蔑みの対象からは逃れられなかった。


「だーから、もっと上を目指せって言ってんのお! あいつらを見返してやるの。役に立つスキルだったんだから、有効活用すんのよお。

 まっ、あんたみたいな『穴蔵』なんかとは格が違うのよ、格が。ハズレでかわいそうねえ?」

 テオドラがニヤニヤと嫌な笑いを浮かべたが、すぐにぴきっと固まった。ひんやりとした冷気が漂ってきて、背筋に悪寒が走った。

「うるさい、口を閉じろ。凍らせるぞ」

 吐く息が白くなって、吸う空気はすでに凍てついていた。全員が冷気に震えて、エミリアナが慌てて振り返った。

「フィデル! お帰りなさい。落ちついてよ、テオドラが口が悪いのはいつものことなんだから」

 黒髪に赤い瞳の少年がテオドラを鋭く睨みつけていた。森に枯れ枝を拾いに行っていたフィデルだ。

 孤児院には火の魔石が支給されるが、厨房の他は院長や職員の居室優先だ。孤児たちの部屋の暖炉には薪が使われている。少しでも経費削減にと手の空いた子供は森へ枯れ枝を拾いに行かされていた。


「フィデル、外みたいに寒くなっちゃったら、焚き木が無駄になっちゃうわよ」

 エミリアナに腕を引っ張られて、フィデルは凍てつく視線をようやく外した。

 青ざめていたテオドラが大きく身震いした。

「な、何よお〜。ちょっとした冗談でしょお?」

「やかましい」

 冷ややかな声音に変化はない。ただ、無表情のくせにエミリアナに向ける視線には温かみが宿っている。

「ただいま、エミリ」

「ええ、お帰りなさい。フィデル、寒かったでしょ。厨房に行ってお湯をもらいましょうよ」

 エミリアナに誘われてフィデルが立ち去ろうとすると、テオドラが震え声をあげた。


「ちょっと、フィデル! 

 あたし、調理スキルだったのよ。将来は料理人になって、食いはぐれることがないわ。

 穴蔵のエミリアナなんかとは違って役に立つんだからあ!」

「失せろ、ドブス」

「はあああああっ⁉︎」

「ちょ、ちょっと、フィデル」

「テオドラ、やめろよ」

 エミリアナがフィデルを宥めながら引っ張っていった。マルコスは臨戦体勢のテオドラを懸命に抑えている。取っ組み合いにでもなれば、全員がお咎めを受けて下手をすれば夕食抜きになってしまう。


「マルコス、どいてよっ! あ、あいつ、ドブスって、あ、あたしのことを!」

「テオドラが悪い。フィデルの逆鱗に触れるとか、命知らずすぎるだろ・・・」

 マルコスは頭を抱えたくなった。

 テオドラは綺麗な顔立ちで、これまでは孤児院で二番目の美少女だった。ついこの前、一番の美少女が成人して出て行ったから、今では彼女が孤児院で一番だ。

 ドブスなんて評価は受け入れられないのだろうが、フィデルだって負けず劣らずの美少年だ。鋭い目つきがいささかマイナス点だが、フィデルにブサイクなんて悪口は返せない。


「な、何よ、何よ! エミリアナなんか、ハズレスキルのくせに!」

「はあっ、嫉妬はやめろよ・・・」

「嫉妬なんかしてないわよっ! あいつがあたしを無視するのがいけないのよっ!」

「フィデルがエミリアナを特別扱いするのは仕方ない。僕らは皆彼を怖がって避けていたから」

 ぐっと言葉に詰まって、テオドラが視線を彷徨かせた。


 五年前にやってきたフィデルはぼさぼさの黒髪に赤いつり目でこの辺りの者ではない容姿をしていた。痩せこけているくせに目だけはギラギラと警戒心いっぱいで、保護された野生の獣みたいだった。利き腕を骨折して吊り布で覆っていたが、他にも怪我をして包帯だらけで痛々しい姿をしていた。

 行商人の子供で荷馬車が盗賊に襲われて彼一人だけが助かったという。

 他国の人間のスキルに興味を持った領主の命令で引き取られたと院長先生が皆に話した。見た目が皆と違う上に無口で睨みつけてくるだけの新入りを誰もが怖がって近づかなかった。

 唯一、エミリアナだけが普通に接して彼の世話を焼いた。

 着替えに洗顔にと身の回りのお世話から始めて孤児院のルールを説明した。食事時には隣の席について食前のお祈りを教え、利き腕が治るまではアーンで食べさせてあげて、食後の片付けに付き合って、と他の子と変わらない扱いをした。


 エミリアナは孤児院の中しか知らない子供だ。年長者が年少者の世話をする構図に慣れていた。

 フィデルは後から入ってきたから、年上の子供がお世話するものと思っていた。それなのに、誰も動かないから、変だなあと思ったらしい。フィデルが無口なのも口が効けないと思ったからで余計に気になったらしかった。

 怪我が治るまでフィデルは医務室の住人だった。エミリアナはちょこちょこと様子を見に行くうちに、医務室の先生と親しくなり、その流れでフィデルのお世話を頼まれた。先生は医術の心得があるが、専任ではない。普段は読み書きや算術を教える教師役でフィデルだけに構うわけにはいかなかった。その点、五歳のエミリアナはまだ本格的な教育を受ける前でヒマだったのだ。

 幼いエミリアナ相手ではフィデルも睨んでばかりもいられなかった。一生懸命に世話を焼くエミリアナに絆された、とも言えるだろう。


 フィデルが慣れてきて栄養状態も改善すると、顔立ちの良さが際立った。惹かれた女の子たちが付き纏い始めたが、誰も相手にされなかった。彼が普通に接する女の子はエミリアナだけで、妬んでいじめようとした女子は容赦ない報復に晒された。

 フィデルに髪の毛を切られたり、食事をとりあげられたりと物理的な手段をとられ、『次は二目と見られない顔にしてやる』などと宣言されては恋心なんて遥か彼方にふっ飛んだ。院長先生に暴力はいけませんと罰せられても改めないのだから、やべー奴認定された。

 エミリアナだけがフィデルを引きとめられるから、今では彼女は猛獣の調教師認定されている。

 確か、髪を切られたのはテオドラだったはずだ。


「髪なら切られても伸びる。それ以外はヤバイぞ?」

「ふん、あいつの目が悪いから、思い知らせてやってるだけよお。あたしのほうがずうっと綺麗なのに、エミリアナなんかを構うからあ。

 エミリアナだってあいつにべったりで調子にのってるくせにぃ」

 ぎりっと歯軋りしそうなくらい悔しさいっぱいの顔では、お世辞でも綺麗とは言い難かった。

 エミリアナは可愛い系で美人ではないが、十分愛らしい顔立ちをしている。テオドラより性格はいいし、他人の悪口を延々と聞かせられるよりマシだ。


 顔だけ美人でもなあ・・・、とマルコスは心の中でつぶやくにとどめた。


 フィデルといつも一緒にいるからエミリアナにちょっかいをかける男子はいない。密かな人気があるだけなのだが、テオドラには気に食わないらしい。エミリアナを傷つければフィデルが黙っているわけないのに、そんな簡単なことがわからないとか。

 バカっぽい喋り方をするが、こいつは本当に馬鹿ではない。嫉妬で目が曇っているとしか思えないだろ、とマルコスは残念な目でテオドラを眺めていた。


 


 エミリアナとフィデルは厨房でお湯をもらうと、日当たりのよい窓際に移動した。カップを両手で持ってしばらくは手を温めつつ、日向ぼっこだ。

「エミリのスキルは収納なのか?」

「それがよくわからないの。明日、また行って検証してもらうことになったの」

「ふうん、じゃあ、おれも行く」

「でも、フィデルはお手伝いがあるんじゃないの?」

 エミリアナは首を傾げた。

 スキルが判明した子供は様々なお手伝いを任せられるようになる。将来のためにスキルを生かした職に就けるように、スキルを利用したお手伝いだ。今は年越し準備が優先されていて保存食作りや薪用に枯れ木の確保が多く、人手は必要なはずだった。


「スキルの確認をしたいって言えば、許しがでる。少しでもスキルを高めて有能になれば、領主サマの覚えがよくなるからな」

 フィデルが皮肉げに口角をあげた。

 院長を始めとする職員は理不尽な真似はしないが、孤児たちは領主様の持ち物と思っているからだ。冷遇はしないが、情を持って接することもない。淡々と世話するだけで、家畜を相手にしているのと同じだとフィデルは言い放つ。

「フィデル、ダメだよ。そんなこと言っては」

「大丈夫だ。周囲の人影は確認してある」

 慌てて周囲を気にするエミリアナにフィデルは自慢げだった。さすがに大人の耳に入るとマズイ発言だとは自覚している確信犯だ。

 エミリアナはほっと安堵の息をついた。

 フィデルは何かと反抗的だと職員たちから問題児扱いされているから、何かやらかすとすぐに反省房行きだ。暗く狭い小部屋で暖炉もない。初冬を過ぎた今の季節には辛いお仕置き部屋だった。


「もう、フィデルってば、あまり心配させないでよ」

「うん、ごめん」

 むうと膨れたエミリアナにフィデルは素直に謝った。温まった手で頭を撫でると、エミリアナがふにゃりと笑み崩れる。

 フィデルの赤い瞳がほんのりと和んだ。

「もしかしたら、収納スキルの一種かもしれないって言われたの。そうだったら、フィデルと一緒に冒険者になれるかな?」

「収納持ちは重宝されるけど、冒険者は危険がつきものだ。エミリにはもっと安全な仕事についてもらいたい。でも、領主サマに囲われたりしたら最悪だな」

 フィデルが嫌悪感で顔をしかめた。


 盗賊を退治したのは領主の私設騎士団だが、フィデルは嫌っていた。

 騎士団はまだ息のある両親を放って、撤退した盗賊を追うことを優先したからだ。生き残りを一網打尽にして二次被害を防ぐためには仕方がなかったと言われたが、助かる見込みのあった両親を見殺しにされた思いは消えない。

 他領では主街道で盗賊の被害があったら損害を保証したりするものだが、ここセルダ領ではそんな救済措置はなかった。それどころか、被害者の遺物はすぐに引き取り人が現れなければ没収されてしまう。

 フィデルの両親は二人とも収納スキル持ちだった。時間停止は取得していなかったので、食料品などは荷馬車で運んでいた。両親の死と共にスキルに収納されていた荷物は全て失われた。フィデルが受け継ぐものは壊れた荷馬車だけで無一文の孤児になってしまった。

 領主様のお慈悲に感謝しろ、有能スキルを得て恩返ししろ、などと騎士たちから強制されて、フィデルは反感しか抱かなかったという。

 両親を亡くしたばかりの子供には酷な仕打ちだった。

 生まれてからずっと旅暮らしのフィデルには他領の知識もあって、セルダ領が住みやすい場所だとは思っていなかった。


「主街道に盗賊がでるなんて領主が無能な証拠なんだよ。

 隊商が襲われたら商人の情報網にはすぐに話が出回る。商人に忌避されたりしたら、物流が滞って景気が悪くなるし、取引相手にだって敬遠される。領地にはマイナスにしかならない。

 だから、有能な領主は定期的に見回りしたり、もし被害に遭っても救済措置で商人を保護するものなのに・・・」

 しかめ面になるフィデルの眉間には深いシワがよっていた。エミリアナはシワを指で撫でて小声になった。

「フィデル、シワが癖になっちゃうよ?

 フィデルがここに不満があるのはわかってるから、言葉には気をつけようよ。わたし、フィデルに何かあったら、イヤだよ」

「・・・うん、心配させてごめんって言ったばかりだったな」

 フィデルが肩の力を抜いて頬を緩めた。


 両親は天涯孤独の身同士だったらしく、親族の話は聞いたことがない。いくら、不満でも孤児院に世話になるしかなかったが、領主の恩恵に縋るつもりはなかった。ずっと一人で生きていく覚悟を決めて孤児院に入ったのにエミリアナは世話焼きでぐいぐいと懐に入り込んできたから、絶対に手放せなくなった。エミリアナのためならばどんな苦労だって耐えられる。

 まずはエミリアナのスキルを確認するのが大事だった。有能スキルで領主に囲われるのだけは避けたい。

 フィデルはしばらく考え込んでいた。

いつもお読みいただきありがとうございます。

評価やブクマ、いいねなどありがたいです。誤字報告も助かります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ