一幕
エミリアナの過去編開始、10歳です。
「スキルとは神の恩寵です。必ず一人につき一つずつ与えられます。
初めはどんなに小さな力でも使いこなすうちにとてつもなく大きな力となると伝えられております。
さあ、子供たちよ。
神に感謝の気持ちを忘れること勿れ、力に溺れること勿れ、研鑽を怠ること勿れ。
スキルを悪用することなく、健全な生活を築くのですよ。神はそのためにスキルをお与えになられたのですから」
神学校の神父様のありがたいお話が終わった。
十歳になった子供たちのスキル認定式の始まりである。
創世神により人は生まれた時にスキルを贈られているが、未熟な幼少期は力の暴走を起こしやすいので十歳まではスキルの確認ができないとされている。
教会で聖職者によるスキル認定式を終えてからスキルの使用が解禁になるのだ。
認定式は週に一度で、週の始まりの日に行われている。
エミリアナは孤児院の仲間と一緒に列の一番後ろで順番を待っていた。孤児院では捨て子で生年月日がわからない子供もいるので推定十歳の仲間がまとまって認定式を受ける。
エミリアナは珍しくも生年月日がわかる子供だった。彼女を孕った母親が孤児院に身を寄せて出産したからだ。
勤め先の主人のお手つきになった母は奥方の逆鱗に触れて追い出された。着の身着のままでこの町の孤児院にたどり着いたが、健康状態は悪かった。エミリアナを産んですぐに亡くなってしまったという。
エミリアナは栗色の髪に深緑の瞳と母の色を受け継いでいる。母からもらったものはもう一つあった。『エミリアナ』の名前だ。
「あーあ、誕生日がはっきりしてるから、エミリアナだけは決まっててえ、ずっるいわよねえ〜」
「仕方ないだろ」
愚痴るテオドラにむすっと答えたのはマルコスだ。
マルコスは大柄な子供で昨年認定式を受けたが、スキルの確認ができなかった。まだ、十歳ではなかったと受け直しだ。
テオドラは自慢の金茶の巻き毛にくるくると指を巻き付けて唇を尖らせている。
「もしぃ、ダメだったら、また一年待たなきゃでしょお?」
孤児院では年に一度、年末の忙しくなる前に試される。孤児院は教会の隣ですぐに帰れるから、街の子供たちで一番最後の順番だ。
他の子供たちには両親や兄弟姉妹も付き添っていて列の前方は賑やかだ。孤児には付き添いがいないから、子供三人だけでぽつんと並んでいた。
「スキルがわかれば十歳だって実年齢がはっきりするわよ。冒険者登録の目安になるってフィデルが言ってたわ」
「ああー、まあたエミリアナのフィデル自慢が始まった。やあねえ」
嫌味たっぷりのテオドラにエミリアナがむっとする。
「自慢だなんて。フィデルから教わったことを話しているだけよ?」
フィデルは同じ孤児院の二つ上の少年で、エミリアナの一番の仲良しだ。彼は『氷魔法』というスキル持ちで冒険者を目指している。
成人年齢は十八歳だが、見習いや家業に就くのは十五歳から認められていた。冒険者は家業扱いで、十五歳から登録できる。
孤児院は成人年齢とともに出ていかねばならないから、十八歳までに生活の拠点を整えられるように早めの就業が望ましかった。奉公先が見つからない孤児は冒険者になるしかない。
テオドラが小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「ふん、氷魔法なんて、水魔法があればすむじゃないのお? 冒険の役に立つのかしらあ」
水・火・風・土の四属性は生活魔法と呼ばれる誰でも使える魔術で、魔力量が少ない平民でも四属性持ちは珍しくない。逆に一つも持っていない人間はいなかった。
テオドラは四属性持ちで家事には困らないから裕福な商人の家あたりの使用人を目指していた。それ以外に役立つスキルがあれば尚良しと思っている。
「水魔法も極めれば凍らせられるって。でも、極めるのは大変だと聞くよ」
「そうよ、フィデルがいると、氷菓には困らないのだから。フィデルは凄いのよ!」
「・・・エミリアナは食いしん坊なだけだと思う」
「そうよねえ〜」
両拳を握って力説するエミリアナに二人から白い視線を向けられる。エミリアナがムキになって言い返そうとすると、彼女たちの順番になった。
神父様が小さな黒板を手にして認定式の手順をお浚いしてくれた。
可愛らしいイラストは神父様の手書きで、人柄を表しているかのようにほのぼのとしている。
神像の前に跪いて祈りを捧げ、像が光り輝くとスキルが確認できるようになる。最初は『スキル発動』と唱えるが、慣れると無詠唱で扱えるようになると説明された。
「解禁の証に頭の中にスキルの書が浮かびます。スキルの書は本人にしかわからないスキルの参考書です。
最初はスキル名のみで空白だらけですが、熟練度が上がって使用できる技が増えると書が埋まっていきます。技の組み合わせによっては魔力不足になることもあります。魔力が完全に枯渇すると倒れてしまいますから、慣れないうちは書を確認しながらスキルを使用するようにしましょう。
無理なく少しずつ鍛えていくのが上達への道ですよ」
「はい、神父様。よろしくお願いします」
エミリアナが神妙に答えると、スキルの間に案内された。神像の前に導かれて跪くと、像から暖かな波動を感じる。歓迎されているみたいだと思うのと同時に像が光った。ふっと頭の中にスキル名が浮かぶ。
「差し支えなければスキル名を教えていただけますかな?」
神父様が台帳を片手に尋ねてきた。
任意の聞き取りなので黙っていても構わないが、教会の資料には過去のスキル一覧表が控えてある。申告すれば参考に教えてもらえるし、スキル活用で困った際に利用できて便利だった。
「わたしのスキルは『隠れ家』です。もしかして、自分の家を出せるのでしょうか?」
エミリアナが困惑して尋ねた。孤児には我が家などないから、戸惑っていた。
「うーむ。台帳には記載がないのう。レアスキルかもしれない、試してみるかね?」
エミリアナが頷くと、中庭と繋がっているベランダに案内された。そこから外に出て試せるようになっている。
エミリアナは神父様と外に出てスキルを発動させた。
なかなか立派な一枚板のドアが現れて、神父様がほおっと感嘆の声をあげる。通常は丸いドアノブがレバーのようになっていて見慣れない作りだ。
エミリアナがなんだか見覚えがあるなあと思いだそうとしていると、神父様が首を傾げた。
「このレバーを操作するのか? ドアノブではなくて、ドアレバー?」
「開けてみますね」
エミリアナがレバーに触れて下げると、ゆっくりとドアが開く。中を覗いた神父様とエミリアナはなんとも言えない顔になった。
中は真っ暗で穴蔵のようだ。
ドアを全開して中を見渡すと、大人が両手を広げたくらいの物置きサイズで周囲は剥き出しの地肌だった。神父様は手だけ中に入れて地肌に触れたり、こんこんと拳で叩いたりしている。ドアの後ろに回り込んだり、真横から眺めてみたりもした。
「・・・ふうむ、どこか別の場所に繋がっているな。空間系のスキルのようだ。収納スキルの一種かもしれん」
収納スキルは割とメジャーで知られている。空中に裂け目ができて品物の出し入れができたはずだ。ドアが出現するとは聞いたことがない。収納量は魔力量に比例し、時間停止など特殊能力は熟練度による。生物を中に入れるのだけは禁止事項で弾き出されると聞いたことがあった。
「神父様、中には入れないのに『隠れ家』なのですか? 『家』サイズの収納でもないのに・・・」
『家』の意味があるのかと、エミリアナは首を捻った。
「中に入って確かめてみるからちょっと待っていなさい」
エミリアナがぎょっとしている間に神父様は中に入ってしまった。弾き出されないから収納スキルではないかもしれない。
考えていたら、「ドアを閉めてみなさい」と中から声をかけられた。
「え、神父様。大丈夫なのですか? もし、開かなくなったりしたら・・・」
「ドアレバーがあるから中からでも開けられる。鍵穴が見当たらないから閉じ込められる危険性はないはずだ」
神父様の声はどこかワクワクと浮き立っているように聞こえた。長年、スキルの確認をしているが、初めてのスキルで興奮しているのかもしれない。
「えっと、じゃあ、閉めてみます」
エミリアナがドアを閉めると、コンコンとノックの音がした。
「聞こえるかね?」
「はい、神父様」
「開けてみるよ」
宣言通り、神父様はすぐに出てきて、エミリアナはほっとした。神父様に何かあったら洒落にはならない。
「中に誰かがいてスキルを解除した場合はどうなることか。確かめてみたほうがよいのう」
思案げな顔になった神父様が実験してみようと言い出して、エミリアナは再びぎょっとなる。
「そ、そんな、危ないではないですか⁉︎」
「さすがに人間相手でやろうとは思わんさ。植物や小動物で試してみよう。用意しておくから、明日も来てみなさい」
危険スキルと判断されると要観察対象になるらしい。過去に処刑騒動に発展した『魅了』や『洗脳』などは神像が赤く輝いてすぐにわかるそうだ。
神からの警告なのだが、何か被害がでる前にスキルを封じるのは禁止されていた。スキルは神からの贈り物だから、使い道を誤らなければ問題ないのだ。有事の際に役立つこともあるので、危険スキル持ちは登録制で使用状況を管理されていると説明された。
神父様は不安な顔になるエミリアナに表情を和らげた。
「心配することはない。火事になるから火を使わない、なんてことはなかろう?
スキルは神からの贈り物なのだ。使い道を間違えなければ危険視されることもない。間違えないように何が可能で何が不可能か。検証が必要なのだよ」
神父様に宥められて、エミリアナは検証に同意した。
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