ACT04 後天祭までに何とかしろ?
「おかしいな……あの姐さんの前だと、なんだか臆するよな」
神殿から新市街区を抜け、武衛府のある王城地区へと戻る道すがら、ポツリとベリアがつぶやいた。
四人とも同じ感覚だった。五路広場で衝突した時に、サキが見せた鮮やかな刀術のすさまじいキレが記憶の奥に残っているせいだった。
ベリアには、暗闇の聖者としてサキと戦った記憶が残っていない。四人とも、五路広場でサキにとっちめられた以降の記憶が不鮮明だった。冒険街の常緑亭という店で装備を整え冒険旅に行ったはずだが、それ以降の出来事を思い出そうとしても、記憶に霞が掛かったように断片的にしか思い出せなくなる。記憶が鮮明なのは、気が付いたら武衛府で怪我の手当をされていたことだけだった。
「怖いだけかと思ってたけど、筋を通せば話が通じない相手じゃないってことか……敵に回すと怖いけど、いつか一緒に仕事してみたいよな」
ジェムがそう言って、武衛府の練兵場に隣接する講武堂の頑丈な扉を開いた。
「ただいま港湾地区のゴミ拾いより、第七班戻りました!
早朝のゴミ拾いで、角笛の岬の神将像に人が吊されているのを発見し、救助した後に神殿警護官に身柄を引き渡したため、遅参いたしました!」
講武堂に戻って、班長に早朝の出来事について報告したとたん、班長の顔色が変わった。
「ちょっと、待ってろ」
班長が、講武堂に隣接する武衛府の詰め所に急いだ。
講武堂は、武衛府の下部組織にあたる。ベリア達講武堂の若者は、武衛府の見習いみたいな扱いになる。
待つほどのこともなく、班長が駆け戻ってきた。
「ジェム・デュラン、ベリア・ランカス、キーラ・トラム、レビン・トラムの四名は、ジン・ボルト教練のもとに即時出頭しろ……今の話を、教練に直々に報告しろとのことだ」
四人は、思わず互いに顔を見合わせた。早朝のゴミ拾いからの帰参が遅れただけで、教練から直々に怒られるような話ではない。
そもそも、講武堂に所属するベリア達が武衛府に呼ばれるのは、いつにない出来事だった。
隣接するとはいっても、講武堂の建物を抜け、練兵場の広大な空間を挟んだ反対側が武衛府の詰め所だった。すでに練兵場で激しい軍事教練に入っている講武堂の仲間達を横目に、四人は駆け足で練兵場を横切った。武衛府は戦乱時に機能する王家騎士団を統率する部門だった。
「?」
武衛府の詰め所は、いつになく殺気立っていた。
机上に王都の絵地図が何枚も拡げられ、何人もの王宮警護の騎士が何か深刻な顔で議論している。
ただならぬ気配に、四人は思わず顔を見合わせた。
講武堂の剣術教練のジン・ボルトが騎士団の男と何か言い合っている。父親の王家剣術師範のカイ・ボルトに比べれば、十八歳のジン・ボルトはまだまだ成長途中で小柄だった。だが、その剣の腕前は王家の騎士団の中でも指折りの域に達している。
「ご報告します!」
ベリアが、直立不動で声を掛けた。
「おう、御苦労だった」
聞き覚えのある野太い声が、背後から聞こえた。
隅の椅子に脚を投げ出して座っていた髭だらけの巨漢が、ベリア達に手を振った。
分厚い旅行用マント、身の回りの品を入れた帆布製の大きなズタ袋を傍らに置いた姿は、武衛府にふさわしくない冒険者の旅装束だった。
「”雷の旦那”……いや、ボルト師範?」
彼ら講武堂の剣術教練のジンの父親のカイ・ボルトだった。王家の剣術師範を務めている。
「今は、お忍び姿で城外から戻ってきたばかりだ。
四人とも元気そうで何よりだ……何か、妙な事件と出くわしたんだってな」
世間で”雷の旦那”と呼ばれる仮の姿をしているが、国王陛下の剣術師範を務める男だった。
「早朝の街掃除中に、縛られて神将像に吊された者を発見いたしました」
角笛の岬で、神将像からディンゴが吊されていた一件を報告したとたん、ボルト師範が、次男のジン・ボルトと顔を見合わせた。
ボルト師範の次男のジンは、まだ十九歳だった。だが、剣術の腕前は父親譲りの才能を発揮し、王宮の騎士達を遙かにしのぐという。その腕前を買われ、講武堂が預かる若者達を鍛える教練の任に就いている。
次男坊という家督を継がない境遇は講武堂の若者達と共通で、彼らの将来が不安な境遇も理解している。
「ちょっと待て、最初から順を追って詳しく話せ」
ボルト師範が、四人を手近な机の方へと誘った。
カイ・ボルトは、名目上は国王陛下の剣術師範という立場にあるが、実質的にはヴァンダール王家の相談役だった。剣術師範の役目は、実質上長男レイと次男ジンが務め、本人は国王の目となり耳となり、身分を隠して街をうろついている。
ベリア達が遭遇した早朝の出来事を聞いているうちに、ボルト師範の眼光が鋭くなってきた。
「ふむ……こいつは、当たりくじを引いたかも知らん」
「親父殿……マーレの”蛍火”一党の仕業だと?」
ジン・ボルトが、険しい声で問いかけた。
聞き覚えのない言葉に、ベリア達は驚いた。マーレと言えば、ヴァンダール王国の南東に位置する強国だった。
ボルト師範が、小さくうなずいた。
「目撃者を決して殺めないってのは、まさに”蛍火”の連中のやり口だ。
連中は、痕跡さえ残さずに王宮にも忍び込む技術を持っている……そいつらの手掛かりを初めて拾ってきたのは、こいつらの手柄だぞ」
ジェムとベリアは、思わず顔を見合わせた。
叱られることばかりに慣れているため、ほめられているらしいことにやっと思い至った。
「おい、お前達……お前達も手伝え!」
「えっ?」
驚いたベリア達を無視して、ボルト師範が次男のジンに向き直った。
「ジン、こいつらをしばらく借りる……場合によっては、講武堂の若者を総動員することになるかも知れんぞ」
「承知いたしました。講武堂の連中は講武堂内に留め置いておきますが……装備は?」
「護民官に掛け合って、捕具を借り出してこい」
ベリア達四人は、すっかり話題から取り残されている。
「ええと……手伝うとは、何をでしょうか?」
冒険者の姿をしたボルト師範に、ジェムが思わず尋ねた。
カイ・ボルトが、傍らに放り出してあった長剣を背負いながら振り向いた。
「姿を見せないマーレの”蛍火”って呼ばれる一団の探索だ……お前達がうろついていた辺りに、どうやら手掛かりがありそうだ」
「”蛍火”?」
聞き慣れない言葉に、四人は顔を見合わせた。
「細かい話は、道々するが……諜報を主な任務にする、特殊な傭兵の集団だ。金で傭われているが、どんな所にも忍び込む技量を持っていると言われている。そんな連中が、マーレから姿を消してレグノリアに向かったという極秘情報がある」
「!」
「すぐに行くぞ……その現場に案内してくれ」
四人の頭の中には、剣を持っての講武堂らしい格好のいい振る舞いが浮かんだ。軽装の甲冑と兜を身にまとった、王家の騎士団のような姿をするのが、彼らの憧れだった。
だが、期待は一瞬でしぼんだ。
「今日から、しばらくは昼間もゴミ拾いの格好で、怪しい連中を探索して歩くんだ」
「この格好で?」
情けなさそうな顔になった四人を見て、ボルトが可笑しそうに声を立てて笑った。
「ゴミ拾いの格好している方が、怪しまれないからな」
「剣を持つんじゃないんですか?」
「お忍びでの探索だ……怪しい奴を捕まえるんじゃなく、動向を探るだけだ」
剣を持っての勇ましいお務めと思ったら、期待が大きく外れた。
ベリア達が持っているのは、長柄の箒とゴミを拾う篭と帆布の大きな袋だった。服装だって、下町の若者と大差がない。
箒を持っていなければ、貧民窟で見掛ける物乞いと間違われかねない。
「もし、襲われたら?」
ベリアの言葉に、ボルトが振り向いた。青い瞳が、イタズラっぽく輝いた。
「箒と篭で何とかしろ……俺は、お前らが剣がなけりゃ戦えないほど弱くないと見てる」
◆
直情径行なカロンも、サキと同様に徹底的な現場重視の性格だった。
普段、カロンは神殿警護官のたむろする詰め所にいることが多い。社務所の執務室にいることはほとんど無い。霊力が不足して神官になれなかったカロンにとっても、霊力が皆無に近いサキと同様に神殿は居心地が悪い様子だった。
神殿の正門左手にある社務所の奥に、神殿警護官長としての執務室が置かれているものの、ほぼ無人だった。
カロンが執務室を使う時は、重要な来客があった時ぐらいなものだろう。
サキが執務室の扉を開けると、カロンの向かいに先客がいた。
先客は、街の警護を司る護民官長のデュラン候だった。
(また、お叱り?)
サキは、苦い顔をした。護民官と神殿警護官は、互いの縄張り争いが原因であまり仲が良くない。デュラン候が神殿警護官の詰め所に姿を現すことは、間違いなく厄介事だった。
だが、デュラン候の反応はいつもと違う。サキに文句を言いに来た様子ではなく、昨日会話を交わした時よりもさらに憔悴した表情だった。一夜にして十歳も老けたようなデュラン侯の姿に、サキは驚いた。
サキを見るなり、デュラン候が口を開いた。挨拶一つなく、前置きなしに話が始まった。
「探索の手が足りないんだ」
「?」
サキには、意味がわからない。思い当たるのは、昨日の護民官長でのデュラン候との会話だけだった。
「昨日神殿前で暴れた連中のこと?」
「あれは、やはりゼメキスのとこの新しく雇われた若い連中だ……ちゃちなスリやかっぱらいをやって牢屋に放り込まれたのを、ゼメキスが借り受けたんだが、労役のつらさに逃げ出したらしい」
デュラン候が、あっさりと否定した。
神殿の参道広場で暴れた連中を袋叩きにしたことで、サキに文句を言いに来たようでもなさそうだった。
「王都のめぼしい各所に護民官を配置しているが、それでも街の探索の手が回らない」
「先天・後天祭の時期は、誰もが気もそぞろだからね」
サキの軽口を、カロンが目で黙らせた。『黙って、デュラン候の話を聞け』とカロンの目が語っている。
サキは、小さくなって傍らの椅子に腰を下ろした。
「問題は、夜盗の方だ」
「夜盗?」
「この三日で、立て続けに商家の倉庫が襲われた」
「また?」
「昨夜、新市街区側の商家が襲われた……これで、狙われた商家の数はもう六軒目だぞ」
「そういえば、昨日もそんな話だったわね……やらかしてる連中は?」
「夜盗の正体はわからん……真夜中に突然現れて、一仕事して忽然と姿を消す……それも、日を追うごとに狙われる商家の数が増えている」
「捕まえた連中は口を割らないの?」
「夜盗は一人も捕まっておらん」
デュラン候が憮然とした表情で答えた。すでに、王家からかなり叱責された様子だった。このまま騒ぎが収まらなければ、警護官長としての責任問題になる。
「夜間にも警護官に街の要所を護らせているんだが、その配置の裏をかくように騒ぎを起こす」
机上に、王都の絵地図が拡げられた。
事件が起きた場所に、デュランが銅貨を置いた。
「三日前は、ここ……二日前は、ここ……昨夜は、こっちだ」
「港湾地区に近い運河沿いってのは共通ね……でも、商家の倉庫は普通は運河沿いだものね」
サキは、ふと気が付いた。
「夜盗も、ゼメキスさんのとこの若い連中じゃないの?」
「昼間に暴れてる連中は、確かに仕事を放り出して抜け出してきたゼメキスのところの連中だ……捕まえちゃきつく説教してはゼメキスのところに送り返してるんだが、ゼメキスのところの監視の目が緩くなったのか抜け出しちゃ騒ぎを起こす。
きつい港の労役から抜け出すような連中だ……夜盗で稼いでたら、とっくに王都から逃げ出してる」
「昼間の連中と、夜盗は別口ってこと?」
「そこも含めて、探索しろ……ゼメキスのところの連中って決めつけて動くと、推測が違った場合、探索の手が後手に回るぞ」
横からのカロンの言葉に、サキが驚いた。
「えっ? あたしが?」
サキは、自分の顔を自分で指さした。
サキは神殿警護官だった。
神域での騒ぎは神殿警護官の縄張りだが、街の治安はデュラン候達護民官が務めている。だが、下町での夜盗の探索が、知らぬうちにサキの務めになってしまったような雲行きだった。
「取引だ……後天祭の警備は、神殿警護官だけでは手が足りない」
カロンが、本心を明らかにした。
「非番の神殿警護官にも総出で手伝ってもらうが、それでも足りん」
「ええと……それと、あたしが護民官にも見つけられない夜盗を探索するのと、どう関わるの?」
「後天祭で護民官に神殿警護を協力してもらう代わりに、夜盗をサキが探る……どうせ、神殿と下町を自由に行き来できるのはサキだけだ」
日頃から下町をうろついて護民官の縄張りでさえ入り込み、犯罪者を捕まえたりしてはデュラン候と衝突ばかりしているサキだけに、縄張り外だからと断るのことも出来なかった。
「デュラン候と協力してうまくやってくれ。護民官も何人か手伝いをさせる」
「ちょっと待ってよ!」
サキが抗議しようとするより先に、カロンの命令が有無を言わさず落ちてきた。
「後天祭の前までに、街の治安を回復させろ……今のままでは、後天祭で浮かれてる隙に夜盗が出没する。
後天祭で騒ぎを起こされちゃ、間違いなくこっちにも王家のお叱りが待ってる」




