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ACT03 吊された男

 先天祭と後天祭の前は、神官から神殿警護官までが総出で忙しい。

 朝から、すでに参道広場で事前競売会の会場設営が始まっている。

 シム達が采配し、競売会の会場設営の槌音が神殿の森に響いている。

 だが、後天祭の神殿警護官の配置図を前にしても、今朝のサキは上の空だった。

(飛んでくる分銅を避けるのは不可能じゃないけど、分銅にくっついてる鎖が厄介よね)

 サキの脳裏に、夢に出てきた分銅鎖の軌跡が甦ってきた。石つぶてが投げられたのと同じと考えれば対抗策も考えられる。だが、分銅鎖は真っ直ぐに飛んでくるだけではなく、横薙ぎにも軌道を自由に変化させてくるのが厄介だった。

「サキ様?」

 神殿の本殿が見渡せる大広場の中央に立ったサキの頭の中は、分銅鎖への対抗策を考えることで一杯だった。

(受けたら、大刀を絡め取られる! 避けるしかない?)

 両手で拡げた警備配置図を眺めているが、サキの頭には全く入ってこない。

 少し油断すると、サキの脳裏には分銅鎖の悪辣な攻撃軌跡が甦ってくる。

「サキ様!」

 思案に沈んでいたサキを現実に引き戻したのは、背後からの声だった。

 サキは飛び上がりかけて、振り向いた。背後に、ロムのひょろっとした長身が立っていた。

 この書記を務める若い男は、ロム・アレクサという若い男だった。

 サキや叔父のカロンのような武官ではない。神殿警護官の事務処理を手伝っている、文官だった。

「びっくりしたぁー! ロム、もうちょっと静かに声を掛けてよね!」

「さっきから、何度も声を掛けてたんですよ」

 サキににらまれたロムが、慌てて手を振った。

 サキの機嫌の悪い時に声を掛けると、八つ当たりを受けるのはロムも承知している。

「で、何?」

「事件です」

「先に言いなさいよ! 何が起きたの?」

「半殺しにされた男が、街の神将像に吊されてました」

「!」

 サキは、反射的に愛刀を掴んでいた。

「すぐ行くわ!」

 神殿から参道広場へと続く長い石段を駆け降りかけ、慌てて足を止めたサキが振り向いた。街のあちこちに神将像はある。

「どこの神将像?」

「突っ走る前に、まず落ち着いて話を最後まで聞いてくださいって」

「で、その吊された奴はどこに?」

「もう、うちの詰め所に連れてきてます!」

「それを先に言いなさいよ! 気が利かないわね!」

 これは、自分の早とちりを棚に上げた八つ当たりだった。

 サキは、慌てて踵を返し、詰め所に急ぐ。

 王都レグノリアには、あちこちの街角や広場に、聖教の神将像の彫像がある。

 その一つの神将像に、若い男が半殺しにされて運河に吊されてたという。

 街の中は護民官の縄張りだが、街の守護を司る聖教の神将像にぶら下げられていたのでは、神殿警護官の縄張りになる。

「運んできた連中は?」

「神殿警護官の詰め所に、留め置いてます」

「先に会うわ……何か知ってるかも知れないわね」


       ◆


「あら? 運んでくれたのは、あなた達だったのね」

 サキは、ジェム達を見て驚いた顔をした。

 ほんの一月前に、この神殿の大広場で刃を合わせた面々と顔を合わせるとは思わなかった。カーバンクルという霊石に取り憑かれたベリアに術を掛けられ、木偶と化したジェム達と戦ったこの場所で、再会するとはサキも思ってもいなかった。

「あなた達も、朝から厄介事に巻き込まれちゃったわね……とりあえず状況を聞かせて頂戴」

「朝、俺達講武堂の連中は、下町の清掃に出てて……港湾地区近くの運河と港に近い角笛(つのぶえ)の岬にある神将像に、人が縛られて吊されてたんです」

 神殿警護官の詰め所の一室でジェム達が、朝の経緯を話し始める。

角笛(つのぶえ)の岬って……昔の監獄跡地があるっていう雑木林のあたりよね」

 サキは、頭の中に王都の地図を描いて場所を特定しようという表情になった。そこは、運河とエラース大河の水の流れが合流して港湾に流れ込む場所だった。小さな角笛(つのぶえ)の岬が運河の方に突き出し、その角笛(つのぶえ)の岬の突端に神将像が建立されている。

 運河や港から背の高い神将像が見え、船乗りにとって位置を確認する大切な目印になっているという。その背後にはちょっとした森のような雑木林があり、その奥には昔使われていた監獄の廃墟が残されているはずだった。

「はい……角笛(つのぶえ)の岬の先端に広場があって、水難除けのために大きな神将像が立ってるとこです。

 普段、ほとんど通行人もいないところで……吊されてた人は生きてたので、縄を切って降ろして……神域での事件なので、ここへ担ぎ込みました」

 その話には、四人とも整合性があり、口から出任せを言っているようには思えない。

「ありがとう」

 サキが、四人に頭を下げて謝意を表した。

 四人とも、まるで別人のような素直さだった。五路広場で衝突した時のような、不平不満ですねていた表情はどこにもない。

 四人を罪に問わず、講武堂で鍛え直そうというボルト師範の判断が正しかったことに、サキは気が付いた。

(奇策が的中ってこと?)

 神殿警護官の詰め所でかしこまっている四人を見つめ、サキは小さく苦笑を浮かべた。サキと同世代の連中だった。たとえ、王都で騒ぎを起こした張本人とは言え、立ち直りの兆しが見えたのはうれしい。

(あっ、そういうことか!)

 サキは、最近になってこの四人の事が話題に上った時、叔父のカロンが言った言葉を不意に思い出した。

『性根は悪い連中じゃない……先の見えない不安定な生活に腐って、背伸びして粋がってただけで、まだまだガキだからな……適切な目的を与えてやれば、他ごとに目もくれずに熱中する』

 講武堂に押し込めておかず、街や都の外に出して自分の頭と身体を使って鍛え直す方法が、彼らには向いていたようだった。

 カロンが言うには、最初は不満顔だった講武堂の連中だが、街の清掃を行って成果が上がり出すに連れ、少年達が変わり始めた。

 座学で絞っても、若い世代には苦痛なだけだろう。むしろ身体を動かしながら実地で身につけてゆく方が、彼らには向いていた。

『ほんの一月だぞ……この調子で一年もすれば、すっかりたくましくなる』

 カロンからそれを聞いた時、サキはそれほど信じもしなかったが、今の四人の物腰を見るとまるで別人だった。

「ロム! 速記録をお願いね」

 サキは、傍らの書き物机で四人から聞き取った状況を書き留めているロムに声を掛けた。

 尋問のやりとりの速記が出来るのは、抜群の記憶力と速記の技術を持ったロム以外、神殿警護官にはいない。

 武闘派揃いの神殿警護官の中で、記録を取ったり、古い書類の管理から役人文書作成まで一手に引き受ける役柄だった。

 肉体労働とは無縁の線の細い長身の男だが、頭脳労働の粘りには驚くべきものがある。

 ロムは、落ち着いたものだった。

「もう、書き終わるとこですよ。

 次は、吊されてた奴ですね……怪我してるので隣室で休ませてますから、連れてきましょうか?」

「あのぉ……俺達も、後学のために同席してて構いませんか?」

 ベリアの言葉に、サキは微笑んだ。やはり、悪ガキ達は大きく成長し始めている。

「もちろん、あなた達が拾ってきてくれた事件だもの、あなた達も知りたいわよね」

 何が起きたのか、助けた彼らにも気になるだろうし、勉強のために見学させるのも悪くない。

 神殿警護官の詰め所に別室から連行されてきた小柄な男を見て、サキが目を丸くした。過去に同じ状況で、同じ顔を見た記憶が蘇ってきた。

「あんた、よく吊されるわね」

 サキが、呆れた声を出した。

 殴られたのか、顔を青黒く腫らしたディンゴが恨めしそうにサキを見上げる。

 数ヶ月前に、魔除札を残す盗賊を追った事件をサキは思い出した。偽者の盗賊に扮したディンゴが中央大橋の欄干に吊されていたことを思い出してサキは、クスッと笑った。

「ディンゴ? あんた、今度は何やらかしたのさ」

「何もしてねぇんだよ……」

 ディンゴが、顔をしかめた。

 虚勢を張ろうとしているが、その声はどこか弱々しい。

 何か棒のようなもので殴られたのか、大きな青黒いアザが顔に浮いている。

 サキは、半眼でディンゴを冷たく眺めた。

「何もしなけりゃ、半殺しにされて吊されたりしないわよ……どーせ、どっかの誰かから恨みを買ったんじゃないの?」

「姐さん、信じてくれよ……今回だけは本当に、何も悪いことやっちゃいないんだ」

「今回だけは? あんた、またどっかで悪さしてたの?」

 サキの声に、ディンゴの声が小さくなった。

「いや……そりゃ、多少の悪さは日常茶飯事だけどよ……」

「日頃が日頃だから、信用されないのよ!」

 サキの一喝に、ディンゴが身をすくめた。

「ディンゴ、あんた歳はいくつになるの?」

「二十と三つですが」

「定職に就く気はないの?」

「不器用でねぇ……木こり、猟師、御者、船乗り、大工とか色々とやっては見たものの、長続きしなくって」

「あんたみたいな半端者が、今みたいな生活続けてたら……そのうち、命を落とすわよ」

 サキに叱られ、ディンゴが小さくなった。現実に命を失いかけただけに、今回のサキの叱責は身に染みる。ただ、ディンゴの反省がその場限りなのも、サキはよく知っている。サキの説教など、三日もすればディンゴの頭の中から綺麗に消え去るはずだった。

「それでディンゴ? 昨夜はどこで何してたのさ……バクチ?」

 サキが、たたみかけた。ディンゴのようなごろつきの行動は、サキには職業柄のせいか大体わかる。

「そりゃ、まぁ……多少は黒龍小路でバクチをやったが、イカサマがバレて半殺しにされた訳じゃねぇんだよ」

 ディンゴの悪びれない言葉に、サキが眉をひそめた。

「悪いこと、してんじゃないのさ」

 レオナの剣呑な目付きに、ディンゴは慌てて首を振って否定した。

「いや、本当にイカサマとかじゃねぇ……普通にちょっと賭場で遊んで、珍しく小金が儲かったんだ」

「その金が狙われた?」

「懐の財布は抜かれてませんね」

 ロムが、冷静に報告した。ディンゴの懐にあった革袋の財布には、確かに『小金が儲かった』と言うだけあって、銀貨が十枚以上あった。

「ちくしょう、辻占の神託に従っておくべきだった」

 ディンゴが、呟いた。

「辻占?」

「ほら、中央大橋のたもと辺り……運河沿いの街路樹が並んでるとこに、いろんな露店の屋台が並んでるだろ……あそこの占いって良く当たるんだ。占いの費用も銅貨六枚って安いんで、バクチの験担ぎにちょっと占ってもらうんだ」

「あっきれた……あんた、バクチの勝負運を占ってもらってんの?」

 サキは顔をしかめた。

 どうやら、その辻占いの露店はサキがよく知っている店のようだった。

「昨日の夕方、黒龍小路に遊びに行く前に占ってもらったんだ。そしたら、『金運は吉、腹八分なら難を逃れるが、むさぼると凶とならん』ってね……確かに珍しいくらい勝ちが続いたので、つい長居しちまったんだ……さっさと引き揚げてねぐらに戻ってりゃ、こんな目には遭わなかったんだ」

 ディンゴのぼやきが止まらない。

(やっぱり、リュードね)

 サキは、顔をしかめた。

 中央大橋近くの辻占いで見料が銅貨六枚の露店といったら、サキの相棒のリュード以外思い当たらない。

「で、その先は何がどうしたのよ」

 サキにうながされ、ディンゴが昨夜の出来事を語り出した。

「黒龍小路から運河の方に降りて、西の大橋の手前を右に折れた運河沿いの道でさ……ほら、海賊島が見える角笛(つのぶえ)の岬の広場の辺りさ」

 ディンゴの言葉は、講武堂の若者達の証言と一致している。

「運河とエラース大河の合流点あたりね。

 昨夜は、霧が深かったはずよ」

「そうなんだ……その霧の中で、ひょいと運河の方を見たらさ……丁度霧が少し流れた時に、とんでもないもん見ちまったんだ」

「とんでもないもん?」

「夜空に人が浮かんでるんだよ」

「はぁ?」

 サキが、思わず裏返った声を上げた。

「夜空に人が浮かぶ? あんた、酔っ払って夢でも見たんじゃないの?」

「信じてくれよ……本当なんだよ! 空の上をふわふわと浮いて移動してんだ……それも、何人もが列を作って無言で空を歩いてたんだ」

 サキは、傍らのロムと顔を見合わせた。

 ロムの目が『とりあえず、話を聞きましょう』と語っている。

「まぁ、いいわ……そんで、空を飛んでいた連中は、どこへ行ったの?」

「俺も、それが奇妙に思ってその後を追ったんだ」

 ディンゴが言うには、それこそ不思議な追跡だった。

 追っても追っても距離が縮まらない。まるで自分の影法師を追いかけているようだった。

「薄気味悪くなってさ……それで、後を追うのを諦めたのさ」

 ところが、踵を返したディンゴの背後を、逆に微かな気配がくっついてくる。

 逃げても逃げても、背後をぴったりとくっついてくる。こちらが止まると、止まる。

「そしたら……なんか、地震かと思ったくらいに足下がしばらく揺れてさ」

「足下が地震みたいに揺れた? 昨夜は地震なんかなかったわよ。

 急に、酔いが回っただけなんじゃない?」

 サキは、昨夜はほとんど眠っていない。ディンゴが事件に巻き込まれた刻限は、神殿裏手の小さな空き地で刀術の鍛錬をしていた。地震などなかったことは、はっきりと断言できる。

 サキの揶揄に、ディンゴは慌てて手を振った。

「とんでもない、最後に飲んだのは賭場に入る前だぜ……二刻以上経ってるから、酔いなんざとっくに醒めちまってるよ」

 ついてきている奇妙な気配から逃げようと雑木林の小径を曲がった途端、背後から殴られたという。

「いきなり、目の前が暗くなってさ……気が付いたら、夜が明けてて神将像に吊されてたんだよ」

 サキは腕を組んで、小首を傾げた。

 奇妙な話だった。

 だが、ディンゴの語った内容は、サキの大嫌いなお化け騒ぎだった。出来ることなら、聞かなかったことにしたいのが本音だった。だが、神将像に吊されていた以上、神殿警護官として放っておくわけにもいかない。

 そこへ、神殿警護官のバックスが顔を出した。

「サキ様? 今、お邪魔ですか?」

 がっしりとした体格のこの若者は、サキと同僚の神殿警護官だった。神官の資格を持ちながら、神殿警護の道を選んだ変わり種だった。

「……急ぎ?」

 サキの声に、バックスが小さくうなずいた。

「カロンの旦那がお呼びです……社務所の執務室の方に、大急ぎで呼んでこいと」

「叔父貴が? 何で社務所に? 神殿警護官の詰め所に来りゃいいじゃん」

 サキは、驚いて振り向いた。

「さぁ? 私はただの伝令ですから」

 それもそうだった。バックスは神官の資格も持っているから、通常は社務所の警護と信者の応対を兼任しているので、神殿警護の縄張りが社務所周辺だった。たまたま、カロンに命じられてサキを呼びに来ただけだろう。

 ベリア達に向き直り、サキは微笑んだ。

「あなた達は、もう講武堂に戻ってもいいわよ。何か聞きたいことがあったら、講武堂にこちらから足を運ぶから」

 以前に遭遇した時の傲慢さが消え、素直な少年達に戻っている。これが、本来の姿なのだろう。先の見えない将来にすねて背伸びをしていた姿などどこにもない。

 四人が詰め所から出て行くのを見送って、サキは、傍らのロムをちらっと見る。

「ちょっと席を外すわ」

 サキは、大刀を腰に佩きながら詰め所の扉を開いた。バックスをうながし、神殿の方へと足を踏み出した。

「サキ様? この男、どうします?」

 ロムが、サキを呼び止めた。

「姐さん! この間みたいに、牢屋に放り込んだことを忘れないでくださいよ!」

 背後の詰め所の奥から、ディンゴの情けない声が聞こえてきた。

 サキは、思わず苦笑を浮かべた。

 魔除け札の盗賊を追っていた時に、偽の魔除け札の盗賊をやっていたディンゴは、偽者狩りを行っていたシーナ・リシャムードに襲われて橋の欄干に吊された。

 本物の魔除け札の盗賊を追う最中、偽者まで横行しては邪魔なので、サキは、ディンゴを神殿警護官の詰め所の奥にある牢屋に放り込んだ。

 そして、それをサキはすっかり忘れていた。

 ディンゴが釈放されたのは、事件が解決して半月も過ぎてからだった。

 小さく首をすくめ振り向いたサキが、詰め所の奥にいるディンゴに微笑んだ。

「今日は、牢屋じゃないわよ!」

「へっ?」

「ロム、お手数だけどディンゴを療養所に連れて行ってあげて……怪我してるから、誰かに頼んで手当てしてもらってから釈放してあげて」

 神殿には、病に苦しむ信者も訪れる。聖教の神殿には薬師もいるし、セアラやスーのように手で触れるだけで治癒させてしまう能力を持った神官も多い。

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