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ACT12 金色の怪人

 目の前に、金色に輝く人影が立っていた。

「はぁ?」

 サキは、思わず自分の目を疑った。

 目の前に立つのは、まばゆいばかりに輝く黄金造りの甲冑だった。

 頭のてっぺんからつま先までが、金色に輝く甲冑だった。王家にも、こんな派手な甲冑はない。

「これはこれは、サキ様……ようこそ、我が邸宅に」

 黄金色の甲冑がしゃべった。

 金色の甲冑のきらめきを見ていると、サキの目がチカチカしてきた。

「拝礼を致しておりまして、ご挨拶が遅れ申した。

 お久しゅうございますな」

 悪びれる様子もなく、サキの目の前で金色の騎士が兜の面頬を跳ね上げた。

 アウラ・ゼメキスだった。

 白目が血走り、何日も眠っていないような雰囲気だった。

「ちょっと、ゼメキスさん?……どうしたの、その格好?」

 あきれたサキの声が、裏返った。

 サキは、金色の甲冑に圧倒されていた。

「また、すごい甲冑ね」

「これは、お目が高い」

 ゼメキスが、自慢げに鼻をひくつかせた。

「鋼の甲冑に、金の薄板を張らせた特注の逸品でございます……使った金の延べ棒は、十貫にも及んでおります」

「重くないの?」

「目方なんぞ、なんのその……この黄金の甲冑こそが、我がゼメキス家所蔵の秘宝を守護する装束にふさわしゅうございます」

「その甲冑が秘宝なら、わかるんだけど……」

「この甲冑なぞ、秘宝でも何でもございません……我が家の秘宝は、万金を積んでも代えることが出来ない”傾国の水盤”でございます」

「”傾国の水盤”って……まさか、先天祭の慈善競売会でゼメキスさんが競り落としたって噂のお皿のこと?」

「もちろん」

 ゼメキスが、昂然と胸を張った。

「そのお皿と、甲冑は何が関係してるの?」

「屋敷の守りを固めております」

 微かに頭痛がしてきたサキは、どう返していいのか返答に一瞬だけ窮した。

「ええと……これだけ厳重に守りを固めている屋敷を、ゼメキスさん自身がさらに守る?」

「皿を守るには、これでも足りません」

「はぁ?」

 呆れたサキが、自分の耳を疑った。

「あの皿が我が家に来てから、吉兆続きでございます……商売は順風満帆、今では”傾国の水盤”こそが我が商売の守りでございます」

「ええと……」

 何と反応して良いのかわからず、サキは言いよどんだ。サキとゼメキスの会話が、全くかみ合っていない。

「せっかくなので、ご覧に入れましょう……ささっ、こちらへ」

 ゼメキスが、自ら先頭に立って屋敷の奥へと歩き出した。金属同士が触れ合う甲高い音と共に歩く金色の甲冑の後を、サキとリュードが渋々ついて行く。

 ゼメキスに案内され、サキは宝物殿に足を踏み入れた。

「周りの調度品の方が、価値がありそうなんだけど」

 サキは、小声で傍らのリュードにささやいた。

 極彩色に彩られた異国の壺や、金色の彫像が大広間のあちこちに置かれている。棚も、机も黄金色に彩られてまばゆいばかりだった。

 鮮やかな朱色の敷布が、その床を覆っている。

「これ、最上級の練り絹だぞ……土足で踏むなんて、それこそどうかしてるなぁ」

 サキとリュードの前を歩いていた金色の甲冑が、最後の扉をうやうやしく開き振り向いた。

「ご覧ください、この素晴らしい宝物を! これこそが、”傾国の水盤”でございます」

 宝物殿の奥に安置された皿が、燭台の光を反射して輝いている。『ただの、皿じゃん』と言いかけたサキが、その後の騒ぎになることを恐れ、危うくその言葉を飲み込んだ。

「どうです、美しいでしょう?」

 皿を見つめるアウラ・ゼメキスの目が据わっている。余計な言葉を口走らなかったのは幸いだった。下手に、『ただの、皿じゃん』などと口走ったらその場で屋敷から追い出しかねないゼメキスの目付きだった。

「え、ええ……確かにきれいな文様だけど……」

 大きな水盤の底には、方形を重ねたような金色の文様が鮮やかに浮かび上がっている。

「”傾国の皿”は、我が商売の守り神でございます!

 これを護らなければなりません……警備で多忙につき、お構いできずに申し訳ございません。

 では、拝礼の刻限となりましたので」

 サキとリュードは、早々に宝物殿から追い出された。

 金色の甲冑が、再び宝物殿の中に歩み去って行く姿をサキは呆然と見送るだけだった。目の前で金色の扉が再び閉まる。内部から閂の掛かる音が響いた。

 サキは、小さく溜息をついた。

「なるほど……そっちの病気なのね」

 これでは、商売がおろそかになる一方だった。手下を束ねるどころではない。街で暴れている連中の対応を依頼しようとしていたサキの目論見は、あっさりと瓦解した。

「成金趣味なのは知ってたけど……船も金箔貼り、甲冑も黄金製……どーかしてるわよ」

「大金持ちの考えることだからなぁ」

 リュードが、面白そうに呟いた。

 リュードの目が、興味深そうに輝いている。万事においてものぐさなリュードが興味を示した証拠だった。

「お金持ちの考えることはよくわかんないわ」


       ◆


「あれ? また揺れ出した?」

 サキは、屋敷の玄関の天井に吊り下げられた豪華な燭台が微かに揺れている。

「外は揺れてないぞ」

 先に屋敷の外に出たリュードが、怪訝そうな顔をして振り向いた。

「そんな……屋敷だけが揺れるなんてありえないわよ」

 サキが、屋敷の玄関を出た。とたんに、激しい揺れが消えた。

「疲れてるのかなぁ」

 サキの自信なさげな言葉に、リュードが考え深げな表情を見せた。

「いいや……建物一つだけが揺れるとなると、あれしかないぞ」

「あれ? あれって?」

「波動だよ……こいつは、ゼメキスと皿が引き起こしている怪異だぞ」

 ゼメキスが皿に祈ると、奇妙な物音とか振動が屋敷全域で起きているとしか考えられなかった。

「情けないことなんですが」

 屋敷から船着き場に案内するヘルムートが、困り果てたような表情を浮かべた。

「先天祭で入手した、あの皿ですよ」

 ヘルムートが言うには、半年前の先天祭で競り落としたその皿を屋敷に持ち帰ってから、アウラ・ゼメキスがおかしくなり始めたという。

「最初は、確かに商売が急に繁盛しましてね……その皿の御利益が出たんじゃないかって、我々も喜んでおりました」

 そう言って、ヘルムートがその後の異変について話を始めた。


       ◆


 灯火の揺らめきに、皿の底に浮き出た淡い文様がきらめいた。

「美しい」

 水盤を見つめるアウラの目付きが、おかしくなっている。

 傍らに控えたヘルムートから見ても、明らかにいつものゼメキスではない。

 その文様は、何かの魔方陣なのか、角度をずらして重ねた方形を組み合わせて描いた精緻なものだった。それが意味する内容は、学のないアウラにはわからないが、価値のあるものだという事はわかる。

「あのカートが無理して買おうとした代物だ……さぞかし価値があるのだろうて」

 アウラ・ゼメキスとカート・ライリーという二人の大富豪は商売敵だった。何かにつけ、この二人は張り合っている。

 ゼメキスは、自分の負い目を承知している。

 商売の才能なら商売敵のカート・ライリーに負けないが、ゼメキスには審美眼がない。金銀宝石の価値はわかるが、美術品の価値などよくわからない。

 美術品に対する造詣では、ゼメキスはライリーには及ばない。

 ゼメキスの方は、厖大な財力に物を言わせて美術品を買い集めているだけだった。

 だが、商売敵のライリーが手に入れようとしていたものを横取りしたのは気分が良かった。

(さて、次はどんな商売に手を出すか)

 水盤を眺めながら、商売のことを考えるのがゼメキスの日課になるまでさして日数は掛からなかった。

 水盤を競り落としてからのゼメキスの商売は、絶好調だった。

 新しく掘削が終わったばかりの新運河の水運も、ギルドの入札でゼメキスのものになった。

 新しい船も順調に進水している。

 わずか三月で、ゼメキスの商売は急成長を遂げている。

「この水盤は、我が商売の守り神だ」

 朝晩と、宝物庫の中で、その水盤を眺めるのが日課になった。

 まるで神託を受けるかのように、水盤を眺めながら思いついた商売の決断が恐ろしいほどピタリと当たる。

「願わくば、この商売繁盛がさらに上向きますように」

 ゼメキスが、水盤を前にして跪いて祈る。

 ここまで来ると、聖教の神殿で神将像に祈るのと大して変わらない。

 水盤の底に輝く文様を眺めているうちに、ゼメキスの眼光が何かに取り憑かれたような輝きを持ち始めている。

(これを、失ってなるものか)

 眠っていても夢の中に、水盤の文様が浮かび上がってくるまで、さして日数も掛からなかった。

 そのうち、宝物庫からゼメキスが出てこようとしなくなった。

 日がな一日、その”傾国の水盤”を眺めているだけならまだよかったが、それ以来ゼメキスは悪夢を見るようになった。

 それは、侵入者の夢だった。黒い人影が、宝物庫に侵入したのをゼメキスはぼんやりと眺めていた。

 だが、ゼメキスは動けない。

 侵入者は、そっと扉を開けて傾国の水盤を手に取った。

「誰だ!」

 ゼメキスが叫び声を上げた途端、呪縛が解けた。

 寝台から跳ね起きたゼメキスの夜着は、脂汗でべっとりとしている。

「者ども、出会えーっ!」

 叫び声に、屋敷の近くにある小屋に寝ていた使用人達が飛び起きた。

「どうされました?」

「くせ者だ!」

 ゼメキスが、宝物庫に駆け寄る。震える手で鍵束を取り、宝物庫の頑丈な錠前を開ける。

 ゼメキスが震えるように、中に飛び込んだ。

 だが、侵入者の形跡はない。

 傾国の水盤は昨夜と同じように、赤い起毛の敷布の上にあった。

 ゼメキスは、安堵のあまりその場に座り込んだ。

「夢か……」

 ゼメキスが、額に浮かんだ汗を拭った。

 だが、それが何らかの予知夢に思えて仕方がない。

 確かに水盤は、就寝前と変わらず祭壇にあった。

 ゼメキスが収集した宝物も無事だった。

 だが、その騒ぎは毎晩引き起こされた。

 皿を盗まれる夢を観たゼメキスが、毎晩のように『くせ者だ!』と飛び起きて騒ぐので、使用人達もたまったものではない。

「おまえ達だけでは、不足だ! お前達は、屋敷の外を固めろ」

 ゼメキスが、使用人達を叱り倒した。

「儂が直々に護る!」

 使用人達は、思わず顔を見合わせた。

 次の夜から、黄金に輝く甲冑を身にまとったゼメキスが、宝物庫の前に陣取った。

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