第70話 大学二年生 夏3 yui
結衣 yui
パパとママの部屋に集まって、みんなで晩御飯をいただく。
座卓の上には、すでにお料理が準備されていた。
「結衣も今月でようやく、二十歳になったからね」
お酒も用意されていた。
パパとママの分だけじゃなく、私と玲香の分もあるみたいだった。
「玲香さんはお酒、大丈夫?」
「たぶん、強くはないんですけど、飲めます」
玲香がバイト先の子と、飲んで帰ってきた日。
目が座った、眠そうな赤い顔をしていたのを思い出す。
みんなと朝までカラオケして、家に帰ったら、普段は死んだように静かなのに、珍しくかわいい、いびきをかいて爆睡してたっけ。
「結衣のはじめての飲酒だあ」
「いい二十歳の記念になるわねえ」
パパとママが、なんか言ってる。
隣に座る玲香の顔を見ると、やっぱり、にやにやしていた。
私は、畳の上に足を崩して座る、玲香のふとももを軽く叩いて、「絶対言うなよ」の圧をかける。
「結衣ちゃんは、お酒はじめてなんだあ」
玲香が、にやけ顔のまま、白々しく言ってくる。
「お菓子に入っているお酒くらいなら、あるかなあ」
私はかわいこぶる余裕をみせる。
玲香が座卓の下で、私のふとももを叩いてくる。
「やっと飲めるねえ、結衣ちゃん」
玲香が、にこっと笑った。
私たちの様子を見て、パパとママが怪しげな視線を注いでいた。
「乾杯しようよ」
即座に、私はごまかした。
生まれてはじめて、家族と、玲香と、乾杯した。
◇
すっかり、お酒の入った私たちは、晩御飯を食べ終わっても、ぎゃあぎゃあ言いながら騒いでいた。
「酔っぱらいは、置いていこうっと」
そう言って、妹は、推しの見逃せない配信があるとか言って、私たちが寝る隣の部屋へ、先に移動していった。
「結衣、サークルなんて入ってたんだ」
玲香が余計なことを言うので、パパとママにサークルの存在がバレてしまった。
「ん。まあね。でも、月に1回くらいだから、活動」
「どんなことやってるの?」
ママから、気まずい質問が飛んでくる。
ただの飲み会と知ったら、不健全なサークルをイメージされかねない。
私たちは、健全に交流を広げたり、深めたり、しているだけなのだ。
確かに、大学には不健全なサークルの存在も、噂レベルでは聞くけれども。
「スポーツ、かな」
うはっと、玲香が笑う。
テニスサークルなんだけど、そういえば、テニス、やったことないわ。
「ふぅん」
なんか、含みのある、ふぅん、だな。
なにかを察しているのかもしれないと思って、私は焦る。
「まさか彼氏とか、できた?」
ママがぶっこんでくる。
「まだ、だよね?」
答えあぐねていると、玲香が代わりに応じた。
ママが、にやりと笑った。
パパは、ちょっと切ない顔でグラスを傾けている。
「いい人、見つけなさいね。パパみたいな」
「ママ!?」
パパが驚くと、ふたりは、げらげら笑いだした。
なんか、いちゃいちゃしはじめたぞ。
「玲香ちゃんは、どうなの? 彼氏とか、そっち方面」
ママはいつの間にか、玲香をちゃん付けしている。
娘だと、思いはじめているのかな。
「ああ。私は、人を好きになる気持ちが、よくわからないので」
「え、もったいない。こんなにかわいいのに」
玲香がにやっとしながら、ママに会釈している。
そういう理由だったんだ。
お酒が入ったからか、いつもより、口がすべっているな、玲香。
もしそうなら、急に好きになれる男、それこそ、えっち漫画に出てくるイケメンみたいなのが現れたら、玲香って、そいつにコロっと落ちて、奪われちゃったりするのかな。
なんか、やだ。
「玲香ちゃん、食べちゃいたい顔してるって言われない?」
ママ、それね。私もずっと思ってる。
「え、言われたことない」
玲香が手を横に振りながら笑うと、パパとママも笑った。
「学校には、いい人いないの?」
ママはなおも、玲香を攻め立てる。
この人、お酒入ったら、止まんねえな。
「理系男子なんで」
「いいじゃない。パパも理系男子よ。ねえ?」
パパが玲香に、にこっと笑う。
謎のアイコンタクトが交わされている。
「変態ばっかりなんですよねえ」
そう言いながら、玲香が笑ってみせると、パパとママも、げらげら笑った。
なにか、思い当たる節があるのかな。
私も、あの「ガリ勉くそ眼鏡」を思い出して笑った。
あいつとは、たまに興味本位でDMを送ってやりとりしている。
『玲香、元気にしてる?』
『口開けて寝てますね』
『玲香、お昼ご飯、なに食べてた?』
『豆腐って言ってます』
とか、なんとか、いろいろ。
学校での玲香の様子を偵察するのに、便利なやつなのだ。
本人には、送っても、あんまり見てくれないからね。
授業の空き時間は、図書館で眼鏡と勉強しているか、寝ていることが多いらしい。
あの眼鏡は、たぶん、私にびびってる。
ちゃんとした女子大生に、恐れをなしてる。
自らの貞操を、なんなら、その辺の女子大生より、大事に守ってる。
「いい人、見つかるといいわねえ」
「うーん」
玲香は、食い下がるママに、なんて言ったら伝わるのか、思案している様子に見えた。
「いまは、結衣ちゃんがいるから」
びっくりして、思わず、玲香の顔を見る。
「ひとりってわけじゃないし」
玲香もこっちを向いた。
鳩が豆鉄砲を食らったような、いつもの顔してた。
なんか、そういうふうに思ってくれてるって知って、うれしかった。
玲香にとっての私は、単なるルームシェアの同居人くらいの扱いなのかもと、思ってしまうときもあるから。
お酒の力を借りずとも、普段からもっとそういうの、主張すべきでしょ。
私はうれしくて、浴衣姿の玲香のお腹を、むぎゅっと掴んだ。
「わ」と言って、玲香が畳の上に転がった。
起き上がった玲香は笑っていた。
「おまえさんたちは、ほんとに仲良しだねえ」
パパが、私たちを肴にぐいっとお酒を飲んだ。
「ふたりとも、彼氏ができたら報告するのよ」
「玲香さんも、我が家の娘みたいなものだからねえ」
パパとママは笑ってた。
笑っていた玲香は、みるみる真顔になっていった。
「いつか結婚式とか開くときは、私たち家族も招待してね」
玲香の顔が、どんどん青ざめていくのがわかる。
「大丈夫?」
さすがに心配になってきて、私は訊ねた。
「ごめん。飲みすぎちゃったかも。部屋、戻ってるね」
玲香はそう言って、すっと席を立ち、隣の部屋へ向かっていった。
「大丈夫かしら?」
ママも心配した顔をみせた。
「あ、うん。お酒、そんなに強くないみたいだから」
私はひとまず、この場を落ち着かせようと思った。
「飲ませすぎちゃったかなあ」
パパも反省した調子で言う。
「うち、みんな、お酒強いからねえ」
「やっぱり、そうなんだ」
「パパのとこも、ママのとこも、どっちの家系もそうよ。すごいんだから、親戚集まると」
「お酒の席には出ないから知らなかった」
「見せないように注意してきたのよ。教育に悪影響だから」
パパとママが笑いはじめた。
ママの気遣いを、いまさら知って、私も思わず、笑ってしまった。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」
妹が慌てた様子で声をかけてきた。
廊下から手招きしている。
私はすっと席を立って、談笑しているパパとママを置いて、妹のところへ向かう。
「どうした?」
「玲香さんが」
やっぱり、なにかあったのかな。
見たことのない表情をしていたから、悪い予感がした。
私は妹といっしょに、隣の部屋へ向かった。




