第12話 高校二年生 冬2 reika
玲香 reika
「今日は悪かったね。助かったよ」
バイト終わり。
制服を脱いでロッカーにしまおうとしていた私に、店長が声をかけてきた。
中野さんの急病により、急遽シフトに入ったお礼のようだった。
「お詫びに、売れ残ってるクリスマスケーキでも、持って帰る?」
「え」
クリスマスケーキは、私の時給よりも高い。
「貧困」を自称する店長のポケットマネーからと考えると、もらいすぎな気がする。
「ホールケーキもらっても、食べきれないんで」
「ひとりで食べるもんじゃないでしょ。家族で分けて食べなよ」
店長はにこりと笑って、ケーキを選ぼうとお店に戻っていく。
私は慌てて追いかける。
「ほんとにいらないです」
ホールケーキの箱を手に取ろうとする店長の背中に声をかける。
店長は遠慮するなとでも言わんばかりの顔で、いちばん足が早いケーキを選び取ろうとする。
「遠慮とかじゃないんで。あ、私、ケーキ苦手なんですよ」
「あ、そうなの? 甘いものだめなんだっけ? 生クリームがだめなのって、三上さんだったっけ」
店長がケーキの箱に手をかけたまま、顔をあげる。
甘いものとか、生クリームがだめというわけではないので、なんと言うべきか悩んでいると、店長は眉間にしわを寄せながら言う。
「ちなみに、ご両親はケーキいける感じ?」
「知らないですよ」
食べ物の好みなんて知るわけない。
私は思わず、苦笑いしながら、目に入ったプリンを指さす。
「私、これなら食べたいです」
店長はプリンに目をやると、しかめっ面をする。
「こんな安物じゃ、今日の俺の感謝代金に見合わねえなあ」
店長の謎のこだわりはなんなんだ。
いいって言ってるのに。
私は店長の意図が理解できなかった。
「せっかく、サンタクロースがプレゼントを持ってこようとしているのに」
「くたびれたサンタだなあ」
「うるせえ」
店長はプリンを鷲づかみにすると、「これもつけてあげるよ」と言って、紙パックのカフェオレを棚からもぎ取って、レジへと向かった。
私は、カフェオレのことは、そんなに好きではなかった。
「おつかれ。いや、ほんと助かったわ」
差し出された買い物袋を受け取り、私は会釈を返す。
店長と深夜バイトのお兄さんたちに「おつかれさまでした」と挨拶して、お店をあとにする。
「家族でクリスマスの予定だったろうに、悪かったね」
自転車を引っ張っている私に、店長がわざわざ声をかけてきた。
私はまた会釈をしてから、自転車にまたがり、家路を急ぐ。
店長は、誰のなんの話と勘違いしたのか、私が今夜、家族と過ごすつもりだったものと、誤解していたようだった。
中野さんが休まなければ、私は今夜、ゆいちゃんと遊ぶ予定だった。
◇
家に戻った私は、パソコンを起動した。
ゆいちゃんが、まだ待っているかもしれなかったから。
デスクトップに表示された時計は23時を回ろうとしている。
店長と押し問答したり、なんやかんやしていたら、こんな時間になってしまった。
普段のゆいちゃんの生活リズムを考えたら、もうパソコンの前には、いないであろうことは明らかだった。
ディスコの通知が目に入る。
フレンドはひとりしかいないから、メッセージの主が誰かはわかっている。
約束をすっぽかした私は、おそるおそる内容を確認する。
20時過ぎ、私が約束の時間に現れないので、「レイくん?」と呼びかけるメッセージが入っていた。
ゆいちゃんの呼びかけは、微妙に文言を変えながら、何度か続き、ちょうど30分前くらいに最後のメッセージが届いていた。
『ごめんね。レイくんが元気でいるなら、私はなんでもいいです』
その言葉を送った、ゆいちゃんという人の気持ちに、私は思いを馳せる。
約束の時間になっても現れないばかりか、連絡すら寄越さないでいるのは、レイくんという人が悪い人なのではなく、中野さんみたいに、急な体調不良で仕方なくそうなったんだよねって、そういうことにしてくれたみたいだ。
端的に言えば、私を悪者にしたくなかったみたいだ。
頭にもやがかかってきて、つまりどういうことで、どうすべきなのかが考えられなくなってくる。
狭い部屋にひとり、画面の前でキーボードに手を置き、どういう返事を送るべきか悩んでいる三上玲香の後ろ姿を、あの子が見ているような気配がする。
この時間を早く終わらせたいと、私は焦りはじめる。
『ごめんね』
呼吸を荒くしながら、私は短くそう返信する。
目を閉じ、情報を遮断して、呼吸が落ち着くのを待つ。
私は己の罪深さを感じていた。
あの子が受け取ることのできなかったものを、受け取ろうとしていた罪深さを。
あの子との約束を破ろうとしていた罪深さを。
私はあの子に謝りたかった。
ゆいちゃんとの関係は、いずれ終わるものだと認識していた。
もうすぐ、私は遊んでいる場合では、なくなる予定だからだ。
それを思えば、早いか遅いかだけの問題でしかない。
ゆいちゃんが、私を傷つけたくないと考えたのと同じように、私もゆいちゃんをこれ以上傷つけるようなことになったら嫌だなと思った。
なにがあるかわからない。
今日みたいなことが、またあるかもしれない。
だから、私はすべてをシャットダウンし、眠りについた。




