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第10話 高校一年生 冬~翌秋 yui

  結衣 yui


 一日の授業が終わると、私はスーパーで食材を仕入れてから、家に帰る。


 おもむろに晩御飯の仕度をはじめ、パパとママが仕事を終えて帰ってきたら、妹を呼んで食卓を囲み、家族団らんのときがはじまる。


 料理以外は私の担当ではないから、食べ終わったら、あとは家族に任せて、私は自由な時間を過ごす。


 レイくんのアルバイトがお休みの日は、そこから幸せなひとときがはじまる。


 妹の部屋に押し入り、ゲーミングチェアに腰かけて、悪趣味にぴかぴか光るパソコンをスリープ状態から叩き起こし、ヘッドセットをして、レイくんのイケボに耳を傾ける。


 要するに妹の部屋で、妹の環境を借りて、ゲームをしている。

 妹の所有物は、実質的に、姉の所有物でもある。

 いわば、共有財産なのだから、問題はない。


 妹はリビングにいたり、ベッドの上で漫画を読んだり、スマホで動画を見たり、たまに後ろから、私たちの様子を見て笑ったりしている。


 レイくんが最初に選んだのは、農場を経営するゲームだった。


 現実世界と違って、ゲーム世界の時間の流れは早い。

 数時間で一年が経過してしまう。

 世界に没入し、農場を経営する夫婦になった私たちは、まるで、ほんとうにふたりで、長い季節を過ごしてきたかのような感覚に浸る。


 いくつめかの秋を迎えた。


 私たちは、去年から、きのこの栽培にも手を出していた。

 経営の多角化なのだという。

 かぼちゃ農家の専業では、ハロウィンという奇祭が下火になったときに、食いっぱぐれるからだと、レイくんは言う。


「見て。このきのこ。おっきいね」

「ほんとだ」

「どう思う?」

「え、おっきい」

「えっ、メタファー、みたいだね」

「メタファー?」


 レイくんは博識だ。

 語彙が豊富で、いろんな言葉を知っている。

 素敵だなと思う。


「ようし、収穫だ」


 ◇


 冬休み。


 私たちは、久しぶりに平日のお昼にゲームをしていた。

 せっかくだから、少しだけ大掛かりな、まとまった時間を必要とするゲームをやろうとレイくんが提案した。


 私はレイくんといっしょに遊べるなら、ゲームの内容はどうでもよかった。


 私は妹の指摘どおりの器用貧乏で、なにをやらせても、ある程度はすぐにできるようになる。

 小さい頃にやった数多の習いごと同様、やりはじめれば、なんだかんだと楽しめてしまうのだ。


 レイくんが吟味の末に選んだのは、街づくりのゲームだった。


 正直、やるゲームを選ぶために、画面を共有しながら、おしゃべりをするだけでも、私は楽しかった。

 音声通話をしはじめて、より実感するようになったけれど、レイくんはとてもお話し上手だ。

 そして、私の気持ちにとても敏感だ。

 同じ高校一年生とは思えないくらい、大人びている。


 私のこと、好きなんじゃないかなという気持ちにさせられてしまう。

 私だって、かなりおしゃべりなほうだけど、レイくんはいつだって、私と楽しげにおしゃべりをしてくれた。


「うるせえ口だな。俺がふさいでやる」


 急にイケボでそんなことを言うから、思わずきゅんとしながら目を閉じ、唇をとがらせる。

 後ろから、妹のゲラ笑いが聞こえて、正気に戻らされた。


 人がせっかく夢中になっているんだから、邪魔しないでいただきたい。

 私はベッドの上に胡座をかいて、高みの見物をしている妹を睨みつける。


「ひえ」


 心地のいい悲鳴が聞こえて、私は満足する。


 画面の中では、大統領の横暴に業を煮やした市民たちが、政府の施設を取り囲んでいるところだった。

 大統領であるレイくんは、軍隊を動員して、催涙ガスで街中をめちゃめちゃにしていく。

 断固たる姿勢に、大統領夫人の私は、ほっと胸をなでおろす。


 いくら私たちの課した重税が、事の発端であるとはいっても、夫婦揃って処刑されるわけにはいかないのだ。

 私たちは、この街の発展のために、苦渋の決断を迫られてきたに過ぎないのだから。


「市民たちも、この街の大切な資源だからね。傷つけるわけにはいかないんだ」


 催涙ガスくらいでは、もはや、市民の暴動はとても収まりそうになかった。

 さらなる暴力装置を解き放つ必要があるように思えた。

 大統領に市民への報復を進言しようとする私に、レイ大統領は訊ねる。


「ゆいちゃん、『無血開城』って言葉、知ってる?」

「ええ。でも、無血はともかく、開城してはいけないのでは?」

「市民は血を流すことのない革命を望んでいる」

「でしょうねえ」

「俺と行こう、ゆいちゃん。こんな街捨てて、山奥でふたりきり、窓際でチェスでもやりながら、暮らしてゆこう」


「プロポーズみたい」


 ゲームの中では、すでに夫婦なのだが、私は不覚にもきゅんとしてしまう。


「チェスはルールがわからないから、将棋でもいいかしら。将棋ならパパとたまにやるし、ちょっとだけ教室に通ったこともあるわ」

「ゆいちゃん、ここは外国だよ? 将棋は売ってない」

「ふたりで作れないかしら?」


「その場合、桂馬という馬は何匹、必要なんだろうね」

「きっと、たくさんいるわ」

「じゃあ、ゆいには、頑張ってもらわなくちゃいけないな」

「え、私、自信ない」

「俺もだよ。馬並みになれる自信は、さすがにない。馬並みのイチモツなら、いや、さすがにやめとこうか」


 レイくんはたまに、ど下ネタを言う。小学生並みの。


「さあ、もう市民たちがくる。行こう」


 こうして、私たちの冬休みは終わった。


 ◇


 冬が終わり、春が訪れ、レイくんは人狼ゲームに夢中だった。


 シンプルな村もあれば、雪山で遭難したり、宇宙船の乗組員になったりすることもあった。

 私は正直、人狼ゲームはフラストレーションが溜まっていくばかりだった。


 レイくんを人狼として吊し上げたり、自分が人狼になって食べちゃったりすることは、やぶさかではない。

 ふたり揃って人狼になれたら、うきうきしたことも事実だ。


 不満だったのは、レイくんとふたりでおしゃべりできない時間が長すぎることだ。

 レイくんは、人狼ゲームに絶望的に向いていない。


 責められると、上手な嘘がつけなくて、ふざけてごまかそうとする。

 笑えるのだが、怪しすぎて吊るされてゆく。


 過剰に責められている人がいると、なにかしてあげなくちゃと思ってしまうのか、必要以上の擁護をして、ローラー作戦でまとめて吊るされてゆく。


 レイくんのいなくなった村で、私は知らないプレイヤーたちと、議論を続け、勝利を目指してゆく。

 幽霊となったレイくんには、発言権は与えられない。


 レイくんも、そのうち、私の不満に気がついたのか、


「狼になるのはもうやめにしよう。俺が狼になるのは、ゆいの前だけでいい」


 とかなんとか言って、人狼界隈からは、ふたりで足を洗うことになった。

 単純に、勝てなさすぎて、飽きてしまったのかもしれない。

 レイくんにも、苦手なゲームがあると思うと、なんだか親近感がわいて、ますます私はレイくんに惹かれてゆくのだった。


 ◇


 季節は巡り、また夏が来た。


 私たちは、クライムアクションゲームに夢中になった。

 そういうゲームなのをいいことに、私たちは悪行の限りを尽くす。


「あ、ごめん」


 道ゆく人に、意味もなく殴りかかるレイくん。

 びっくりした通行人がのけぞるのを見て、私は涙が出るほど、笑い転げる。


「もらってくよ」


 追ってきた警察車両を強奪して、私を轢き殺しそうになりながら、レイくんがげらげらと笑う。

 頭にきた私は、降りてきたレイくんを拳銃で撃つ。

 足を引きずるレイくんを置き去りにして、私は警察車両で病院に突入する。


「すいません、怪我人です」


 私は何食わぬ顔で、レイくんのもとに救急車を送り込んでやる。

 レイくんはやってきた救急車を奪って、逃走を図る。


「いらっしゃいませー」


 レイくんはそう叫びながら、コンビニに救急車を突入させ、現金を奪い取る。


 私は病院の屋上に出て、ヘリポートに停まっているヘリコプターを奪って、愛しのレイくんのもとへと急行する。

 ふたりで逃げようとした矢先、私たちは集まった警官たちに、いっせいに銃を向けられ、両手を挙げて、降伏の姿勢を見せる。


 レイくんが奪ったお金を警官に差し出す。

 私は残念な気持ちになる。

 スカッとしようと思って、警官の後頭部を力いっぱい殴りつける。

 それをなにかの合図と勘違いしたレイくんが、警官から銃を奪って逃走を図ろうとする。

 さすがに蜂の巣にされる。


 レイくんは刑務所行きとなり、終身刑に処される。

 釈放された私は、警察に賄賂を渡して、レイくんを解放してもらおうと、ストリップ劇場に従業員として足繁く通い、まっとうにお金を稼ぐ。


 ようやく釈放されたレイくんと、抱き合って喜ぶ。


 だいたいそんな感じで、二度目の夏休みは終わった。


 ◇


 出会ってから、一年以上の時が過ぎ、私は自分の中に育った想いが抑えきれなくなるのを感じた。


 少女漫画みたいな恋に憧れていた私は、クリスマスイブに、レイくんにその想いを告白しようと決心した。

 レイくんも、きっと私のことが大好きなはず。

 クリスマスイブにふたりきりでお話ししたいと伝えれば、もうそれだけで私がどういうつもりか理解して、向こうから告白してくることさえ、あり得るかもしれない。


 決心してからというもの、私は寝ても醒めてもそんなことばかりを考え、都合のいい妄想を繰り広げては、ひとりで笑っていた。

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