金色一閃
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「未来ある魔女候補生と現役の魔女が一堂に会するイベントが狙われることはこれまでも何度かあったが、直接、バンケットホールを落とした魔女狩りは初めてだな」
「なにを冷静に語っているんですか。緊急事態ですよ」
「だが、空間超越でもないこの状況であれば電波が入れば電話が使え、空間超越内であってもホムンクルスによる伝達は可能。さほど危機的状況にはない」
「師匠はホムンクルスを連れていないでしょうに」
「まぁ待て、そんな風に私を、」
ウェンディが全てを言い切る前にカルカの首が落ちる。
「おや……」
血飛沫を上げる弟子の姿を冷静に見届けたのち、ウェンディは彼女の頭部を手に取り、その唇に指を当て、そしてゆっくりと瞼を閉じさせる。
「驚いたカ、マジョ……!」
「そりゃ驚いたさ。なにせ弟子の首が目の前で飛んだのだから。ああ、悪い夢だ、とても悪い夢だと思う」
「その夢も見れなくナル」
「どうだろうね」
ウェンディは直線的に飛来するように突っ込んでくる魔女狩りを避ける。しかし魔女狩りが描いた軌道から凄まじいまでの風圧が起き、バランスが崩れる。続けざまに魔女狩りが彼女をその両手に握る棍棒で殴殺しようと攻め立ててくる。姿勢を立て直し、その断続的に続く殴打をウェンディは避けていき、自らの刻印に触れようとする。しかしそれを見切ったかのように魔女狩りは強烈な咆哮を上げながら突っ込み、ウェンディが刻印に触れる暇を与えない。
「マジョは刻印に触れなければ魔法が使えない」
「まさか知られているとは」
「刻印に触れることがなければ、オレたちが勝ツ」
体躯は大男と呼べるくらいで、決して巨躯ではない。しかしその見た目はウェンディが創作の世界によく出てくるトロルにそっくりだった。それがなにか関係しているわけではない。創作上のトロルは動きが鈍重で、一撃は重いという設定が大半。だが、この魔女狩りはトロルの見た目でありながら今も尚、留まるところを知らない殴打の連続でウェンディを制圧しようとしている。避けて避けて避け続けるが、さすがに攻勢が強い。気圧される前に反撃に出なければ、僅かなミスで強烈な一撃を浴びせられることになる。
刻印に触れようとすると、極端なまでに加速する。ウェンディは魔女狩りがあまりにも素早く動くため、やはり刻印に触れられない。
「どうだ、どうだどうだどうだどうだ! マジョよ! オレたちは強い!」
「そうだな……ん? たちだと?」
「そうだ! オレは同胞たちと共に、お前たちを殺ス!」
地面を叩き付け、震動がウェンディのバランスを更に乱す。頭上から降ってくるような棍棒の一撃を紙一重でかわし、瞬間的に起こる第二撃を避けられないと悟り、ウェンディは受ける。
吹っ飛び、壁に激突し、脳が揺れる。
「ハハハハハハハッ! 殺した殺した殺しタ!」
体中から力が抜け、ウェンディは内臓が潰されたことと、ありとあらゆる骨が砕け散ったことを悟りつつも、それをどうこうする力が湧かずに地面に倒れる。
「オレの勝ちダ! マジョ!!」
《心地良い夢を見ているところ悪いが》
魔女狩りの思考の中でウェンディの声が響く。しかし魔女狩りは自身の目の前で倒れているウェンディを見る。死んでいるはずなのに声が聞こえることが理解できずに混乱する。
《いい加減に目を覚ましたらだろうだ、魔女狩りよ》
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「理想的な夢を見て気持ちは良かったか?」
ウェンディがそう魔女狩りに問い掛ける。魔女狩りは瞼を開き、今の今まで起きていたことと目の前の光景が全く異なることに混乱し、困惑している。
「悪いが、不意討ちしてくる魔女狩りには自動で催眠が掛かるように防衛魔法が展開されている。条件付けをしてやると対象を絞れるんだ」
「条件付けできる防衛魔法を、しかもそれを催眠に割り当てているのなんて師匠ぐらいでしょう」
早期に魔女狩りが首を刎ねたはずのカルカも生きていることで、尚のこと魔女狩りは混乱の極みに達しているようだった。
「全て催眠世界で起きたことだ。私が与えた世界ではなく貴様が自由に見られる世界を与えてやった。おかげで魔女狩りが徒党を組んでやってきたことも分かった。感謝するよ、頭の足りていない魔女狩りよ」
「お、オレ、オレは……オレはぁああ!」
「動けると思うな。目を覚ますようには解いたがその四肢が動かせるようには解いていない。貴様は私が掛けた催眠によって両手両足を碌に動かすことができない。そういう暗示だ。これを解くには私を殺すしかないが、その様では殺せるわけもない」
ウェンディの言っていることが理解できていないようで魔女狩りはそれでも体を動かそうとのたうち回る。
「はぁ……もう少し頭が良ければ尋問……いいえ、拷問のしがいもありましたが」
「そうだな、使えん」
カルカの溜め息にウェンディが肯く。
「やれるか? カルカ」
「はい。問題なく」
カルカが自らの刻印に触れながら魔女狩りへと近付く。
「良かったな、魔女狩り。カルカの慈悲で貴様の四肢を妨げている暗示を解いてやる」
魔女狩りは唐突に解放された両手両足を駆使してすぐに立ち上がり、両手で棍棒を握り締めて咆哮を上げながらカルカへと迫る。
「死にそうになったらバフをやる。催眠世界のようにカルカの首が飛んでは困るからな」
「必要ありません」
カルカは棍棒の乱打を全て紙一重でかわしながらも一つとして受けることなく避け切って、その一つに裏拳を当てる。棍棒の内側に魔力が流れ、弾け飛んだ。
「な、ななな、なな、ナンデ……!? “色”を持つマジョ以外は、ザコだと……!」
「魔女狩りに言葉を手向けるなど不要だが、貴様が絶望しながら死ぬのならくれてやろう。“色”のない魔女など、世界のどこにもいない。見せてやれ、カルカ。この魔女狩りには勿体無いが徒党を組んでいる魔女狩りどもが怯えて逃げるだろう。それが結果的に『魔女の大釜』を、そして魔女候補生を守る結果となる」
ウェンディがローブの下から鞘に入った剣を取り出し、それをカルカに投げる。その間にも彼女は二本目の棍棒も裏拳で叩いて粉砕していた。
「刻印よ」
カルカは受け取った剣を鞘から抜き、その剣身にある刻印に触れる。
「咲け!!」
魔力が金色に染まり、それら全てが一閃となってカルカと共に魔女狩りを駆け抜けた。上下に断ち切られた魔女狩りは自身がまだ切られたことに気付いておらず、上半身は地面に転がっていても下半身は意味もなく走り続けている。
「久し振りに使った割には上出来だな」
言いつつウェンディはカルカから剣を取り上げる。
「未だ制御できていないのが残念だ」
カルカの両腕は切り傷だらけになり、血だらけになっている。ウェンディは彼女にポーションを飲ませてその場に座らせる。
「まだまだ、ですね……」
「上出来だと言ったはずだ。以前よりは傷の具合も随分とマシではないか。私が初めて貴様の剣を見たときは全身が切り傷だらけで指も何本か落ちていたぞ?」
「でも、扱えていないければ無価値です」
「着実に進んではいる。そう焦るな。貴様を弟子とした以上は死ぬまで付き合ってやる。私を殺すまでが貴様に課せられた弟子としての生き方だ」
カルカの頭を撫で、ウェンディは魔女狩りから零れ出た魔力塊を手で掴み、頬の刻印に当てて呑み込む。
「……はい」
「この程度の魔女狩りなら他の魔女も問題なく打倒可能だろう。“色”の魔女と言っていたのは気掛かりだ」
「ルルルさんとシグネラさんが危ういのではないでしょうか。お二人は割と有名なので、強力な魔女狩りと戦っているかもしれません」
「なぁに問題ない」
ウェンディは傷が治っていくカルカの腕を見て、微笑む。メモ帳を取り出し、ポーションの効果が想定以上に出ていることを記録として残してローブのポケットに押し込む。
「奴らは無意識に、反射的に踏み込むだろう、彼女たちの地雷をな」
「トラウマを刺激させることでの感情のスイッチ……ですが、魔女狩りは私たちのことをある程度は把握しているようでした。トラウマに触れないように戦うだけなのでは?」
「私たちは魔女だぞ? 相手がトラウマに触れてこないなら無理やりにでも触れさせる。それが感情の爆発に繋がっているのなら私だって自らを傷付けることをいとわない。魔女狩りは焦ってルルルを切り裂き、シグネラを殴る」
スマホを取り出し、ウェンディは現在の状況を探る。
「この魔力の空間を作り出している魔女を討てれば万事解決だが、私が下手に歩くと複数の魔女狩りを催眠世界へと放り込んでしまう。確実に処理はできるが、それは魔女狩りの位置を完全に把握してからだ」
「それまでには私も動けるようになりますので」
「焦るな」
「焦っていません。弟子としてお師匠様の足手纏いにはならないようにしたいだけです」
カルカの言葉にウェンディは再び微笑み、頭を撫でる。
「私の弟子になってくれて本当に良かった」
そう告げるとカルカは嫌そうに撫でる手を振り払おうとしていた動きを止めて、隣に座ったウェンディの肩に身を預けた。




