10.キスがしたい話
早いもので成人式から丸一年が過ぎた。
成人を向けてからのシルはとにかく忙しい毎日を送っていた。
そこまで頑張らなくても…。と休むよう言うのだが、
「私もアレス様を幸せにしたいので」
と言われ、何も言えなくなってしまった。
まだ手を繋いだり、抱き締めても照れ臭そうにするのに、こういうときは直球で気持ちを伝えてくるのがなんとも心地よい。
でも倒れては俺の心が休まないので、テュールやフォルセティに調整してもらっている。
そして今日は、来年結婚式を挙げるための軽い打ち合わせの為、アティルナ邸へとやって来た。
「結婚式は皇城でって聞いたのですが本当ですか?」
「そうだよ。一応まだ王弟だからね」
「…そうでしたね。忘れていたわけではないのですが…」
「ただその一年後に皇籍を抜ける予定だけど」
「ぬ、抜けるのですか!?」
だって必要を感じない。
寧ろ帝国に何かあったとき皇族だと理由で振り回されるかもしれないし、政敵に狙われるかもしれない。
大公という三大公爵家より権力のある爵位を貰えているわけだし、それだけで十分。
あとはトラキアを平和な土地にして、シルに健やかに過ごしてもらいたい。
ついでに第二騎士団団長も辞職予定だと告げると、さらに目を見開いて驚く。
驚いた顔も可愛いなぁ。
この一年の間に色んな顔を見せてくれた。だけど何度見ても、もっと見たいと願ってしまう。
「魔導士部隊はさすがに辞めれないからそのまま続けるけど、第二騎士団はミリガンに任せるつもり」
「……そう…ですか…」
それになんたってシルとの時間が減ってしまう!それが一番重要だ!
だと言うのにシルは少し寂しそうな顔をして、持っていたティーカップを握り締める。
「もしかして勝手に決めたらまずかった?」
「いえ、そうではありません。ただ、前に皇帝陛下に夫婦で騎士団をまとめます。と言ったのにと…」
ああ、そんなこともあったな。
シルが気にするようなことじゃないのに…。
「大丈夫。ミリガンにはちゃんと仲良くするよう伝えているし、何より今そういう風に教育している」
「そうなのですか?」
「第一騎士団はフォルセティ卿がまとめるだろうし、最近ではミリガンとよく話してる」
「そうでしたか。私の力なんて必要ありませんでしたね」
「シルがいるからだよ」
シルがいなかったら、望まなかったら絶対に動かなかった。
幸いミリガンもフォルセティも協力的だから徐々に距離を縮めている。それでも何年もかかるし、反抗する奴は反抗するだろうけど。
苦笑するシルにそのことを伝えると、照れながら握り締めていた紅茶を飲み干した。
「じゃあ結婚式に話に戻っていい?」
「はい」
「とは言っても基本的に俺に任せてくれたらそれでいいよ」
「それは…」
「あ、こんな式にしたいとかあったら言ってくれたらその通りにする」
「いえ、そうではなく。普通の結婚式で十分です。……皇族だから普通ではない…?」
「んー…。式が行われる聖堂は親族のみしか入れないぐらいで、あとは普通かな」
「それは逆に嬉しいです。たくさんの人に見られるのは恥ずかしいので…」
「シルのキス顔を他人に見られたくねぇし、こういう時ばかりは皇族でよかったと思うよ」
「キッ…!?」
成人式から一年が経った。成人式まではハグで我慢した。
この一年でかなり距離を詰められるようになったし、シルから積極的に抱き着いてくれるようにもなった。
だから…。だから今度こそキスがしたいッ!
キスと言う言葉にあからさまに意識して、顔を真っ赤にさせる。
今からそんな顔するなら、キスをしたらどんな感じになるんだろう…。楽しみで仕方ない。
「え、まさかシル…。結婚式で誓いのキスをしないつもりだった…?」
「いえっ! そ、そこはきちんと儀式通りにしますが…」
「でもそんな顔を赤くしたら逆に恥ずかしくない?」
「すすすすみません! 解ってはいるのですが自然とこんなっ…」
慌てふためく彼女の姿を見るのも楽しい。楽しいが…。
「キスの練習もしといたほうがいいと思うんだけど、どう思う?」
「そ…そんなに顔が赤いですか?」
「それはもう見事に。遠くにいても解るぐらいには真っ赤だ」
「ううぅ…」
この様子であればいける。絶対にいけるッ!
「ほら恋愛中級者になって一年経つだろ? そろそろ卒業して上級者にならないと。結婚まであと一年しかないし」
「……っわかりました! ですが…あの、恥ずかしいので目を瞑って頂いても宜しいでしょうか?」
よっしゃあああああ!今度こそシルとキスができるッ!
顔を真っ赤にしたまま決意した目で俺を見つめてくる。
シルとキス。シルからのキス。
目を開けてどんな様子か見たいけど、さすがに言う通りにしておこう。
ソファから立ち上がり、俺の隣に座るのを確認してから目を瞑ると、小さな深呼吸が聞こえた。
嬉しいけど緊張する…。
「…」
「……どうでしたか!?」
「……え?」
感覚なかったんだが?
目を開けてシルを見ると顔だけじゃなく、耳まで真っ赤になったシルが既にソファに座っていた。
「アレス様…?」
「…シル。因みにどこにキスした?」
「え? 結婚の儀式通り額にしました…」
………はぁああ。
「よし、じゃあ練習も終わったし本番も頑張ろうか」
「えっ、ちょ、アレス様!?」
昨年のことを忘れていたわけじゃないけど、忘れていた。
腰を掴んで自分の膝の上に無理やり座らせ、困惑して逃げようとするシルを逃がさないよう強い力で捕まえる。
ここまできたら絶対にキスしてやる。
「知らないと思うけど皇族の結婚式では唇にキスするんだ」
「えッ!?」
「だから結婚式まで一年はあるし、それまでに恋愛上級者になっておきたい」
「いやっ! でもっ! きょ、今日はもうここまでが限界でッ…!」
「シルの言うことは聞いてあげたいけど今日はダメ。キスしてくれるまで絶対に離さない」
強い言葉で言うとピタリと動きを止めて、何か色々と考えている。
いける。絶対にキスできる。
逃げようとしているけど嫌っている様子には見えない。大丈夫。
「……死にそうです…」
「じゃあシルが目を瞑って。俺がするから」
右手で頬に触れて囁くとビクリと飛び跳ね、目に涙を浮かべる。
ああ恥ずかしさで泣きそうなシルも可愛い。もっと虐めたい。困らせたい。
顔を近づけると反射的に反らそうとするも、触れていた手で逃がさないようすると、覚悟を決めたかのようにギュッと強く目を瞑った。
あー可愛い。身体中震えてるのがまた余計に虐めたくなる。
「シル」
「…っ!」
「愛してる」
ジッと見つめたまま唇を重ねると、さらに身体が強張る。
……まだいけるか…?絶対にもう限界を超えているけど、少しばかり強引に進めておきたい。
キスでこれじゃあ初夜とかどうすんだよ…。さすがにお預けは嫌だ。
「ねぇシル」
「…」
「舌出せる?」
「お、終わりじゃないんですか…?!」
目を瞑ったまま逃げようとするのを力を加えて逃がさないようにする。
フルフルと震えながらゆっくりと目を開け、青い瞳を間近で見る。
どんな「青」より綺麗だ。涙で濡れて余計にそう感じてしまう。
逃げれないと解っているから「うん」としか言えないのに、シルはなかなか返事をしない。だけど俺も取り下げることはしない。
少しの間部屋に沈黙が流れ、観念したのか小さな舌を恐る恐る出した。
「ごめんな」
すぐに自分の舌を絡めると、目を見開いて今まで以上に抵抗された。
もっと長時間楽しみたいけど、とりあえずはこれぐらいでいいか。
一回はできたことだし、とりあえず山を越えた気がする。
「…? シル?」
「……」
「うわっ! やっちまった!」
途中で身体の力が抜けたと思ったら、まさか気絶しているとはッ!
やっぱり強引すぎたかッ! 今まで我慢しすぎて若干暴走してしまった!
とりあえず兄二人にバレないよう俺の邸に連れて行こう!
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「シル、おはよう。さあ今日もキスの練習をしよう」
「……」
「シル?」
「舌を出すやつですか…?」
「どちらも」
「い、嫌です。舌を出すのまだ無理です…」
「じゃあ普通のキスはできるよね」
「それでしたら…」
「じゃあ今日はそれで!」
「(……あれ? いつの間にかキスすることになってる…?)」
「(いやぁ相変わらず丸め込みやすい。単純なシルも可愛いけど俺以外には十分注意するよう言っておこう)」




