53.相思相愛(アレス視点)
シルに会いたくて、狩猟大会中に溜まった仕事を寝る間も惜しんで励んだ。
重要な仕事を終わらせ、残りはミリガンでもできる仕事だけを残して軍馬に飛び乗る。
馬車で二日かかるが、軍馬であればもう少し早く到着できるはず!
転移魔法を使って向かうことも、空を飛んで行くことも考えたが、それだと南部に向かうと送った手紙の意味をなさない。もどかしいけど、少し時間を置いてからじゃないと礼儀に欠ける。
転移魔法に至っては南部に着地点となる座標がない。シルに渡した銀のブレスレットも意図的に転移できるものじゃない。
そうだ。折角シルの実家に向かうんだから、いつでもすぐ行けるよう座標を設置させてもらおう。
そうすればシルも喜ぶ。フォルセティ達だって簡単に自領に戻れるから助かるだろ。
手紙はもう届いているだろうか。その手紙を見たシルはどう思うだろうか…。喜んでいるかもしれないけど、呆れられているかもしれない…。
複雑な心境ではあったが、シルに早く会いたい気持ちだけで動きだしてしまい、あっという間に南部のアティルナ本邸に到着した。
帝都とは違い、南部にしか咲かない花で埋め尽くされた庭園は少しの異国情緒さを感じさせる。
「…何故アレス様が南部へ…?」
「第二騎士団の仕事で南部に用が…。それより久しぶりだね、シル」
ただ会いたいが為に適当な嘘をつくと、混乱しながらも納得して歓迎してくれた。
帝都に比べると南部は暖かい。ついこの間までいた北部とはかなりの差があって熱いぐらいだ。
だから珍しく生地の薄いドレスに身を包んでいるシルから目が離せない。こんな恰好で外に出ることないよな?
内心ハラハラしながらも久しぶりのシルとの会話を楽しみたいと思っていたが、ふと目を反らされてまた心臓が止まりかけた。
「…。やっぱり前みたいに…」
「なんでしょう?」
何で目を反らすんだ。義理の姉と会って色々話したんだろ?
今回マルスを連れて来ていなかったから、どんな会話をしていたか解らないから気になって仕方ない!
やっぱりあの事がバレたか?いやいや絶対にそんなことはない。
そう思いたいのにバクバクと今まで体験したことないほど、心臓が激しく動き続ける。
ぎこちない動きで…俺に遠慮するような態度で客間へと案内されるが、なんだか処刑台に上がる気分になる…。
やっぱりここはミリガンに言われた通り大人しく、帝都で待つのが正解だったか!?
「本当にごめん。朝食もまだ?」
「え、ええ…。そうですね? 朝食もまだ、です」
「北部からシルとの時間が取れなかったからつい押しかけてしまった…。本当にごめん」
自分でも解るぐらい声が震えていたけど、別のことを考えているだろうシルには気づかれなかった。
情けない姿を見せたくないけど、シルの態度を見ると「終わり」な気がして泣きそうだ…。
無理だ。シルに嫌われたら生きていけない。あの小さな口から「嫌い」なんて言われたどうしよう…!無理無理、嫌だ!嫌われたくないッ!自業自得なのは重々承知しているが、別れるのだけは絶対にダメだッ!
何の為にここまで生きてきた?シルを守る為、幸せにする為に俺は生まれてきたのに…。
次こそは裏切らない。今度こそ裏切らない!
心は乱れているのに、シルに「お会いしたかったです」と言われると、全てが満たされて自然と笑うことができた。
でもぎこちない表情と雰囲気、いつもより沈んだ声に気づいた瞬間、一気に地獄に叩き落される。
今のは社交辞令だ…。絶対にそうだ…!
何かを言いたいのに言葉が出てこない。シルも何かを言いたそうに俺を見つめている。
「シル」
名前を呼んで懇願すると、シルの両目に涙が浮かんできた。
その瞬間、喉奥がヒュッと音を立てる。
ダメだ…。ダメだ言わないでくれ。またあの言葉を聞いたら俺は―――。
「シル…?」
「…」
「シル」
「っ…」
「泣きそうなのはやっぱり俺のせい?」
震える足で彼女の元に膝をつき、強く握り締められた彼女の両手を包み込む。
何でそんな不安そうな顔で…。何を考えている?顔を背けないで全部話してほしい。
「シル、泣かないで」
「見ない、っで…!」
落ち着け。とにかく泣いているシルを慰めないと。
「愛しの婚約者が泣いている理由が知りたいんだ」
嘘つけ。本当は聞きたくない癖に。
「その原因が俺だったら……シルが望む罰を受けるから…」
俺が悪いのならどんな罰でも受ける。寧ろそうすべき人間なんだ。
「ちがっ…! 違う、違うの…っ。わたしが…っうう…! 私が、子供で…ッ」
そんなことなんてない。
子供とか大人だとか考えたことなんてない。
何歳になろうとシルはシルだ。俺のただ一人の愛しい女性だ。
「シルフレイヤ」
泣き止んでほしい。
(可愛い、綺麗。誰にも見せたくない)
いつものように控え目に笑って、俺の名前を呼んで許してほしい。
(許しを得たい。懇願したい。俺が生きる理由はシルを救うことだけだと伝えて微笑んでほしい)
でも俺を捨てることだけはしないでほしい…。
(聞きたくない。聞いたらきっと君を閉じ込め、洗脳し、まるで人形のように扱ってしまう)
様々な感情が溢れる。
泣いてほしくないのに、泣き続けるシルを見るとドス黒い感情が溢れてそちらに引っ張られそうになる。
シルを閉じ込めたって彼女は喜ばない。いつもの純粋な笑顔を浮かべない。
暗い表情に生気のない目。そんな光景を安易に想像できて嫌な気分になるのに、その顔を見るのが俺だけと言う優越感に喜びも感じてしまう…。
だって安心できるから。
「―――き、聞いてほしいことがあるの…!」
「うん」
「わたっ、私は…」
そんな汚く醜い俺とは反対に、シルは喋り始める。
「わたしっ…まだ子供で…。あの……あのね、アレス様の力になれませんッ…」
「(年齢は関係ない)」
「政略結婚から始まった関係ですし…、私の…魔法が生命線なのも解ってます…!」
「(政略結婚なのも、俺がシルの魔法を頼りにしているのも事実だが、それを差し置いてもシルフレイヤと言う人間を愛している)」
ただシルが生きているだけで嬉しい。それだけで全てが救われる。
毎日笑って、元気に健やかな暮らしてくれると安心する。
そんな彼女を俺が守っているのだと思うと罪が許されるかのように安堵できる。
名前を呼んで必要としてくれると泣きたくなるぐらい愛しく感じる。
そう、まるで生まれる前からシルに恋焦がれていたような、底なしの愛が溢れ出てくる。
「ッアレス様を愛してます…! こんな…まだ力もない未熟な私でも…。アレス様と小説のような恋愛をしてみてもいいでしょうか…? 貴方に恋をしても宜しいでしょうかっ…!」
その愛しい人が俺と恋をしたいと言ってくれた。
苦しい。先程までとは比べ物にならないほど苦しくて、切なくて……とてつもなく嬉しい。
シルに好きと言われ、初めて自分がただの男になれた気がした。生きるのを許される気がした。
何で彼女がこんなに苦しそうに告白してくるのか考えることができない。ただ今は目の前の女の子が可愛くて、愛しくて仕方がない。
「勿論だ…。ああっ、勿論だとも! 俺だけに恋をして、俺だけを愛してくれッ!」
今度こそシルを全力で愛し、信じ続け、悲しむことが決してないようしなければ。
シルを傷つけるのであれば、それが俺自身であろうと絶対に許さない。
「最高の告白をありがとう。シルフレイヤ・アティルナ公女、俺と最初で最後の恋をしよう!」
「ッはい!」
何故か視界が歪んで愛しい女の子の顔が見えなかった。
今まで以上に大事にしよう。シルは幸せに生きるべき存在なんだ。




