52.覚
用意してもらった紅茶にも、大好物のフルーツタルトにも手をつけることなく、自分が思ったことや考えていること、気持ちなどを全て話した。
所々なんて言葉にしていいか解らなかったり、伝えるのに時間がかかったけど、グリトニル様は静かに頷いて聞いてくれた。
「ではシルフレイヤ。貴女が思う恋とはどういったものでしょうか?」
「私が思う恋ですか?」
「はい、聞かせて下さい」
私が思う恋…。
考えたことがなかった。
「胸がドキドキして夜眠れなくなる?」
「ふふっ。シルフレイヤはどう?」
「ぐっすり寝てます。やはり私のは恋ではないのでしょうか…」
「うふふ!」
小説で読んだお姫様は、寝る前になると想い人のことを思い出してはなかなか寝付けていなかった。
だけど私は多少寝つきが悪くなるものの、ほぼぐっすり眠っている。恋じゃないのかな?
グリトニル様を見ると、とても楽しそうに控え目に笑って紅茶を一口。
「シルフレイヤは規則正しい生活を送っていますからね」
「はい。朝の鍛錬に遅れてしまいます」
「さすがだわ。ところで私も夜はぐっすり眠れるわ」
「……グリトニル様…。もしかしてセティお兄様のこと……」
「いいえ、人間としても異性としても愛しています」
幼馴染だからこそ相手を異性として見れない。そんな人もいると聞いた…。
でも目の前で微笑んでいるグリトニル様は見る限りそんな風には思えない。
ハッキリと告げる言葉に思わず私が告白されたのかと思い、恥ずかしくなって目を反らす。
控え目で穏やかなグリトニル様だけど、たまにこうやって自分の意思をハッキリ伝えてくる強さを持つ。
「シルフレイヤが言っているのは小説の話でしょう?」
「そ、そうです」
「それも正しいわ」
「えッ?」
「でも私もシルフレイヤも正しいの」
「……。恋は…一つではない…。と言うことでしょうか」
「あら、さすが私の自慢の義妹ね。私もセティ様にしか恋をしていないから解らないけど、恋は人によってそれぞれなの」
「それぞれですか…」
「自分が恋だと思ったらそれが恋よ」
「でも…不安もあって…。間違えでもしたら…」
「ふふっ、そうね。シルフレイヤが真面目すぎるのを忘れていたわ。自信を持ちなさいシルフレイヤ、それはれっきとした恋よ」
視界が大きく広がった感覚に陥った。
グリトニル様の言葉がストンと心に落ちて、「ああやっぱり」と素直に納得できた。
間違いないんだ。これは恋で正解なんだ。私はアレス様のことを男性としてちゃんと好きなんだ…!
「少し前までまだまだ子供だと思っていたのに…。あ、シルフレイヤは子供の頃も子供っぽくなかったわね」
「グリトニル様、ありがとうございます!」
「いいえ、私は何も。それよりやはり軍神ですわね、落とすのが早いわ」
「あっ、でもまだお聞きしたいことがあります」
「何かしら」
「その…。私はグリトニル様のような大人ではありません…。えっと…アレス様が他の令嬢をエスコートしたら心が苦しくなるのです…。今まで感じたことのない感情で……あの、これってどうしたら耐えれますか?」
前にリサに言われたことを相談してみた。
好きな人に対してこんな感情抱きたくない。
どうやったらグリトニル様のように、穏やかに大人の対応ができるのか知りたい。
情けなくて俯いていた顔をあげると、琥珀色の目でギラリと私を睨んでいたまた俯いた…。お、こってる…?
「トラキア大公殿下は誰をエスコートしていたと?」
「え? あ、そのっ、…っごめんなさい!」
「違うの、シルフレイヤに怒っているわけではないのよ。で、どこの家門の令嬢かしら?」
前にテュールお兄様が、セティお兄様から貰ったドレスを汚した時に聞いた声だ!
どうしよう。怒っていないと言っているけど、この声のトーンは確実に怒っている…。
さすがは公爵家の御方。威圧感がとんでもない…。殺気は感じないけど息をするのすら恐れ多い…!
「シルフレイヤ?」
「そ、…そうぞうです…。リ、リ、リサに想像でアレス様が他の令嬢をエスコートしたらどう思うかと聞かれ…。凄く嫌な気持ちに…!」
「あら、想像でしたか」
上手く喋れなかったけど、肝心の言葉を伝えると威圧感はなくなり、先程と同じような穏やかな雰囲気に戻る。
恐る恐る顔をあげて表情を見ると、ニコリと微笑んでくれた。
セティお兄様も怒らせると怖いけど、グリトニル様もそうだ…。
「シルフレイヤが言っているのは嫉妬のことね」
「はい、リサにもそう言われました。その嫉妬をしないようにするにはどうしたらいいか教えてもらいたくて…」
「シルフレイヤが読んでいる小説の女の子はどうしていたかしら?」
「確か…。喧嘩をしていました。でも私はアレス様と喧嘩をしたくありません。身分だって私のほうが下ですし反論なんてとんでもないです」
「夫婦になるのだから身分は関係なくなるわ。それで、喧嘩をした後はどうしていたかしら?」
「仲直りしていました」
「では喧嘩しても仲直りしたらいいのでは?」
「喧嘩をしたくないのです…。そもそもあの感情はとても……淑女として持つべきではない感情だと思います…。小説の中でも嫉妬のせいで関係のない人も傷つけていましたし…」
「私も嫉妬はするわ」
「えッ!? グリトニル様がですか!?」
「そうよ、幻滅したかしら?」
「とんでもないです!」
「セティ様が他の女性を見ると私だけを見て欲しいと思うし、他の女性に優しく接していたら誇らしいけど止めて欲しいと思うわ」
「で、ではそういう時はどう対処されているのですか…?」
「文句を言う。我儘を言う。拗ねるかしら」
二度目の衝撃に言葉が出てこなかった。
グリトニル様が文句を…?我儘を?淑女の鏡が拗ねる…!?
「ではグリトニル様もセティお兄様と喧嘩を…?」
「しないわ。でもとても喜んでくれるの」
喜ぶ?文句を言えば怒るのが普通では?
いや相手はセティお兄様だ。お兄様が女性…グリトニル様に怒る想像がつかない。でも文句を言われて喜ぶほど変わった性格ではない。
小首を傾げて色々なことを考えるけど、グリトニル様が仰っている意味が解らず次第に頭が痛くなってきた。
「これはもう少し大人になってから解るわ。一度に色々言っても混乱するでしょうし、また今度ね」
「そうして頂けると助かります…」
「では最後に。小説を読んでいて素直に言えばいいのにと思ったことは?」
ある。何度もある。
どちらでもいいから素直に自分の気持ちを伝えれば、変な誤解も喧嘩も起こらない展開が多かった。
勿論小説だからそういう展開にわざとしているのだろうけど、そう思ったことは何回もあった。
「だからシルフレイヤも恥ずかしいからと言って黙るのではなく、間違いかもしれないと思って気持ちを隠すのではなく、とにかく話してみるのが一番よ」
「そう…ですね…。少し考えてみます」
「そんな不安そうな顔をしないで。シルフレイヤなら大丈夫よ」
「ありがとうございます、グリトニル様。グリトニル様にご相談できてよかったです」
「それと、そろそろおニル義姉様と呼んでほしいのだけど…」
「……。あ、ありがとうございます、ニル義姉様」
「ふふっ。可愛い義妹の為ならいくらでも」
本当に相談に来てよかった…。背中を押して貰えて救われた。
まだ嫉妬とかは解らないままだけど、素直に伝えるのはとても大切と言うことも理解できた。
私はアレス様みたいに愛情表現なんてしたことないし、好きだって言葉も……気持ちを込めて伝えたことはない。
でも恥ずかしがって言わないのは駄目。ニル義姉様にも言われたばかりだ!ちゃんと自分の気持ちを整理して、言葉を選んで、しっかりアレス様に私の気持ちを伝えたい。
うん。素直に言えず告白できなくて喧嘩別れした小説もあった。もっと頑張らないと!
「久しぶりの南部のお菓子はどう?」
「果物がいっぱいで嬉しいです!」
「シルフレイヤは果物が本当に好きね。ところで、テュールがまた女性に振られたと聞いたのだけど、それは本当かしら?」
「ふふふっ! ええ、聞いて下さいニル義姉様。北部のことも含めてお話したいことがたくさんあります!」




