51.姉
「終わった…。絶対にあのことがバレた……隠していたのにバレた…!」
北部から帝都に戻り、俺の身体を思ってシルからすぐに会えないかと連絡がきた。
勿論シルからのお願いだし、俺も仕事や移動で一週間以上会えなかったからすぐに承諾して久しぶりに会うことができた。
久しぶりに会ったシルは相変わらず可愛くて、今すぐにでも結婚式を挙げたくなった。
いつものように魔力を吸収してもらい、お茶を飲みながら帝都に戻る途中に兄二人と寄ったと言う街について色々と話す。
俺がすぐに追って来ると思って寄り道しやがったなあの野郎ども…!どおりで先に出たシル達より俺のほうが早く帝都に着いたわけだ!
と言う文句をシルに言うことなく、ひたすら小さな口から放たれる声で怒りを鎮める。
途中、目が合うと不自然に反らされたり、会話が途切れたり…。気になる点があったが、狩猟大会のことを思い出して恥ずかしがっているのだと思って気にしなかった。
だけどそれが気のせいではなく、大問題だったことに気づいたのはお別れの時だった。
幸福な時間もあっという間に過ぎ、馬車まで見送りに来てくれたシルから、
「少しの間領地に戻ります」
と突然宣言された。
北部から戻って来てまだ一回しか会ってないのに?またこれから三日に一度は会えると思っていたのに何故!?
ショックで呆然と立ち尽くす俺を、テュールが無理やり馬車に押し込み、理由を聞くことができなかった。
邸に戻る馬車の中で色々考えたものの、あの愛人問題がバレたのかと思い泣きそうになる…。
ああ…だからよそよそしかったのか…。裏切った俺を直視なんてできねぇよな…!
それなのに何とか笑顔で会話を続けてくれたシルは本当によくできた婚約者だ。さすが将来のお嫁さん。……それすらもなくなるかもしれないッ…!
いや完璧に隠した。アティルナ家にもバレないように動いたし、そもそも関係者の記憶は消している。主犯のデモスとスタラザには元から従属魔法をかけているから問題ない。喋った瞬間殺すとも脅した。
問題ないと思う。思うけどそうでなければ何故シルは領地に…?
「無理…。ほんと無理…」
マジで泣きそうなのを耐えて、うっかり習慣と化したマルスを覗き見る。
声は聞こえないけど、シルの侍女が慌ただしく動いているのが見えた。
彼女と直接会話をしたことはないが、マルスを通じてシルを大事にしているのは知っている。
そして毎度最高の助言を残している彼女に、いつか褒美を贈りたい。
この間も嫉妬を知らないシルに嫉妬とはなんかを教え、シルの嫉妬した可愛い顔を見れたのも彼女のお陰だ。
シルが俺のことを好きになるのはまだまだ先だと思っていたのに、彼女の言葉でトントン拍子にいい方へ進んでいく。
それまでの関係も好きだった。でも俺を意識してくれるシルが何よりも誰よりも可愛いので、そこまで貢献してくれた彼女に全財産譲りたい。
「―――……あ、そうか! そうだった! フォルセティの婚約者である義理の姉に会うと言ってた!」
盗聴しているからマルスから聞いた情報は極力思い出さないようにしている。
そうだ、バレたわけじゃなく義理の姉に相談しに戻ったんだ!
「はぁ、よかった…」
シルのあの言葉と、事情を知っていなければ死刑宣告を受けた気分だった。よかった、まだ隣にいられる。
「じゃあ何で目を反らした…?」
実は本当はバレていて、こう言うときどう対処するべきか聞きに行くとかじゃないよな?
マルスを見るも侍女しか映っておらず、真意は解らない。
「……っぶねぇ」
シル戻って来ねぇかなぁと扉に目を向けると、フォルセティが見えたのですぐに映像を切った。
どうせバレてるから意味はないが、盗聴していることはバレてないはず。
魔法の知識なんてなかった人間なのに、何であんなにも敏感なんだ…。魔導士の連中もほとんど気づかないように調整したって言うのに…。
解ってる。さすがに盗聴はやりすぎだって解ってる。解ってるからプライベートの会話はほとんど聞かないようにしてる。俺の話題とマルスを可愛がってる姿しか見ていない。
止めるべきことだと思っているが、いつか何かのときに役立つ。それも解っているからフォルセティも警告だけにしてるんだろう。
「帝都からシルの領地までは馬車で二日だっけ?」
帝都にあるアティルナ邸は領地にすぐ戻れるよう南にある。
そのうえ、クヴァング侯爵領は南部の帝都寄りにある土地だから、移動時間は北部に比べてかなり短い。
それでも往復を含めると四日?向こうに滞在することも含めたら一週間…?長ければ二週間もありえる。
「あ、無理。やっぱ死ぬわ」
こうなったら俺も行くしかない!
北部に行っていた間に溜まっていた仕事があるから、さすがにそれだけは処理しよう。
真面目なシルに幻滅されたくないもんな。明日中に片づけてすぐに向かう!
いつかのように、シルが目の前にいてくれたらすぐ終わるんだけど、それはまぁ結婚後の楽しみにしておこう。
✿
北部より帰宅後、アレス様と一回だけいつものお茶会を開いた。
狩猟大会でもほとんど会話できなかったし、ロキ皇太子のこともあってかなりご迷惑をおかけしてしまった…。
北部から帰る際も、一緒に帰れるかなと期待したけど第二騎士団の仕事もあって帰ることができず…。
結局帝都に戻って翌日にようやく顔を合わせることができた。
狩猟大会のこともあり、改めて顔を見合わせると今まで感じたことのない羞恥心でまともに目も、顔も見れなかった。
折角色々なお話をしてくれるのに顔を見ないなんて失礼極まりない。不自然に反らさないよう気を付け、露骨に顔を背けないよう集中。
そのせいでどんな会話をしたかあまり覚えていない…。
帰り際、学びたいことがあるので少しだけ南部領に戻ります。ときちんと伝えるつもりが、緊張のあまり「少しの間南部に戻ります」と素っ気ない言葉しか出なかった。
その言葉に珍しく唖然とした表情を見て、言葉選びを間違えたと訂正しようとしたけど、テュールお兄様に無理やり馬車に押し込まれ帰宅された。
あれだけ一緒にいたのに離れると、とても寂しく思い、もっと一緒にいたかったと言う強い気持ちが湧いてくる。
手を握って魔力を吸収したときもそうだった。
握るのに意識してしまい、いつものように両手で握れなかった。
触りたくないに触るとこのままでいたいと思ってしまう。でも早く離れたい!と思ってしまい、実際離れると寂しく感じる…。
もっと触れていたい。本当は顔を見てお話したい。声もちゃんと聞きたかった。
「と、思うのですがこれは恋でしょうか…!?」
「そうねぇ…」
アティルナ家の領地であるクヴァング侯爵領は、南部の首都【観光都市デオン】と帝都の丁度中心に位置する。
アレス様と会えないのは寂しいので、要件だけを終わらせるため、二日かかる行程を一日に無理して縮めてもらい、久しぶりの自領に到着。懐かしい気持ちに包まれる。
秋だと言うのに北部や帝都に比べてまだまだ夏の暑さが残る。
そしてクヴァング本邸に到着すると、北部滞在中に会いたいと手紙を送ったグリトニル様が出迎えてくれた。
グリトニル・セヴァイス・ゲルデオン公爵令嬢。
年齢はセティお兄様の一つ下、20歳。銀髪に琥珀色の瞳を持つ、南部の王であるゲルデオン公爵家の長女。
アティルナ家とは昔から親交があり、言わば幼馴染と言う関係もあって私がお母様の次に信用しているお方。
今はまだセティお兄様の婚約者ではあるが、私の成人式の半年後に結婚を控えている。
それまでは公爵家で花嫁修業をしたり、家族との時間を大切に過ごしている。因みに結婚後は帝都のタウンハウスにやって来る予定。
そこで何年かはお母様から師事を受け、セティお兄様もお父様からもっと深く侯爵教育を受ける。それに合格したら晴れてアティルナ家の当主となれる。
通常であれば花嫁修業や侯爵夫人教育などで忙しい人ではあるけど、何せ生まれが公爵家の方なのでほぼ完璧。だから私の相談に乗れる時間がある。




