05:賑やかで楽しい日々
今回の帰省も無事に終わり、こちらの世界へと戻ってきた。
翌日いつも通りギルドへと顔を出せば、探しもの屋のカウンターには西部さんと犬童さんの姿があった。可愛いものカフェの片付けをしているのは上津君と柴埼君、犬童さん達もまた無事に帰還した事を伝えるために帰省翌日はギルドに顔を出すようにしている。
「杏里ちゃん、秋奈ちゃん、おはよう」
お嬢様が二人のもとへとパタパタと駆け寄っていく。花壇の地下をふわふわ飛んでいた光の玉ことコラットさんがヒュンと飛んでお嬢様の鼻を突っつき、頭の上に乗っかった。
犬童さんが昨日の手伝いの感謝を伝え、そして西部さんはさっそく昨日のことをお嬢様から聞こうとしている。
そんな女性陣の華やかな賑わいを横目に、俺は今日もまた可愛いものカフェの一角で適当な書類仕事をしているベイガルさんのもとへと向かい、手にしていた紙袋を差し出した。
向かいに座っていたマイクス君が不思議そうに紙袋を見る。
「そまりさん、それは?」
「ベイガルさんに頼まれていたものです。東京ばな奈、すあま、落雁、ひよこ饅頭、鳩サブレ。このオッサンモドキ、買ってこいってうるさいんですよ」
肩を竦めながら話せば、ベイガルさんが感謝の言葉と共に紙袋を受け取った。さっそくとひよこ饅頭の箱を開ける。
ひよこを一匹俺に手渡し、もう一匹をマイクス君にも渡す。
「確かに毎度頼むのは申し訳ないな。用意するのも面倒だろ」
「それに関しては爺に用意させてるんで別に良いんですが。……なんですか、妙に素直に認めますね」
「俺もちゃんとお前達のことを考えてるんだ。そういうわけで、そまり、この依頼を受けてくれ」
ベイガルさんが真剣な顔付きで依頼書を一枚差し出してくる。
いったい何だと手にとれば、興味を抱いたのだろうマイクス君も覗きこんできた。
この依頼は……。
「ひよこ饅頭再現計画!? あんたどんだけ日本の銘菓が好きなんだ!」
「毎回買って持ってこさせるのは手間だから、いっそこっちで作ればいいと思ったんだ。保城達の能力を使えば不可能じゃないだろ。ひよこの次は東京ばな奈だ」
「その場合の東京ばな奈は東京を名乗って良いのかどうか……。いや違う、気にするのはそこじゃない。うわ、引くほど報酬が高い」
依頼書から本気のオーラがひしひしと伝わってくる。たった一枚の依頼書なのに妙に重い。
さすがにこんな依頼は受けたくないと突っ返せば、ベイガルさんが真剣な表情で受け取り、なにやら書き直しだした。
そうして再びこちらへと差し出してくる。書き直されているのは依頼者の名前だ。ベイガルさんの名前の隣に、見慣れぬ名前が追記されている。
「……これ、誰の名前ですか」
「俺の本名。つまり第二王子からの依頼だ」
「こんな事のために国家権力使わないでください」
付き合ってられない、と依頼書を再び突っ返す。不満そうな表情をされたが、どちらかと言えばその表情をしたいのは俺の方である。
そんな俺とベイガルさんのやりとりをマイクス君が苦笑しながら眺めている。
ふと俺は彼へと視線をやり、鞄から封筒を取り出した。
「これはマイクス君へのお土産です」
「僕に、……ですか?」
不思議そうな表情でマイクス君が封筒から中身を取り出し……、うっと言葉を詰まらせた。
中から出てきたのはそれはそれはエロい冊子である。筆舌に尽くしがたいエロさである。
「そまりさん、なんでこんなものを僕に……」
「月に一日とはいえ帰省が出来るのはマイクス君のおかげですから、お礼をと思って。『夏コミ』というので選んで買ってきました。……上津君と柴埼君と一緒に」
「そまりさん!? なにしれっと俺達も同罪にしてるんですか!?」
「ち、違うから! 俺達はそんなもの選んでないからな!」
突如話題を振られたからか、上津君と柴埼君が怯えた様子でマイクス君に対して無罪を訴えだす。
そんな俺達のやりとりに気付いたのか、お嬢様と西部さんが不思議そうにこちらへと近付いて来た。犬童さんだけが何かに気付き「あ、それは」とマイクス君の手元に視線を止めた。
「お嬢様、見てはいけません! 破廉恥なものを視界に入れてはお嬢様の純粋さが損なわれてしまいます!」
「……その破廉恥なものは他でもなくそまりさんが買ってきたんですよ」
マイクス君が普段の爽やかさが嘘のような冷ややかな声で告げてくる。
もっともどれだけ冷めた声色だろうと俺が動じるわけがないのだが、上津君と柴埼君には恐ろしいらしく二人が分かりやすく怯え、更には給仕を理由にギルドの奥へと逃げていった。
そんな俺達のやりとりに、聞いていたベイガルさんが「少し落ち着け」と宥めてきた。
「そまり、マイクスを煽るな。マイクスもその本はひとまず鞄にしまえ」
溜息交じりにベイガルさんが場を納め、箱からひよこ饅頭を取り出した。
西部さんに三匹を手渡すあたり、きっと彼女と、お嬢様と犬童さんの分なのだろう。単純な優しさか、もしくはエロい同人誌から彼女達を遠ざけるための策か……。――うまいこと西部さんとお嬢様の意識は同人誌からひよこ饅頭へと移ったが、犬童さんのみ「マイクス君、その同人誌こんど貸して」と堂々と言ってのけた―ー
「ひよこ饅頭、いつも可愛くて食べるのが勿体なくなるね。ねぇ詩音ちゃん」
「そうね、私もっ……。あ、あぁー! コラットさんが突然光量を上げて輝きだしたわ! 目晦ましなの!? もしかしてひよこ饅頭を狙っているの!?」
突如眩いほどに光り出したコラットさんにお嬢様が悲鳴をあげる。
それに対してベイガルさんが慌ててひよこを追加で一匹取り出し、その間にマイクス君は呆れを込めて「お土産どうもありがとうございました」とまったく心がこもっていない声で告げてギルドを去っていく。
ギルド内に居た者達も賑やかさに興味を抱いたか、テーブルに置かれていた紙袋の中身を覗いたり、中にはお座成りな一声を掛けて食べ出すものまで居る。
その光景を眺めていると、俺のもとにお嬢様がちょこちょこと近付き隣に立った。目を擦っているのは先程の眩しさが残っているからだろうか。
次いで俺を見上げてきた。
「そまり、賑やかで楽しいわね」
お嬢様の言葉に、改めてギルド内を見回す。
賑やか……、確かに。煩いとも言えるけれど。
さて楽しいかと問われれば……。
「そうですね、悪くはないですね」
俺の返事に、お嬢様が嬉しそうに笑った。
…end…
これにて番外編完結です。お読み頂きありがとうございました。
また何か思いついたら更新しますので、その際はお付き合い頂けると幸いです。
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