朔夜が知る世界【後編】
隔離血界とよばれる秘術がある。
特殊な血筋の、これまた特別な力を持つ人の間に、口伝で受け継がれる術だ。
「術者の血を持って対象の力を隔離し、隠す事で守る術です」
過ぎる力を持つ存在は、狙われる。
ならば、その力を見えなくしてしまえば良い。
そんな考えから生み出された術は、その特性から諸刃の剣とも呼ばれた。
広く知られてしまえば、力を封じられた状態の無防備な子が狙われる事態を招きかねないからだ。
秘されているからこそ真価を発揮する守りの術。だから、継承者は決して多くない。
「口伝の対象となるのは、一族の長。それから、次代に受け継がれなければならない力を持つ術者本人のみ」
稀有なる能力や強大な神通力など、後の世に残さなければならない——万が一にも失われてはならない、と判断された力を持つ者にのだけ伝えられるのだ。
「安倍の家でもこの術を知るのは、私を含めて3名しかおりません」
朔夜は養子だ。それでも鬼眼を持つからという理由で術を継承した。
その他は、本家の者でも教えられていないという。
「智子様の力はお強いけれど、津守の中では一般的です。皇室に嫁すと決まってらしたならば、隔離血界の存在を知る機会などありません」
だから言継様、どうか母君をお恨みにならないでください。
そう前置きをしてから、朔夜は続けた。
「発動条件は、力を継ぐ子が守られる保証のない——たとえば術者が張った守護結界の効果が及ばない場所で生を受けること。産まれた子供が強い力を秘めていた場合、呪いによって異能は隔離されましょう」
力を隔離することによって、無力な赤子を装い妖の眼を欺く。
結界によって守ることが出来ない命をつなぐための、最後の砦だ。
ないよりはマシ、という程度のいささか頼りない命綱ではある。
言継は父の離宮——結界の外で産まれた。
だから彼が強い力を受け継いでいたのならば、守りは発動したに違いない。
黎明の巫女と呼ばれるほどの人物が、自分の血筋に隔離血界を施かなかったはずはないのだから。
「……では、私の力は……その術によって隔離されていると、朔夜はそう言うのか?」
言継の声は、震えていた。
さもありなん。幼い頃からずっと力がないと思っていたのだ。
異能の家系に産まれた、無能の子供。その事実は、どれほど彼を苦しめていたのだろう。
けれど現実は、そうではなかった。
「私の眼には、そう映っております」
言継には異能の才があったのだ。
それも、幼い彼の身を守るためには、封じるしかなかったほどの強い力が。
「……津守の長は、何も言っていなかった」
「それだけ黎明の巫女様が施した術は強力だったのでしょう」
朔夜の眼は、鬼眼と呼ばれるほどに強い。
異形の姿を映すだけでなく、力の流れをも読み取る事ができる眼だ。
過去は知らないが、今の世に朔夜以上の見鬼など、存在していないだろう。
「言継様のお力は、きれいに封じられております。私も……先日、隔離血界を継承するまでは気付けませんでしたから」
その朔夜ですら、何も知らない状態では言継の力に気付かなかった。
ならば誰が読み取れるというのだろう。
証拠に、朔夜が義父に問うた時、彼は顔色を変えた。
「封じられた力は、言継様の成長と共に目覚めます。少しずつではありますが、言継様のお力が強くなっているのがその証拠。おそらく、あと数年も立てば黎明の血は目覚めるでしょう」
必要なのは、力に飲まれる事のない安定した精神力。それから、健全な肉体。
何かを守りたいと思う強い意志もまた、目覚めを呼ぶきっかけの一端を担うだろう。
「義父と清明様は、言継様にはお伝えしないという結論を出しました。あなた様を確実にお守りするためです。……けれど私は、伝えたほうがよろしいと、そう考えました」
朔夜は、言継が景子を大切に思っている事を知っている。
幼い頃からずっと近くで二人を見てきた。
豊穣の力を持つ景子を守るため、言継が何をしてきたのか。
力のない自分を、どんなに歯がゆく感じていたのか。
知っているからこそ、伝えるのだ。
「姫宮様を守りたいと願う言継様には、きっと必要でしょうから」
「……ああ。それが本当なら、私はすぐにでもこの身に宿る力がほしいと願うよ」
ありがとう、朔夜。
小さくつぶやいて顔を伏せた言継に背を向け、朔夜は歩き出す。
きっと彼には、一人になる時間が必要だろうから。
朔夜のはった簡易的な遮音結界は、すぐさま別の存在によって補強された。
今この場に、そんな事ができる者など、件の天狐しかいない。
彼もまた言継の目覚めを必要としているのだろう。
景子の力は、人の身には大きすぎる神の力だ。
いらぬ火種を呼ぶ可能性は、十二分にある。
けれど、あの美しい魂が損なわれる事を、朔夜は望まない。望めない。
穢れを知らぬ光は、希望と成りえるからだ。
それは、一方的で迷惑な思いかもしれないが、それでも。
景子にはそのままでいて欲しいと朔夜は願う。
そしてきっと彼らもまた、同じ願いを抱いているだろう。
続きはチキチキ言継さんの能力開発研究会なのですが、視点が決まってないのでいったん完結にしておきます。




