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閑話 銀嶺 菫 終

 『OPEN』のボタンを押すととあるスーパーカーのようにゲーム機の上蓋が開く。

顔を上げるといつもお世話になっている、アニメ映画の大御所の歴代作品のテーマソングが使われている目覚ましが視界に入る。


     ……11時54分。


「お昼になっちゃったか」


 わかった瞬間にきゅるると音を立てるお腹に苦笑いする。

雑務を終えてから始めたとは言え、9時には専用機の中に入ったはずだった。

3時間もぶっ続けでゲームをしていたのかと自分のことながら呆れてしまった。

部屋の中は真っ暗だった。

カーテンも開け忘れてゲーム三昧とか……嫌な予感がしてスマホのボタンを押すと真っ黒な画面がやや遅れて表示される。



    23時56分、夜だった。



 夢中になってまる一日中ゲームをしていたことになる。


   ちなみにまだチュートリアルすらプレイしていなかった。


 不慣れだったことも要因としてあったのは間違いないが、初めて本格的にやるゲーム、全力でキャラメイクしてしまったのだった。


 これ以外ありえないと思ったパーツが、他の部位を選んでから見るとなんか違うとやり直したりといったりきたりで遅々として進まなかったのだ。サービス開始から突っ走るゲーマーと比べて、遅れて開始した挙げ句、始めるまでにさらに時間がかかっていた。


 だがそれもどうでもいいことだった。

菫自身が楽しんでいたのだから。手加減、妥協なく作りあげられたアバター、もとい自身の分身は確かに見目がよかった。

 本当にわずかにだが吊り上がった瞳は意思の強さを感じさせ、光の当たり具合で印象をガラッと変える白金色の髪は腰の少し上まで伸び、サラサラとしている。


 身長は実際より10cm以上低く、顔つきも幼さを残していた。

“現実の自分とは違った自分として“ゲームでくらい過ごしてもいいじゃないかという思いが反映された結果だ。


 幼くなっているのは女としての願望か、それとも周囲とは違った子供時代を送ったが故の未練からか、あるいはいい歳をしてゲームをしていることへの恥ずかしさ(実際はそれほどおかしなことではない)からか、あるいはそれらが入り混じっているのか。


 とまれ自分自身とは似ても似つかぬ姿だが、出来には非常に満足していた菫。

結局1日目はゲームを進めることなく終わるという数少ない事例となった。


 ここで、ゲームの所感などをネットで調べていたらまた別の結果になっていたかもしれないが、ゲーム初心者がMMORPGというジャンルをいきなり始めてうまく立ち回れというのはなかなかに難易度が高かった。

せめてLETの掲示板や攻略サイトを見て情報収集していたらという仮定は無意味である



 そして次の日、始めたチュートリアルでサポートキャラを半泣きさせながら、手探りで進めながら楽しんでいた。


 そして初めてのクラスチェンジを行う。


プレイヤーは全員インセプターからスタートし、様々な活動を行うことで準スキルとを覚えることが出来、準スキルには戦士、魔術士、斥候、職人4つの系統ポイントを持っている。

例えば【見極め】の準スキルには職人が3、斥候が2、魔術士と戦士は1である。

これは職人にとって商品の【見極め】が重要であること。斥候職にとっても重要で、戦闘職にとっては重要度が低いということだ。


 インセプターのレベルが10になったときに

持っている系統ポイントによってクラスチェンジできる先が異なる。そのため、初めのクラスチェンジまでに自分が就きたいクラスの系統先を選び、対応する準スキルを習得するのが普通だった。


 一方、そんなことはまるで知らない菫は満遍なく準スキルを得る。結果として多数のクラスチェンジ先が候補として上がった菫は多いに迷い、その中にあった一つに目が引き寄せられた。


       “錬金術師“


 名作として名高い漫画が終わりを迎え、その余韻に酔っていた少なくない者たちが選んだ。

そして菫もその一人となったのである。


     だが地雷職である。


 攻略サイトで早々に槍玉にあげられた地雷職つまりハズレ職の一つだった。


 スキルは用途のわからないものを二つ覚えるだけで、能力は同じレベルの戦闘職(主に魔術士と戦士の派生職のこと)の6~7割で、錬金術師をパーティーに入れるくらいなら他の職を入れた方がずっといいというのがLETでの常識となり、錬金術師になろうとする新規プレイヤーはいなくなり、既存の錬金術師プレイヤーもキャラクターを作り直すかデメリットを受け入れてクラスチェンジをやり直す者が続出した。


 また、凝りに凝った外見の菫は目立つこともあり、“地雷の錬金術師“として敬遠されるのは元より、その作り込み具合からネカマプレイヤーじゃないか噂を広められ、孤立する。


 MMORPGというよりネット経由で多くの人間が関わり合うゲームは、偏っているとは言え、ある意味社会の縮図でもあり、ゲームだからと言って好き放題してもいいわけではないのだ。


 菫はゲームの中に非日常を求めたが、完全に日常から解き放たれることは不可能だった。


「……もう辞めちゃおうかな…」


 多額の費用を払ったが、幸い快適な睡眠用のベッドとしても使えるのだ。完全に無駄ではない。

 

 チラリと視界に入ったのは空きだらけの本棚の一角に揃っているシリーズ“刃金の錬金術師“何度も読み返したため擦り切れて、その後で知った表面を覆うカバーがつけられている。


 エッジはそう簡単に諦めただろうか?

    アールならどうするだろうか?


 読んで終わり、にはしたくなかった。人の作った虚構ではあるが、それでもそこから何かを受け取って私自身の“モノ“にしたい。


 嫌な目にあいながらも菫は遊び続けた。

そして、様々な縁から菫のことを受け入れてくれる仲間たちもできはじめ、菫の“錬金術師“がユニーククラスだと評価されるようになっていった。クラスとしての“錬金術師(笑)“ではなく、菫のプレイスタイルを持って“錬金術師“とプレイヤーたちから認められたのである。


 だが、LETの性質上、後続のプレイヤーが増えにくく、既存のプレイヤーも新しいゲームソフトに移ったりと綱渡りの運営が続き何度もサービスの終了が告げられる。


 その度に


「レギウス様を救え!」


 の号令の下、女性プレイヤーによる課金が行われ幾度となく世界は救われた。

LETは女性プレイヤー(キャラクターは男の場合も多い)の割合そして参加率の高さがそれぞれ7割近いという特徴があった、いや、できていった。


 しかし、サービス開始から5年が経つ頃、ついにサービスの終了が決定した。多数の抗議・継続の声が寄せられ、運営の電話が一時的に麻痺したこともあったほどだ。


“特定の真人様に多くの負担を強くのはレギウス・ベルス・フォン・アールにとっても申し訳なく思わざるを得ず、真人たちの解放を願った。神はそれを受け入れ真人たちは地上を去った“


 としてゲームは終わりを告げた。

その終わり方に皆が納得したわけではない。

だが終わったのだ。


 その翌日から社会中で奇妙なことが起きた。


 いわゆる“お局“と呼ばれる総務の先輩社員が気落ちして大人しかったり、付き合っていた彼女がへこみ出したり。

“レギウス・ロス“というスラングがネット上の一部で騒がれた。


 

 サービスの終了日は日曜日で、菫は取れたことのなかった有給を(半ば脅迫気味に)無理矢理持ち出して金曜日の仕事終わりからずっとプレイしていた。ヴィオ、ヴィヴィ、ヴェル、多くの愛称で呼ばれた自分の分身との別れは確実に迫っていたのだ。


 泣き出しそうになるのを堪えて、自分のギリギリ戦えるエリアでひたすら戦闘を繰り返す姿があった。


 錬金術師には他のクラスとは違い、中級職、上級職、最上級職へのクラスアップがなかった。それが地雷職と呼ばれる理由に大きく関わっていた。


 LETには“ダブルクラス“というシステムがあり、生き方の大枠を決定付けるメインクラスと、個性を出せるサブクラスがあった。


 メインクラスは一度決定してしまうと、自由に替えることはできないが、選んだ職に応じてステータスボーナスやスキルボーナスがのり、クラスアップ先に制限がかかる。


 一方でサブクラスはセットしてある職のスキルを使うことができるというだけで、補正もかからないが代わりに自由があり、使い方で評価が分かれる。


 錬金術師はデメリットが多すぎる代わりに、サブクラスにセットしてある職に関わらず、


 覚えたスキルを全て使うことができる


 それは錬金術師のスキルの特性上当然のことだった。菫は最早一人の存在として感じていたヴィオを、せめて最高の錬金術師として飾らせようと思い、必死に最後のサブクラスを使い込んでいた。

願わくば、スキルをマスターしたら未だ誰も知らない、錬金術師のクラスアップがあるのではないかとの望みもあった。

 

 そしてサービス終了の6分前にギリギリ確認されていた全ての職をマスターした。

クラスアップはなかったが、錬金術師として全スキルを覚えたのは菫だけだ。

錬金術師として最後の日をプレイしていたのも最早菫だけだったが。


 現実時間で三日間起きつづけで流石に辛かったが、最後まで自分の分身と一緒にいたかった。


 ラスト3分になり……



 ラスト2分になり……


 これまでの冒険の日々を振り返りながら

笑う。


「楽しかったねぇ……ありがとうヴィオ」



 ラスト10秒になり…


「……やだよっ、やっぱり別れたくないよヴィオ!」


 自分を抱き抱えるようにしながら我慢仕切れずに涙が零れ、それでも猶予は与えられず視界は黒に染まったのだ。







 「思い出した……。ゲームはもう終わったんだ。じゃあ、これは一体どういうこと……?」


 風化した路地の中心で疑問の声が空に溶けた。

 

 


 見直し入れなきゃダメだろうなぁと書いた時点で思うってどうなんだろう。

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