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(4)

 赤池さんと俺はお互い『しまった』という顔でしばらく見つめあっていた。やがて彼女は気まずそうに俺から視線を外すと、画板を入れる大きな袋を肩にかけなおしながらおずおずと口を開いた。


「あの……」


 赤池さんの言葉が終わる前に、俺は反射的にがばっと頭を下げた。


「ごめんっ!」


 しん、と辺りが静まり返る。

 どこからか、枯葉が風に飛ばされてカサカサと立てる乾いた音が小さく聞こえた。


 そして。


「……なんで久住君があやまるの?」

「いや、その……」

「あやまるのは私の方なのに」


 俺がそおっと顔をあげると、そこには複雑な表情をした赤池さんがいた。ちょっと無理して笑っているような、微妙な苦笑が口元に浮かんでいる。


「久住君って、やっぱりもてるんだね」

「……」

「ぐうぜんだったけど、立ち聞きみたいな感じになっちゃってごめんね」

「……」

「えっと、じゃあ私、職員室へ行かなきゃだから……」


 すぐ横をそそくさと通り過ぎようとする赤池さんの手首を、俺はおもわずつかんでいた。


「待って」

「あの、久住く……」

「いいから」


 そのまま俺は、赤池さんを引きずるようにして美術部の部室へ向かった。向こうは面食らった様子で、それでも逆らうことはなかった。






「あれ、赤池さん。職員室へ行ったんじゃなかった?」

「そ、そうなんだけど……」


 部室には部長以外は誰もいなかった。部長は絵筆を握ったまま、唐突に部屋に飛び込んできた俺と赤池さんを見つめたまま目を瞬いた。


「なんか、取り込み中? あたし席外そうか」


 そういって部長は隣の席に置いてある鞄から財布を取り出すと立ちあがった。


「ちょうどジュース買ってこようと思ってたんだ」


 部長は意味深な笑いを俺たちに向けると、足取り軽く部室を出て行った。後に残された赤池さんと俺はしばらく無言に陥っていたが、ふと俺は握りしめたままだった手首に気づいて、それをそっと離した。


「……ごめん」


 すると隣の赤池さんは「ううん」とか細い声でつぶやく。いつも元気な赤池さんにしては、頼りない、儚げな声だ。俺は体の芯がぐっと押されるような、奇妙な緊張を覚えた。そんな俺に気づかないのか、赤池さんはその細い声のまま、ささやくように話しだす。


「えっと、別に聞こうと思ったわけじゃないけど、引き返そうにも渡り廊下の扉を開けると邪魔しちゃうし、だからって知らん顔で通り過ぎるにはヘビーな話だと思って……」

「うん……別に気にしてないよ、それは」


 俺の言葉に、赤池さんはようやくほっとした様子を見せた。


「それにしても、久住君はもてるね」

「もてないよ」

「うそだあ。だって私のクラスの女子だって、みんな言ってるよ? 久住君はかっこいいって」

「……」

「ホントだって」


 俺の冷めた視線に、赤池さんは取り繕うように力説する。俺は別に、そんなこと聞きたいわけじゃない。特に赤池さんの口から聞きたいわけじゃ、決してない。


 俺の聞きたいことは、赤池さんから聞きたいことは、こんなことじゃない。


「……じゃあさ、赤池さんはどうなの?」

「えっ」

「俺のこと、どう思っているの」


 言ってしまってから、俺はにわかに緊張し出した。喉がカラカラになって、顔が熱くなる。目の前の赤池さんはというと、初めはきょとんとしていたが、みるみるうちに赤くなりだした。


「……それは……」

「……」


 赤池さんは視線を外すと、少しうつむきがちにつぶやいた。


「いいなあって、思ってるよ……」


 俺は口から心臓が飛び出すかと思った。赤池さんが、俺のことを……いいって?


「……?」


 俺の様子に、今度は赤池さんの逆襲が始まった。


「久住君、真っ赤」

「ちがっ……」

「違わない。すっごく赤いよ」


 ふふっ、と笑いだす赤池さんに。

 俺は人生初の告白をしようと決意した。


「好きです……赤池さんが」






 そんなわけで、俺の初恋はあっさりと終わった。

 いや、終わってないかもしれない。始まってないだけかも。


「久住君、今日は駅ビルの画材屋さん寄るんだけど……一緒にどう?」

「うん、いいよ」


 いつもの部活帰り、赤池さんの誘いにいちもにもなく飛びつく。


「鞄持つよ」

「だからそういうのいいって」


 重たそうな画材道具の入った袋を抱え、赤池さんは少し顔を赤らめながらもきっぱりと拒否して歩き出す。俺は不服そうにその後を追う。


 今のところ赤池さんに彼氏はいない。彼氏を作ることなんて『考えられない』そうだ。それというのも……自分に自信がないからだと。


「私ちっともかわいくないし、おしゃれじゃないし……だからごめんなさい」


 俺の告白に対し、そう答えた赤池さん。

 高二になる今まで誰とも付き合ったことがないそうだ。それは俺だってそうだ……そう言ったら赤池さんはものすごく驚いていた。別にもてるからって、過去に彼女がたくさんいたわけじゃないのだが。


 そんな彼女の隣で、俺はゆっくりと待とうと思う……それまでは友達として付き合う。付き合っていくうちに自然に彼氏に昇格すれば最高なんだけど。


「とりあえずメアド交換しようよ」

「えー、久住君女の子と交換しないんじゃなかったっけ?」

「今は友達だからいいんじゃない?」


 そう言って笑う俺に、赤池さんもつられて笑った。



(おわり)

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