天使⑭
目の前のグリムへと襲いかかりながら、チチの顔には狂気じみた笑みがあった。
憎しみとは別に仇が目の前にいるという高揚感があったからだ。
しかし高鳴る胸の鼓動を抑えつつ、脳内では冷静に相手を分析しなければならない。
(動きが鈍い!)
奇襲をかけたことによる効果か、このグリムたちの動きは見るからに悪い。
最初の一撃を手斧で受け止め、その後のチチの猛攻を受けきっている人形はさすがと言えるが、後方にいるボウガンを持った吸血鬼、そしてサングラスをかけたメドゥーサは戸惑いが隠し切れず応戦すべきかどうか躊躇しているようだ。
人形にしてみても手斧で攻撃を防いでいるものの、攻勢に転じないのはどうしたらいいかという迷いがあるからだろう。
唯一腕を組んで顔色一つ変えない魔女だけが不気味だが、おおむね奇襲の効果は上々と言える。
であれば相手が状況を把握する前に叩みかけるのが上策だ。
「子供が何で!?」
「わからねぇよ! 店長いったん下がれ! アタシが動きを止める!」
メドゥーサが魔眼を使おうとしていることを察知し、チチは人形を盾にするようにして立ち回る。
変異種のメドゥーサということは知っているが、どういう魔眼を持っているかまでは知らない。
しかしこうしていれば少なくとも魔眼の力に晒されることはないだろう。
「……小賢しい」
人形は自分が盾にされていることに気付き、苛立ったような声を漏らした。
だがチチとしても苛立ちが僅かに募る。
理由としては人形がいともたやすく自分の攻撃を防ぎきるからだ。
メドゥーサの魔眼を意識し立ち回りを制限されているとはいえ、グリム相手に一太刀も入れられないのは初めてだ。
同時にだからこそ理解できることが一つある。
「お前だな」
「なに?」
「お前がレナーテを殺したな!!」
怒りを叩きつけるようにナイフを振るうが、人形は僅かに眉をひそめただけでその攻撃を受け流す。
グリムらしくない確かな技量がそこにはあった。
そしてその技量の上に加算されるのがグリムとしての身体能力の高さや特殊能力であり、それほどの相手であればレナーテが敗れたのも納得がいく。
レナーテの腕は確かだった。
ブロンクスやバレンシア、そしてチチなどのある意味突出した能力はなかったものの、その剣技は他のメンバーを圧倒するほどのものがあり、そこらのグリムが束になっても敵わないほどの力が彼女にはあったのだ。
何よりチチに負けるのが気に食わないとレナーテはチチと頻繁に戦闘訓練をしており、彼女の技量はチチが誰よりも十分に理解している。
そのレナーテが体を両断された無残な姿で帰った。
それはグリムとレナーテとの間にそれほどの力の差があったということに他ならず、目の前のグリムこそがその敵なのだとチチは確信した。
「その斧でレナーテを……!」
「何の話?」
「覚えてないの……? はは! そうだよね! グリムってそういうものだもんね!」
人間に似た姿をしていても結局は怪物だ。
どこで誰を殺したかなど覚えていなくて当然のことなのだ。
しかし——腹が立つ。
「レナーテは体が真っ二つになってた。ユーリは頭に矢が刺さってた。ほかのみんなも首が捻じれてたり噛み跡があったり」
「店長、あの子もしかしてヘルメスの……」
「思い出した? 自分らが殺した相手のこと。それとも自分らが怪物だったってことも忘れてた? 人間みたいな顔して、人間みたいに狩人なんて言って、そのバカみたいなごっこ遊びでみんな死んだんだ!」
「うるさい」
人形の斬って捨てるような一言にチチが固まる。
相手の言葉が理解できないと瞳を見開いていた。
「人間でもグリムでも関係ない。弱い奴が悪い。それが狩人の世界でしょう?」
「お! お前が狩人なんて言うなぁ!」
「だって狩人だし。そう怒鳴られても困る」
「うるさい! うるさい! グリムのくせに!! 殺してやる!」
怒りが体を支配し視界が一点に集中していくほどの凄まじい怒り。
だがその一点に集中した僅かな視界の中で、人形がふっと息を吐いた。
「いいかげんにして」
視界が揺らいだ。
それどころか視界だけではなく気づけば体ががくがくと揺れて腰を落として座り込みそうなほどだ。
一体何が起きたと考え始めたチチの脳内へ真っ先に情報を運んできたのは顎の痛みであり、次いで斧の柄で顎を叩かれたことを理解し、そしてその動きが全く追えなかったことに恐怖した。
「う、が……」
敵の前でこんな無防備な姿は晒せないと必死に脳内からの命令を四肢へと行きわたらせる。
一番に動いたのは足だ。
この人形には勝てない。
悔しいが今の一撃でそう理解したチチは目標を変えて背後のメドゥーサを狙うことにした。
武器を持っていなければ戦い慣れしているわけでもなさそうだからだ。
そうしていまだ不安定な足腰で駆け出そうとして、背後から不意に抱きしめるような形で動きを止められる。
「もうやめて、チチ」
「バレンシア! なんで!?」
「やめて」
「なんでなの!! ユーリとレナーテが死んだのにあいつらが生きてるなんておかしい!! バレンシアだってそう思うでしょ!?」
「黙れ」
ブロンクスの大きな手がチチの頭に触れた。
言葉こそ短く冷たいものだったが、手のひらから伝わる温かさは優しさに満ちている。
だからだろうか。
チチは耐えきれずに涙を見せて泣き始めた。
「あいつらが正しい。弱いほうが悪い。それが狩人だ。お前も狩人ならそれを覚えておけ」
「でも!」
「狩人なら依頼を達成することを最優先しろ。今あいつらに斬りかかることが依頼を達成することに繋がるのか?」
「それは……」
ブロンクスの透き通るような青い瞳がチチを見つめる。
「お前が今やるべきことは何だ」
「………………………………天使を狩ること」
「よろしい」
押さえつけていたバレンシアの手が離れ、チチは顔を俯かせたまま武器をしまい込む。
頭頂部に人形の無機質な瞳が注がれている気がしたが、さすがに謝る気にはなれない。
それこそブロンクスの言葉で矛を収めることにはしたが、このグリムたちに対する憎しみが収まったわけではないのだから。
「フリーの狩人グループ。ヘルメスのリーダー、ブロンクスだ。悪かった。そちらと遺恨があった故の行動だ。許してくれ」
ブロンクスの言葉にグリムたちは顔を見合わせている。
特に気まずそうにしているのは吸血鬼とメドゥーサの二人で、メドゥーサに至っては『因縁ってあるもんだなぁ』と呟いていた。
「子供の教育はしっかりしてもらわないと困りますよ。私たちだって暇じゃないんですから」
今まで黙っていた魔女がそんな風に言葉を投げ返してくる。
戦闘中ずっと腕を組んで一番暇そうにしていたくせに何を言うんだ、とチチが思わず言い返しそうになったところで人形が口を開いた。
「フィズは暇そうだったじゃん」
「え、いや、まぁ、そうなんですけど……私はほら応援的な立ち位置なので」
人形が代弁してくれたのは少し微妙なところだが、魔女がしょんぼりとしているのは心地がいい。
チチは少しばかり溜飲が下がり、冷静になった頭でグリムたちを見渡してみれば魔女から奇妙な感覚を感じた。
頭が揺れるというかぼーっとするというか、とにかく嫌な感覚を。
「チチ。しっかりして」
「え? あ、うん。何これ?」
「魔女の魅了だ」
「魅了?」
「チチにはちょっと早いかしら」
「子供だからな。だが嫌な雰囲気は感じるんだろう?」
チチからすると魅了という言葉の意味もよくわからないのだが、これが魅了されるということだとしたらなんだか気に食わない。
不快な感覚だ。
「なんか変な感じ。気持ち悪い」
「ちょっとそこ。人の顔見て気持ち悪いとか止めてください。初めて言われましたよそんなこと」
魔女は言葉こそ拒否反応を示しているが、なぜか口の端がにやけている。
なんで、とチチが不気味そうに思っているとこれまた人形が口を挟んだ。
「なんでニヤついてるの」
「いや言ってる間に気持ち悪いとか初めて言われたなぁとか思ったら面白くなっちゃって」
「そういうとこも気持ち悪いと思う」
「あれ、累さんに言われると普通に傷つきますね。泣きそうなんですけど」
「一応言っとくけどアタシとハクはだいたい先輩のことキモイなぁって思ってるぜ」
「え? そうなんですか?」
「いやまぁ普段の行動がまぁ、その、ちょっと……」
「へぇ~ハクも言うようになったもんですね」
「言ったの自分じゃなくてルシアンっすよ!」
「でも思ってることは認めたじゃねぇか」
なんなんだろうかこのグリムたちは。
あまりにも人間らしいばかばかしさに満ちた会話だ。
ふとチチが感じた既視感はかつてのユーリやレナーテがいたころのヘルメスと重なったからか。
(そんなこと……)
あるわけないとチチは頭を振って馬鹿な考えを外へと追いやる。
そこでふと視界に入ったのはそのグリム四人組の後方にいる謎のミイラだった。
最初は見間違いか何かかと思ったが、包帯でぐるぐる巻きになったそれは確かに動いてこちらへ近寄ってくる。
「皆さん仲がいいですね。それよりクソ人間。クソ人間がなんでこんなところにいるんです?」
そして唐突にそんなことを言い出したのだ。
見ればミイラではなく大怪我をした女に見えるが雰囲気からして人間ではない。
グリムたちと行動を共にしていたことから考えてもグリム側の存在なのだろう。
「俺に言っているのか?」
「はいです。ほかに誰がいますか? クソ人間はやっぱり頭が悪いです」
ブロンクスが片目だけを細める。
ヘルメスはフリーの狩人なので横柄な依頼人と取引することもあるが、この片目を細めるという行為は依頼人の暴言や馬鹿な発言にイラついたとき、それを我慢するブロンクスの癖の一つだ。
その身内しか知らないスイッチに気が付いたチチとバレンシアに僅かな緊張感が走る。
「トニック!」
「トニック?」
と、その緊張感を破ったのは片方は嬉しそうな、もう片方は意外そうな声であった。
見れば意外そうな声を上げたほうのバックと、嬉しそうな声を上げた謎の派手な服装の女性が並んで立っている。
「バックにデイジー。ということは追いつかれてしまったんですね」
「いやいや~私らにトニックが追いついたんでしょ? やるじゃ~ん!」
「そうですよ。しかしその状態でよくここまで来られましたね」
そうして仲の良い姉妹の様に抱き合う三人と、その二人に次いで現れたすっかりチチも忘れていたミノタウロスたちもとい狩人たち。
急に大人数となったこの場所で最初に口を開いたのは心底面倒だと言いたげな表情をした、顔中傷だらけの男だった。
「顔見知りもいるが、状況を整理させてもらうぞ」
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。




