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探求者の異世界美食行脚 ~異世界召喚でハズレ扱いされたゴリラ系男子、気ままなグルメ旅に出る~  作者: おまめちゃん


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第9話 単独討伐のオークと、解体所での美味しい交渉

交易都市マルタの巨大な石造りの城壁をくぐり抜けると、夕暮れ時の活気に満ちた大通りが広がっていた。


冒険者や商人、様々な種族が入り乱れる大通りを歩きながら、俺はふと周囲を見渡し、小さく息を吐いた。


日本にいた頃は、高校二年生にして一八〇センチ八〇キロという、発育が良すぎる筋肉質な体躯のせいで、周囲から無用な畏怖を向けられることが多かった。


クラスメイトからゴリラ扱いされることには慣れっこだったが、やはりどこか肩身の狭い思いをしていたのは事実だ。


だが、この広大なファンタジー世界――特に様々な文化や人種が交差する商業都市マルタにおいては、俺の体格などそこまで珍しいものではないようだ。


すれ違う大剣を背負った傭兵風の男は俺より頭一つ分大きく、露店で荷下ろしをしている獣人の店主は丸太のような太い腕を持っていた。


この街では、俺の姿を見て極端に怯えたり、遠巻きに避けたりする者はいない。


ただの一人の屈強な冒険者として、ごく自然に風景に溶け込めている。


自意識過剰であったが、自分が過剰に目立たないというその事実が、ひそかに俺の心を軽くし、足取りを弾ませていた。


俺が向かったのは、マルタの中心部に位置する巨大な石造りの建物――冒険者ギルドのマルタ支部だ。


重厚な扉を押し開けて中に入ると、夕方のラッシュ時らしく、依頼から帰還した冒険者たちでフロアは賑わっていた。


酒を酌み交わす声や、今日の戦果を自慢し合う声が響く喧騒を抜け、俺はギルド登録の際にお世話になった緑色の制服を着る受付嬢のカウンターへと直行した。


「いらっしゃいませ。……あ、フトシさん。森への採取依頼からお戻りですか?」


プロ意識の高い彼女は、今日登録したばかりの俺の顔と名前をしっかりと覚えていたらしい。


引き締まった笑顔で出迎えてくれる。


「ええ、無事に終わりました。これが依頼品のヒールグラスです」


俺は『アイテムボックス』から、水辺の日陰で採取したばかりのヒールグラスを束にしてカウンターへ置いた。


俺の持つアイテムボックスは時間経過による劣化が一切ない神話クラスの恩恵があるため、葉は朝露に濡れたかのように瑞々しいままだ。


「素晴らしい鮮度ですね。根の処理も完璧です。初めての依頼でこれほど高品質な状態を保てるなんて、丁寧な仕事ぶりが窺えます」


彼女は感心したように頷きながら、手際よく査定の処理を進めていく。


「ありがとうございます。あの、そういえば名前を伺っていませんでしたね。俺はフトシですが、あなたの名前をお聞きしても?」


俺が尋ねると、彼女は少し嬉しそうに目を細めた。


「私はセリアと申します。今後ともよろしくお願いいたしますね、フトシさん。さて、採取依頼の報酬ですが――」


「セリアさん。実は、報告がもう一つあるんです」


俺は努めて平坦な声で、事もなげに言った。


「森でヒールグラスを探している最中に、オークと遭遇しまして。討伐したんですが、素材の買い取りと解体をお願いできますか?」


ピタリ、とセリアさんのペンを走らせる手が止まった。


彼女は数秒間フリーズした後、ゆっくりと顔を上げ、俺の顔と手元の登録用紙を交互に見比べた。


「……はい? 今、なんと?」


「オークを討伐しました。解体をお願いしたいんです」


「オ、オーク、ですか!? フトシさんは今日登録したばかりのFランクですよね!? しかもパーティーを組んでいない単独での遭遇……逃げずに討伐したとおっしゃるんですか!?」


普段は冷静沈着なセリアさんが、カウンターから身を乗り出して素っ頓狂な声を上げた。


かつてロドリス王国の城で光条カイトたちから「足手まとい」とハズレ枠扱いされた俺だが、秘められた能力の片鱗を前に、彼女が驚くのも無理はない。


周囲の冒険者たちが何事かとこちらを振り返る。


「ええ。運良く足場の悪い泥濘に誘導できたので、隙を突いて一撃で」


俺が静かに頷くと、セリアさんは信じられないものを見るような目を向けた後、大きく深呼吸をしてプロの顔を取り戻した。


「……承知いたしました。すぐに解体所へご案内します。こちらへどうぞ」


 セリアさんに先導され、ギルドの裏口に併設された解体所へと足を踏み入れる。


そこは強い血の匂いと鉄錆の匂いが混ざり合う、広々とした石造りの土間だった。


巨大な解体台の前で、血抜き用の溝を水で洗い流していた恰幅の良い男がこちらを振り返った。


「おう、セリア。どうした? 急ぎの持ち込みか?」


「ガルドさん。こちらのフトシさんが、オークの解体を希望されています」


セリアさんが紹介すると、ガルドと呼ばれた筋骨隆々の解体職人は、俺の体格を値探りするようにじろりと見た。


「へえ、いいガタイしてんな。俺はここの解体を任されてるガルドだ。で、オークはどこにある?」


「ガルドさん、よろしくお願いします。獲物はここに出しますね」


俺は周囲のスペースを確認し、空間を歪めるようにしてオークの巨体をドスッと石の床に出現させた。


引き締まった肉質を持つ豚型の魔物。その尋常ではない巨体と威圧感に、セリアさんが小さく息を呑む。


ガルドさんはオークの死体に近づき、鋭い目で状態を確認し始めた。そして、驚愕に目を見開く。


「おいおい……マジかよ。外傷が頭部の陥没以外、まったく見当たらねえ。まさか、こいつを一人で、しかも一撃で仕留めたってのか?」


「ええ。武器屋の『鋼の金床』で買った武器を使って、上空から脳天を砕きました。肉や皮を傷つけないように気をつけたんですが、どうでしょう?」


 ユニークスキル『探求者』の規格外な身体能力があったからこそ成せる業だが、結果だけを見ればただの打撃である。


ガルドさんは呆れたように笑うと、バンバンとオークの分厚い腹を叩いた。


「完璧だ。傷一つねえ極上の毛皮と肉だぜ。Fランクの新人とは思えねえ手際だが……まあ、冒険者にはそれぞれの秘密があるわな。よし、すぐに解体してやる。皮と魔石、牙はギルドで高値で買い取るが、肉はどうする? 全部売るなら結構な金になるぜ」


「いえ、肉は俺が食べたいので、一部を持ち帰りたいんです。バラ肉と肩ロースを中心に、十キロほど分けてもらえませんか?」


 俺が即答すると、ガルドさんはナイフを取り出す手を止めて眉をひそめた。


「十キロ!? おいおい、正気か? 普通、冒険者は重い肉なんざ保存食の分だけ残して、全部金に換えるもんだぞ。お前さん、アイテムボックス持ちのようだが、一般的なアイテムボックスだって万能じゃねえ。時間の経過で中身はきっちり劣化するし、入れっぱなしにすりゃそのうち腐っちまうからな」


ガルドの言葉は、この世界の常識としては至極真っ当な指摘だった。


俺の『アイテムボックス』は劣化が一切ない神話クラスだが、それをここで正直に明かす必要はない。


俺は小さく頷き、もっともらしい言い訳を口にした。


「ええ、分かっています。だからこそ、新鮮なうちに自分で塩漬けや燻製にして、小分けの保存食に加工しようと思いまして。実は俺、料理が趣味なんです」


「なるほどな。すぐに加工するってんなら話は別だ。まぁ、あんたの獲物だしな。よし、極上の部位を切り出してやるよ」


 納得したガルドさんが、巨大な解体用のナイフを力強く振るい始める。


 俺はすかさず【鑑定】のスキルを発動し、彼の手元を食い入るように見つめた。


 分厚い皮が滑らかな手つきで剥がされ、見事な真紅の赤身と、雪のように純白な脂身が姿を現す。


関節の隙間に正確に刃が入り、骨と肉があっという間に分離していく。


その無駄のない職人技に、俺の胸の奥で料理人としての熱い血が騒ぎ出した。


手際よく作業を進めていたガルドさんが、オークの下腹部付近にナイフを向けた時、ふとニヤリと下品に笑った。


「おい、フトシ。お前さん、こいつの価値を知ってるか?」


ガルドさんが指し示したのは、オークの睾丸だった。


俺が首を横に振ると、彼は慣れた手つきでそれを傷つけないよう丁寧に切り出し、木箱の上へと置いた。


「こいつは『オークの睾丸』だ。見た目はグロテスクだが、実はこれ、精力剤の最高級原料になるのさ。貴族の旦那衆や、夜の元気が足りない大商人が血眼になって買い求める代物でな。肉や皮とは比べ物にならねえほど高値で取引される、隠れた一級品なんだよ。今回の個体は若いから、成分の凝縮度も抜群だ。ギルドで特別ボーナスを上乗せして買い取ってやるよ」


「へえ、そんな需要があるんですね……」


【鑑定】で見ても、確かに強壮効果を持つ高級薬素材としての詳細が浮かび上がってくる。


未知の異世界文化に感心しつつ、肉以外の部位にも意外な価値があることを知って勉強になった。


続いて、いよいよ俺が要望した肉の切り出しが始まる。


 ――オークの肉。

それは日本の豚肉を極限まで洗練させ、野性味と上品な甘みを両立させた至高の食材だ。


先ほど森の河原で、焚き火で熱した石板の上で焼いて食べた。


オークの脂をたっぷりと吸い込んだ『シロシメジ』との完璧なハーモニーは、今思い出しても喉が鳴る。


もしこの素晴らしいバラ肉を塩漬けにして、爽やかな清涼感を持つ『トルの葉』でじっくりと燻製にすれば、今朝広場で食べたような分厚い極上ベーコンを作れるだろう。


肩ロースなら、見知らぬスパイスや赤ワインに似た酒で半日煮込み、口の中でとろける絶品シチューにしてもいい。


次々と切り出されていく肉塊を見つめながら、俺はたまらずガルドさんに声をかけた。


「ガルドさん。……お願いがあるんです」


「ん? なんだ、まだ食い足りねえ部位があるのか?」


「いえ。俺、自分で魔物を狩って、自分で最高の状態に調理して振る舞う『さすらいの料理人』を目指しているんです。だから――俺に、魔物の解体の仕方を教えてもらえませんか?」


その言葉に、解体所の空気が一瞬ピタリと止まった。


背後にいたセリアさんが「料理人……?」と驚いたように小さく呟く。


ガルドさんはナイフを持ったまま固まり、やがて腹の底から盛大な笑い声を上げた。


「ガッハッハッハ! 料理のために、冒険者が解体を習いたいだと!? おいおい、お前さん、やっぱり普通の新人じゃねえな!」


「大真面目です。自分で解体できれば、スジの入り方や脂の乗りを見極めながら、料理に合わせた最高の部位を切り出せます。それに、美味しいのに捨てられている内臓なんかも、傷つけずに確保できるはずですから」


俺が真剣な眼差しで訴えると、ガルドさんは笑い涙を拭いながら、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。


「いいぜ。その心意気、嫌いじゃねえ。職人の技ってのはタダじゃ教えられねえが……忙しい夕方に解体所で俺の助手を務めること。それと、お前さんが作った『最高の魔物料理』を俺に食わせること。これが条件だ。どうだ?」


「ありがとうございます、ガルドさん! 最高の料理、絶対に満足させてみせますよ!」


俺は満面の笑みで深く頭を下げた。


十キロの極上オーク肉という食材に加え、高値で売れる睾丸などの素材、そして肉のポテンシャルを極限まで引き出すための『解体技術』を学ぶ道筋まで手に入れた。


さすらいの料理人としての目標にまた一歩近づいた喜びに、俺の胃袋は高鳴るようにグゥと心地よい音を鳴らした。


未知の食材と最高の料理を求める俺の旅は、この交易都市マルタで、さらに熱く、美味しく加速していく。



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