第61話 異世界ピクニックの提案と、頼れる執事長
イル・ソーレの活気ある広場で特注の屋台を展開し、『海鮮あら汁』と特製味噌ダレの『海鮮おでん』を売り始めてから、あっという間に数日が経過していた。
手作りの極上味噌と天然醸造醤油がもたらす奥深い味わいは、小麦料理が主流だった魔族の人々の胃袋を瞬く間に掴み、俺の屋台は連日大行列を作るほどの盛況ぶりを見せていた。
「いやぁ、今日もよく働いたな。」
星降る海猫亭の最上階、イザベラ陛下が常時確保しているVIPルームのふかふかのソファに深く腰を下ろし、俺は心地よい疲労感と共に大きく伸びをした。
窓の外からは静かな波の音が聞こえ、イル・ソーレの美しい夜景が広がっている。
「キュイッ!」
「ワフッ。」
俺の足元では、メイとシルクが最高級の絨毯の上で丸くなり、満足そうに喉を鳴らしていた。
「フトシ、今日もすっごくたくさんのお客さんが来てくれたわね! わたしの呼び込みのおかげでしょ!」
胸ポケットから飛び出したベルが、誇らしげに空中で胸を張っている。
「ああ、本当にベルのおかげだよ。シルクとメイも、愛嬌を振りまいてくれてありがとうな。」
俺が優しくみんなの頭を撫でると、彼女たちは目を細めてすり寄ってきた。
屋台での商売を通して、異世界の人々に故郷の味を伝え、美味しい料理で笑顔になってもらう。
俺が本当にやりたかった『探求』の形を見つけることができ、毎日はとても充実していた。
だが、ふと俺は、自分の手を見つめて考え込んだ。
(俺の料理や探求に、いつも文句一つ言わずについてきてくれる相棒たち。……俺は、この子たちが本当にしたいことを、ちゃんと叶えてあげられているだろうか。)
もちろん、美味しい料理は毎日作って食べさせている。
だが、それ以外に、彼女たちが純粋に楽しめるような時間を作ってあげたいと、ふとそんな思いが込み上げてきたのだ。
「なあ、みんな。」
俺が真剣な声で呼びかけると、ベルたちは不思議そうに顔を上げた。
「毎日屋台の手伝いをしてくれて、本当に感謝してる。でも、せっかくだから明日は屋台を休んで、みんなのしたいことをしようと思うんだ。何かやりたいことや、行きたい場所はあるか?」
俺の問いかけに、彼女たちは顔を見合わせた。
「ワフ、ワフッ。」
メイが俺の膝に前足を乗せ、尻尾を振りながら俺の顔を舐めてくる。
「キュイ、キュイイッ。」
シルクも俺の肩に飛び乗り、頬に柔らかい毛皮をすり寄せてきた。
「……二人とも、フトシと一緒に美味しいものを食べていられるなら、それだけで一番嬉しいし幸せだって言ってるわよ。」
ベルが通訳してくれながら、彼女自身も照れくさそうに笑った。
「わたしもそうよ。フトシの料理は世界一だし、あんたと一緒にいるのが一番楽しいもの。」
その真っ直ぐで純粋な好意の言葉に、俺の胸の奥がじんわりと温かくなる。
「ありがとう。……でも、たまには思い切りリラックスしたり、遊んだりする時間も必要だろ? 何か一つくらい、わがままを言ってみてくれよ。」
俺が優しく促すと、ベルは小さな指を顎に当てて少し考え込んだ。
「うーん……そうね。それなら、まだ行ったことのない森に行ってみたいわ! 新しい森には、わたしの知らない植物や魔力がいっぱいあるかもしれないし!」
妖精の女王らしい、自然への好奇心に満ちた提案だった。
「なるほど、新しい森か。それなら、冒険者ギルドで東の森の依頼を受けつつ、湖や川を見つけてのんびり釣りでもしようか。」
俺がそう返すと、ベルは「それ、すっごく楽しそう!」と羽を羽ばたかせて喜んだ。
だが、森や釣りと聞いて、シルクとメイは今ひとつピンときていないのか、不思議そうに首を傾げている。
「ワフ?」
「キュイッ?」
「そっか、メイとシルクは釣りをしたことがないもんな。……それなら、明日はみんなで『ピクニック』をするのはどうだ?」
俺が新たな提案をすると、ベルが首を傾げた。
「ピクニック? それって、なにかの魔物の名前?」
「いやいや、魔物じゃないよ。俺の故郷の日本でよくやる、外での遊びのことだよ。」
俺はみんなに分かりやすいように、ピクニックの楽しさを説明し始めた。
「まず、朝早く起きて、外で手軽に食べられる『お弁当』をたくさん作るんだ。」
インディカ米をふっくらと炊き上げ、少量の鶏出汁とごま油を混ぜ込んで冷めても美味しい状態にしてから、丁寧に三角に握った『おにぎり』。
フォレスト・フォウルのジューシーな肉を、手作りの生醤油とすりおろした生姜やニンニクの特製ダレに漬け込み、カリッと揚げた『唐揚げ』。
そして、鶏出汁をたっぷりと含ませて層を重ねた、甘くてプルプルの『出汁巻き卵』。
それらを綺麗に重箱やバスケットに詰め込む光景を想像するだけで、俺自身の食欲も猛烈に刺激されてしまう。
「そのお弁当を持って、見晴らしのいい森や公園に行く。そして、フリスビーやボールなんかのおもちゃを持っていって、みんなで思い切り走り回って遊ぶんだ。」
「遊ぶの!?」
「ああ。そして、お腹が空いたら景色のいい場所にシートを敷いて、みんなで外の空気を感じながらお弁当を食べる。それがピクニックだよ。」
俺の説明を聞き終えた瞬間、相棒たちの目の色が変わった。
「ワォォォォンッ!!」
「キュイッ、キュイイイッ!!」
メイとシルクが、これまでにないほどの興奮状態に陥り、部屋の中を猛スピードで走り回り始めた。
「すごいわ! 野営で外でご飯を食べるのは普通だけど、純粋に遊ぶために外に出るなんて、したことないもの!」
ベルも大喜びで宙返りを繰り返し、明日のピクニックへの期待を爆発させている。
「よし、じゃあ明日はピクニックで決まりだな。……っと、待てよ。」
俺はそこで、ある重大な問題に気がついた。
「フリスビーや遊ぶための柔らかいボールなんて、アイテムボックスのどこを探しても入ってないぞ……。」
冒険の役に立つ武器や調理器具は豊富にあるが、娯楽のためのおもちゃなど用意しているはずがなかったのだ。
木を削って自作するにしても、メイたちが怪我をしないように安全な素材で作るには時間がかかる。
「……困ったな。どこかで手に入らないか……。」
腕を組んで考え込んでいた俺の脳裏に、ある一人の初老の魔族の姿が閃いた。
白髪混じりの髪と整えられた髭、そして燕尾服を着こなし、俺の要望をすべて先回りして叶えてくれる、あの完璧な執事長の姿が。
「そうだ、セバスさんに頼んでみよう。」
あの方なら、安全で楽しい遊び道具をどこからか手配してくれるか、あるいは王城のお抱え職人にすぐに作らせてくれるかもしれない。
「それに、ちょうどいい機会だ。」
俺はアイテムボックスの中にストックしてある、極上味噌や天然醸造醤油のことを思い浮かべた。
以前、特製アイス乗せ極厚フレンチトーストを振る舞った際、イザベラ陛下は俺の技術に悶絶し、直属の調理人にとまで誘ってくれた。
その時俺は「美味しいものは色々な人が作ることで新しい発見が生まれ、さらに美味しい料理が生まれる」と伝えていた。
この異世界に、手作りの味噌と醤油のレシピを少しだけ公開し、この国に新しい和食の文化が根付くきっかけを作ってもいいかもしれない。
「よし、明日の朝は、まず王城へ行こう。イザベラ陛下やセバスさんたちに、屋台で出している料理を振る舞って、少しだけ味噌や醤油の作り方を教えよう。そのついでに、セバスさんにピクニックの道具を手配してもらえないか相談してみるんだ。」
俺が明日の方針を告げると、ベルは「イザベラ様も、絶対にお口がとろけちゃうわね!」と悪戯っぽく笑った。
「ワッフ、ワッフ!」
「キュイッ!」
メイとシルクも、明日の楽しい予定に向けて気合を入れるように、尻尾をパタパタと振っている。
俺は相棒たちの無邪気な姿を見つめながら、明日の朝に作る極上のお弁当のメニューと、王城の調理室での光景を頭の中で組み立てていた。




