第59話 勇者たちの驕りと、王国の訓練場(勇者視点)
ロドリス王国の巨大な白亜の王城。
その一角にある、土が綺麗にならされた広大な屋外訓練場。
俺、光条カイトは、手にした鋼の模擬剣を軽く振った。
「カイト殿。素晴らしい太刀筋ですね。さすがは【勇者】の職業を授かった方だ。」
額に汗を浮かべながら俺を褒めちぎっているのは、この国で最強の武力を誇るという騎士団長のガウェインだ。
俺たち四人がこの異世界に召喚され、フトシとかいう【探求者】のハズレ職業を引いた奴が追放されてから、数日が経過していた。
足手まといがいなくなったことで、俺たちは国を挙げての厚遇を受け、毎日こうして騎士団から直接の戦闘訓練を受けている。
「ありがとうございます、ガウェイン団長。でも、まだまだですよ。」
俺は謙遜したように笑ってみせたが、内心では圧倒的な全能感に酔いしれていた。
(なんだ、異世界の騎士団長って言っても、こんなものか。)
ユニークスキル『勇者』。
高水準の魔法や剣術を全て内包するこの万能スキルの恩恵は、想像以上に凄まじかった。
剣を振るうたびに、相手の動きの先が読めるようになり、自分の筋肉が最適な動きを自動で選択していくのが分かるのだ。
「ではカイト殿。今度は少しだけ、本気で打ち合ってみましょうか。」
「ええ、お願いします!」
ガウェイン団長が模擬剣を中段に構え、俺に向かって踏み込んできた。
鋭い突き。
だが、俺の目にはその軌道がはっきりと見えていた。
(遅い!)
俺は最小限の動きで突きを躱し、そのまま団長の懐に潜り込むと、剣の腹で彼の手首を弾き飛ばした。
カランッ、と団長の剣が土に落ちる。
俺は流れるような動作で、自分の模擬剣の切っ先を団長の首元にピタリと突きつけた。
「……そこまで。」
ガウェイン団長が両手を上げて降参の意思を示すと、周囲で見ていた騎士たちからどよめきが上がった。
「……見事です、カイト殿。戦闘を続けるごとに動きが洗練されていく。これほどの才能は見たことがありません。」
「ありがとうございます。」
俺は模擬剣を引き、涼しい顔で一礼した。
だが、心の中では確信していた。
(俺はもう、この国で一番強いんじゃないか?)
戦闘訓練開始からわずか数日で、王国最強の騎士団長を圧倒してしまったのだ。
この世界は、完全に俺を主人公として回っている。
そんな驕りが、俺の心の中に急速に膨れ上がっていた。
しかし、この時の俺は全く気づいていなかったのだ。
ガウェイン団長は、俺に『戦闘の基礎』を教えるために、七割以上の力をセーブして戦っていたことに。
俺の成長速度には目を見張っていたものの、「素人は調子に乗ると怪我をするから、ここらで勝たせて終わらせておこう」という、大人としての配慮だったということに。
そしてその過保護な指導が、後に俺自身の本当の意味での成長を決定的に妨げることになるなど、知る由もなかった。
「ふんっ! そりゃっ!」
俺の隣の区画では、活発な運動部女子である東堂リンが、騎士たちを相手に素手で立ち回っていた。
彼女のユニークスキル『拳聖』は、連撃を叩き込むほどに攻撃力が増加する前衛特化の能力だ。
すでに数人の騎士が、彼女の目にも止まらぬラッシュを受けて地面に転がっている。
「ははっ、リンも絶好調だな。」
「おう、カイト。お前もやるな。」
俺の背後で、腕を組んで涼しい顔をしているのは、クールな男の坂本トウマだ。
彼の職業は【聖戦士】。
精神・肉体バフや敵の注意を引きつける挑発能力を持つ完璧な前衛タンクである彼は、盾を使った防御訓練を難なくこなし、もはや退屈そうに欠伸をしていた。
「よし、剣術の訓練はここまでとしよう。次は、魔法の訓練場へ移動だ。」
ガウェイン団長の合図で、俺たちは屋外の訓練場から、石造りの頑丈な壁で覆われた屋内訓練場へと移動した。
魔法の訓練を担当するのは、灰色のローブを着た王宮魔術師の老婆だった。
「勇者様方、よくいらっしゃいました。魔法というものは、己の魔力と明確な『イメージ』によって発動いたします。」
老婆は杖を掲げ、静かに言葉を紡いだ。
「そのイメージを強固に補助し、魔法の威力を高めるための行為が『詠唱』です。基本的には、皆様も詠唱を用いて魔法を制御することから始めていただきます。」
「詠唱なしで魔法を使うことはできないんですか?」
俺が尋ねると、老婆はゆっくりと頷いた。
「無詠唱や、詠唱を省略する詠唱破棄という技術も確かに存在します。しかし、イメージのみで魔法を強引に発動させるため、魔力の消費量が跳ね上がり、威力も詠唱をしたものより一段階低くなってしまいます。一長一短というわけですね。」
(なるほど。いかにも異世界ファンタジーの設定って感じで面白いじゃないか。)
俺は内心でワクワクしながら、老婆の説明を聞いていた。
前衛特化のトウマとリンは魔法が使えないため、見学に回ることになった。
魔法の訓練を受けるのは、万能職である俺と、【賢者】の職業を持つ清水カオリの二人だけだ。
「では、最も基本的な火の魔法から試してみましょう。私が教える詠唱に続いて、的を狙って放ってください。」
老婆の指導のもと、俺は手のひらを前方に突き出し、魔力を練り上げた。
「……『焦熱の理よ、我が手に集いて敵を穿て。ファイア・ボール』!」
俺が詠唱を終えた瞬間、手のひらからバスケットボールほどの巨大な火球が打ち出され、石の的に直撃して激しい爆発を起こした。
「おお……! 初回でこれほどの威力と制御力。さすがは勇者様です!」
王宮魔術師が驚愕の声を上げる。
俺は自分の手を見つめ、思わずニヤリと笑ってしまった。
(やっぱり、魔法も余裕だな。この世界の連中が何年もかけて習得するものを、俺は一瞬で使いこなせる。)
俺の隣では、おとなしい文学系女子のカオリも、同じように的確な詠唱でファイア・ボールを放っていた。
「……ふう。これでいいんですか?」
「お見事です、賢者様。魔力のブレが全くありません。」
カオリは『賢者』のユニークスキルを持っているため、魔法の効率や威力において俺に引けを取らない才能を見せていた。
訓練が終わり、俺たちは割り当てられた豪華な客室へと戻る廊下を歩いていた。
「なあトウマ、リン。この世界、思ったより楽勝だな。」
俺が両手を頭の後ろで組んで笑うと、二人も余裕の表情で頷いた。
「ああ。俺たちのスキルがあれば、魔物なんて敵じゃないだろ。」
「早く実践でこの力を試してみたいわね。」
俺たちはすっかり、この世界を『自分たち無双のためのゲーム』のように錯覚し始めていた。
だが、カオリだけは少し様子が違った。
「私は……魔法の訓練がない日は、王城の図書室に行ってみるわ。」
「図書室? なんでまた、そんな退屈なところに。」
俺が不思議そうに尋ねると、カオリは眼鏡の奥の瞳を真剣に光らせた。
「無詠唱や詠唱破棄について、もっと詳しく知りたいの。それに、この世界にどんな種類の魔法があるのか、自分の『賢者』のスキルでどこまで応用できるのか……できることを増やしておきたいから。」
「ふーん。まあ、好きにすればいいさ。俺は休みの日は街にでも繰り出すとするよ。」
図書委員らしい生真面目さだなと呆れながら、俺はカオリと別れて自分の部屋へと向かった。
俺たち勇者一行は、圧倒的な力と厚遇の前に、確実に見えない驕りと慢心を膨らませていた。
追放されたあの無能なフトシが、一人でどこでのたれ死んでいようと、俺たちの輝かしい未来には何の関係もないのだと信じて疑わずに。




