第45話 妖精の女王の秘密と、新たな相棒の誕生
木漏れ日がキラキラと舞う幻想的な湖畔のテント前で、俺はアイテムボックスの中から次々と料理を取り出していた。
「ピクシーさんは、どんなものがお好きなんですか?」
俺が敬意を込めて尋ねると、手のひらサイズの小さな妖精は透明な羽をパタパタと動かしながら、得意げに胸を張った。
「野菜、魚、肉、なんでも食べれるわよ!」
「なるほど。それなら色々と味見してもらいましょうか。」
俺は木製の折りたたみテーブルの上に、これまでの旅で作ってストックしておいた自慢の料理を並べていった。
まずは、低温でじっくりと火を通したオーク上位種の肉に特製濃厚ソースを絡めた『プルドポーク』。
次に、表面をカリカリに焼き上げた獣人特製の粗挽き肉パティとプルドポークを黒パンで挟んだ『特製ダブル肉サンド』。
さらに、フォレスト・フォウルの肉を特製スパイスで揉み込み、サクサクに仕上げた『二度揚げ唐揚げ』。
そして、極上オークのミンチを絶対温度領域でこね、魔法のバーナーで香ばしく炙ったチーズを乗せた『極上オークの炙りチーズハンバーグ』だ。
色とりどりの料理から立ち上るスパイスと極上の脂の暴力的な香りに、ピクシーの瞳は星のようにキラキラと輝き始めた。
「わぁっ……! なにこれ、すっごくいい匂い!」
「さっきの塩焼きのお詫びも兼ねていますから、遠慮なく食べてくださいね。」
俺がそう言うが早いか、ピクシーは猛烈な勢いで料理へと突撃していった。
彼女の体は手のひらサイズしかないというのに、自分よりも大きな唐揚げを両手で持ち上げると、小さな口をいっぱいに開けてガブリとかぶりつく。
サクッ、という小気味良い衣の音と共に、フォレスト・フォウルの熱い肉汁が溢れ出し、彼女は幸せそうに頬を緩めた。
「ん〜っ! お肉がプリプリで、外側がカリカリで、すっごく美味しい!」
そのままの勢いで、彼女は特製ダブル肉サンドの端っこにかじりつき、オークのホロホロ肉と粗挽きパティの旨味の奔流に目を白黒させる。
さらに、ハンバーグに乗ったとろける炙りチーズを引っ張り出し、シチューの残りのソースまで綺麗に舐めとっていく。
(あの小さな体のどこに、これだけの料理が消えていくんだ……?)
俺はただただ驚愕しながら、その見事な食べっぷりを見つめていた。
妖精という存在は、摂取した食べ物を純粋な魔力に変換して吸収する性質があるのかもしれない。
テーブルに並べられた大人数人分はあろうかという大量の料理が、みるみるうちにピクシーの小さな胃袋へと消えていく。
「ふう……ごちそうさまでした! すっごく、すーっごく美味しかったわ!」
ついにお皿の上を全て綺麗に平らげたピクシーは、少しだけふっくらとしたお腹をさすりながら、満足げに宙を舞った。
「驚きました。まさか全部残さずに食べてくれるなんて。」
「ふふん、わたし、こう見えて結構食べるのよ!」
「でも、自分が作ったものをこれだけ美味しそうに食べてもらえると、料理人としてすごく嬉しいですよ。」
俺が心からの笑顔でそう言うと、ピクシーは目を丸くして俺の顔を見つめてきた。
「えっ……待って。この信じられないくらい美味しい料理、全部あんたが作ったの!?」
「ええ、そうですよ。」
俺が頷くと、彼女は何かを閃いたように顔を輝かせ、一直線に俺の目の前まで飛んできた。
「ねえねえ! わたしもあんたの旅についていっていい!?」
突然の同行の申し出に、俺は少し戸惑った。
彼女が特別な存在であることは知っているが、この先は未知の魔物も生息する魔族の領土だ。
「ついてきてくれるのはもちろん嬉しいですが……俺もまだまだ未熟で、あなたを守れるほど強くないですよ?」
俺が心配してそう告げると、ピクシーはクスッと笑い、得意げに胸を反らせた。
「ふふん、心配ご無用よ! だってわたし、そこの黒い犬よりもずっと強いから!」
彼女が細い指先でビシッと指差した先には、食後の昼寝をしようと丸くなっていたメイの姿があった。
その言葉を聞いた瞬間、周囲の空気がピシリと凍りついた。
「…………グルルルゥゥゥッ。」
メイがゆっくりと立ち上がり、喉の奥から地鳴りのような低い唸り声を上げる。
普段は無害な黒豆柴の姿に偽装しているが、その正体は世界に数体しか存在しない神獣フェンリル亜種だ。
誇り高き神狼であるメイにとって、「ただの犬」呼ばわりされ、あまつさえ自分より弱いと見下されたことは、絶対に許せない侮辱だったのだ。
「あら、やる気? いいわよ、わたしがどれだけ強いか、その身に教えてあげる!」
ピクシーも負けじと小さな両手を広げ、森の魔力を急激に集束させ始めた。
「おい、二人ともやめろって!」
俺の制止も虚しく、二匹の間にバチバチと火花が散り、あっという間に湖畔の空き地を舞台にした模擬戦が始まってしまった。
「いくわよ! 『妖精の風刃』!」
ピクシーの小さな手から放たれたのは、不可視の鋭い真空の刃だった。
森の魔力を借り受けたその一撃は、巨木すらも易々と両断するほどの恐ろしい威力を秘めている。
「ワォォォォンッ!!」
対するメイは、空に向かって高く遠吠えを上げた。
神獣の幼体であるメイの周囲に絶対零度の冷気が渦巻き、瞬時に鋭い氷の槍が何十本も形成される。
真空の刃と氷の槍が空中で激突し、凄まじい衝撃波が湖の水面を大きく揺らした。
俺は『探求者』の動体視力を全開にしながら、二匹の高次元な魔力戦を見守った。
ピクシーは森の木々の間を光のような速度で飛び回りながら、次々と自然属性の魔法を放ち続ける。
一方のメイは、持ち前の素早さと闇の魔力を駆使して攻撃を躱しつつ、的確に氷の魔法で反撃していく。
完全に互角だ。
どちらも相手に決定的な一撃を与えられないまま、凄まじい密度の魔力が湖畔で弾け飛び続ける。
昨日、【鑑定】を発動した際に一瞬だけ見えた『妖精の女王』という隠し称号。
ただの妖精が神獣と渡り合えるわけがない。彼女がこれほどの規格外の魔力を秘めているのは、やはりあの称号の力なのだろう。
やがて数十分が経過し、互いに魔力を使い果たしたのか、二匹の動きが同時にピタリと止まった。
「はぁっ、はぁっ……犬にしては、やるじゃない……!」
「ハッ、ハッ、ハッ……ワフッ!」
ピクシーは息を切らしながら地面にへたり込み、メイも舌を出して肩で大きく息をしている。
見事な引き分けだった。
「そこまで! 二人とも、すごい戦いだったぞ。」
俺は二匹の間に歩み寄り、まずはメイの頭を優しく撫でてやった。
「メイ、よく頑張ったな。相手は森の妖精を統べる存在だ、引き分けただけでもすごいことだぞ。」
「クゥ〜ン……。」
俺に褒められたメイは、少し誇らしげに尻尾をパタパタと振った。
それから、俺は地面に座り込んでいるピクシーの方へと向き直り、あえて厳しい表情を作った。
共に旅をする覚悟を決めたからこそ、俺の言葉は自然と敬語から崩れ、仲間としての本音の響きを帯びていた。
「ピクシー。」
「な、なによ。わたしだって手加減して……。」
「メイのことを、ただの犬呼ばわりするのは俺が許さない。ちゃんと謝らないなら、お前を連れていくわけにはいかないぞ。」
俺の真剣で強い口調に、ピクシーはビクッと肩を震わせた。
俺にとって、メイやシルクはこの異世界で共に未知を探求し、背中を預け合う大切な家族であり、かけがえのない相棒なのだ。
その相棒を侮辱されることは、俺自身の誇りを傷つけられることと同じだった。
ピクシーは俯き、しばらくモジモジと小さな手を弄っていたが、やがて顔を上げてメイの方を真っ直ぐに見た。
「……ごめんなさい。あなた、すっごく強かったわ。大事な相棒に対して、失礼なことを言ってごめんなさい。」
彼女は素直に自分の非を認め、深く頭を下げた。
その真摯な謝罪を受け取ったメイは、短い尻尾をふりふりと振り、「もう気にしてないよ」とばかりにピクシーの頬をペロッと舐めた。
「ひゃっ! くすぐったいわよ!」
ピクシーが笑顔を取り戻したのを見て、俺もようやく肩の力を抜き、口元に笑みを浮かべた。
「こちらこそ、初対面なのに強く言って悪かったな。これから一緒に美味しいものを探求しよう。よろしく頼むよ。」
俺が人差し指を差し出すと、ピクシーはその小さな両手で俺の指先をギュッと握りしめてくれた。
「うん! よろしくね、フトシ!」
これで、俺たちの旅に新しい仲間が加わることが正式に決まった。
ふと、俺はずっと気になっていたことを彼女に尋ねてみた。
「そういえば、昨日俺の鑑定で見えてしまったんだが……お前のその規格外の強さは、やっぱり『妖精の女王』っていう称号の力なのか?」
俺が素直に聞くと、彼女は「あっ、またその話!」と少し頬を膨らませたが、すぐに得意げに腕を組んだ。
「まあ、女王としての力もあるけど……それだけじゃないわよ。わたし、こう見えてすっごく長い年月を生きてるの。その間、ずっと森の魔力を使って魔法で遊んでたから、自然と強くなっちゃったのよね!」
「なるほど、長い年月をかけて積み重ねた経験と技術の結晶でもあるってことか。」
俺が感心して頷くと、ピクシーは興味深そうに俺を見上げてきた。
「あんたも、すっごく強いわよね。ご飯を作ってる時のあの炎の魔法、ただの魔法使いじゃあんなに綺麗に温度を操れないわよ。」
「俺の力も、実は料理を極めるためのスキルのおかげなんだ。『料理する者』っていうスキルで、食材の温度を操ったり、料理に関することなら全属性の魔法が使える。さっきのバーナーみたいな炎を出力を上げれば、魔物の装甲も焼き切れるしな。」
「へえーっ! 料理のための力で戦うなんて、面白いわね!」
お互いの強さの秘密を語り合い、俺たちはさらに仲間としての距離を縮めた。
すると、ピクシーが少し恥ずかしそうに頬を掻いた。
「ねえ、フトシ。わたし、【妖精の女王】って呼ばれてるけど、種族としてはピクシーって名前しか持っていないの。だから……わたしにも、特別な名前をつけてよ。」
「名前、か……。」
俺は腕を組み、目の前をフワフワと飛ぶ彼女の姿をじっくりと観察した。
透明で美しい羽と、森の光を弾くような明るい笑顔。
そして何より、美味しい料理を食べた時に鳴らす、まるで小さな鈴のような可愛らしい声。
「『ベル』というのはどうだろう。鈴の音のように、みんなの心を明るく響かせてくれるような気がしてな。」
俺がそう提案すると、彼女は目を丸くした後、パッと花が咲いたような極上の笑顔を浮かべた。
「ベル……! うん、すっごく可愛い! わたし、今日からベルよ!」
ベルは嬉しそうに宙を舞い、シルクとメイの周りをグルグルと飛び回り始めた。
「よし、これからよろしくな、ベル。」
「キュイッ!」
「ワフッ!」
神話級の能力を持つ料理人の俺と、幸運を運ぶ聖獣のシルク。
氷と闇を操る神獣フェンリル亜種のメイに、大食いで強大な魔力を持つ妖精の女王、ベル。
この騒がしくも頼もしい相棒たちと共に、未知なる美食が眠るという北の『魔族の街』へ向けた俺の探求の旅は、いよいよ本格的なスタートを切るのだった。




