第42話 響き合う二つの美味と、北へと続く料理の道
獣人帝国ガルディアの市場は、今日も夜明け前から生き物のような熱気に包まれていた。
丸太の隙間から差し込む朝日が、白く立ち上る湯気を黄金色に染め上げていく。
俺は新しく手に入れたユニークスキル『料理する者』の恩恵を全身で感じながら、特注屋台の調理スペースに立っていた。
『調理の超加速』によって、何百人分ものアイアンキャベジの千切りが瞬く間に仕上がっていく。
手の感覚と刃先の動きが完璧に同調し、目にも留まらぬ速さで極細の緑の山が築かれていくのは、何度やっても爽快の一言に尽きる。
仕込みを終えたプルドポークとオークカツの入った大鍋を並べ、俺はいつものように屋台の営業を開始した。
「お待ちどうさまです。熱いので気をつけてくださいね。」
「おう! 待ってました、兄ちゃん! これこれ、この肉の汁を吸った黒パンがたまらねえんだ!」
なじみの虎の獣人の冒険者が、熊のパン屋で買ってきた黒パンを差し出し、大満足の笑顔でカツサンドを受け取っていく。
広場には、プルドポークの芳醇なスパイスの香りと、オークカツの香ばしい揚げ油の匂いが満ち溢れ、すでに長蛇の列ができていた。
そんな中、俺の屋台から少し離れた露店から、ジュウウウという凄まじい肉の焼ける音と、猛烈に食欲をそそる香りが漂ってきた。
昨日、俺の料理に衝撃を受けて「料理に向き合う」と誓った、狼とワニの獣人の肉屋たちだ。
彼らはさっそく、色々な魔物の端肉と脂身を細かく叩き、岩塩とピリ石の粉を練り込んだ『獣人帝国のパティ肉』を考案し、カンカンに熱した鉄板で豪快に焼き上げていた。
彼らもまた、熊の店主の黒パンを仕入れ、焼き立ての分厚いパティを挟んで売り始めている。
それは、現代日本のハンバーガーそのものの光景だった。
カリカリに焼かれた肉の表面から熱い肉汁が容赦なく溢れ出し、黒パンの生地に染み込んでいく。
そのあまりに美味そうな様子に、俺の屋台に並んでいた客たちも、興味深そうに視線を向けていた。
「おい、人間の兄ちゃん!」
列の途中にいた一人の大柄な猪の獣人が、嬉しそうに声をかけてきた。
彼の右手には、隣の露店で買ったばかりの、焼き立てのパティを挟んだ黒パンのハンバーガーが握られている。
「この肉の塊を挟んだパンもめちゃくちゃ美味いんだがよ。これに、あんたのところのホロホロの肉を、さらに上から追加で突っ込んでくれたりしねえか? 絶対に天国に行けると思うんだわ!」
彼の突拍子もない提案に、俺は思わず目を丸くした。
焼き立てのジューシーな粗挽き肉のパティの上に、スパイスを効かせてホロホロに煮込んだプルドポークを乗せる。
それは、現実の世界でも高級なバーガーショップなどで見かける、肉の旨味を重ねる究極の贅沢だ。
「……それは、絶対に美味しいですね。分かりました、やってみましょう。」
俺は快く承諾し、彼からパティの挟まれた黒パンを受け取った。
【鑑定】でパティの状態を見ると、脂の結着具合も良く、岩塩と黒胡椒が肉の甘みを完璧に引き出している。
俺は黒パンを少しだけ広げ、シャキシャキのアイアンキャベジを敷いた上にパティを乗せ、その上から大鍋で温められていた熱々のプルドポークを、トングでこれでもかと山盛りに乗せた。
仕上げに、大鍋にたっぷりとストックしてある特製濃厚ソースを上から回し掛ける。
オークの肉汁と特製ソースが、粗挽き肉のパティとプルドポークの隙間を埋めるように流れ込み、黒パンにみるみる吸い込まれていった。
「はい、お待たせしました。特製ダブル肉サンドです。」
「おおお! ありがてえ!」
猪の獣人は、溢れんばかりの肉の山を両手でしっかりと押し潰すようにして掴み、大きな口を開けて豪快にかぶりついた。
ガブリ、という力強い音が響く。
「――――ッ!! ぐ、美味えええええええ!!」
獣人はその場でのけぞり、咆哮のような歓声を上げた。
「なんだこりゃあ! 歯を立てた瞬間に、カリカリのパティから濃厚な肉汁が溢れたと思ったら、その奥からあんたのホロホロの肉がトロけるように混ざり合ってきやがる! スパイスの刺激とオークの脂の甘みが、口の中で大爆発を起こしてやがるぞ!」
彼は口の周りをソースだらけにしながら、狂ったように二口目、三口目と食らいついていく。
「それに、この硬い黒パンが、二つの肉の汁を完璧に受け止めてやがる! 一滴の旨味も逃さねえ最高の器だわ!」
彼のその感動する様子を見ていた周囲の客たちが、一斉にざわつき始めた。
「おい、俺もあっちの肉を買ってくるから、それにカツを挟んでくれ!」
「俺はパティにプルドポークだ! 贅沢にいこうじゃねえか!」
広場の熱気は一気に沸点へと達した。
客たちは狼とワニの露店でパティのパンを買い、俺の屋台に持ち込んで、好みの肉や野菜を追加で挟み始める。
それは、市場の住人たちを巻き込んだ、新しい食文化の完全な定着の瞬間だった。
この日を境に、市場のあちこちで「黒パンに色々な食材を挟んで食べる」という文化が爆発的に広まっていった。
別の露店では魔物魚のフライを挟む者が現れ、また別の店では塩漬けの干し肉を炙って挟む者が現れた。
いつしかこの港街は、周辺の国々から『ハンバーガーの街』と呼ばれるほどに発展を遂げていくことになる。
獣人たちが大雑把だった食文化から脱却し、自分たちの手で料理を楽しみ、美味さを探求していく姿。
屋台のカウンターからその様子を見つめながら、俺は料理人として、この上ない充実感と幸せを感じていた。
しかし、街が活気づき、自分の屋台がなくても十分に料理文化が回り始めたのを見て、俺の胸の中に、ある一つの思いが去来し始めていた。
(この街の料理は、これから俺がいなくても独自に発展していくだろうな。……そろそろ、次の場所へ行くべきかもしれないな。)
俺の職業は【探求者】だ。
一つの場所に留まり続けるよりも、世界を巡り、まだ見ぬ未知の食材や料理に出会うことこそが、俺の魂の欲求だった。
俺はこっそりと【鑑定】でアイテムボックスの金庫を確認した。
マルタからの道中での莫大な利益、ポルト・ラーラでの屋台と鉄板のロイヤリティ、そしてこのガルディアでの爆発的な売り上げと上位魔物の討伐報酬。
元手ゼロから始めた商売だったが、手元の資金はすでに一千万ゴールドを優に超えている。
一生遊んで暮らすには足りないかもしれないが、これからの長い旅の資金や、新しい食材・機材の調達には困らない十分すぎる額だ。
移動のための魔導携帯テントや特注屋台も完璧な状態で揃っている。
旅立つための条件は、すでに全て整っていた。
ふと、以前に冒険者ギルドの受付にいる虎の獣人の職員から聞いた、ある噂話を思い出す。
『この国をずっと北に進むとよ、人間の領土とは隔絶された「魔族の街」があるんだ。そこじゃあな、なんと人間たちの国よりも、遥かに料理が美味しいって噂だぜ。』
魔族。
最初にこの世界に召喚された時、傲慢なロドリス王国の王であるアルベールからは、邪悪な魔王を倒すための駒として説明された。
光条カイトや坂本トウマたち勇者パーティは、今頃その言葉を信じて戦っているのかもしれない。
だが、これまでの旅で様々な人々と触れ合ううちに、俺はその認識が間違っているのではないかと感じ始めていた。
魔族といっても、この世界に生きる多種多様な種族の一種に過ぎないのだと。
(人間より料理が美味しい魔族の街、か。)
その響きだけで、俺の料理人としての探求心が激しく揺さぶられるのを感じた。
彼らが一体どんな未知の食材を使い、どんな調理技法で料理を作っているのか、この目で確かめてみたい。
「キュイッ?」
頭の上のシルクが、俺の心の変化を察したように、優しく耳を寄せてきた。
「ワフッ。」
足元では、メイが俺を見上げて、新しい旅の始まりを歓迎するように小さく尻尾を振った。
「よし、決めたぞ。」
俺は静かに決意を固めた。
まだ見ぬ北の大地、未知なる美味が眠るという魔族の街へ。
俺の持つユニークスキル『料理する者』と、この二匹の頼もしい相棒たちと共に、さらなるグルメの深淵を目指して、俺は次なる一歩を踏み出す準備を始めるのだった。




