第36話 オーク集落の顛末と、金剛棒の証明
獣人帝国ガルディアの冒険者ギルドは、巨大な丸太を荒々しく組み上げた豪快な建造物だ。
いつもなら獣人たちの豪快な笑い声と酒の匂いが満ちている場所だが、今日ばかりは空気が違った。
俺が静かにギルドの扉を押し開けると、ロビーは異様な熱気とざわめきに包まれていた。
「おい、聞いたか! あの森の深部にあったオークの集落が、一晩で跡形もなく消え失せたらしいぞ!」
「ああ。家屋から何から、文字通り更地になってたって話だ。」
「一体どんな高位の魔法使いの仕業だ? それとも、伝説の魔物の通り道にでもなったのか!?」
どうやら、俺が昨日オークの軍団を殲滅し、環境保全のために集落の残骸をアイテムボックスへ丸ごと収納したことが、大事件として広まっているらしい。
俺は少し帽子を目深に被り、騒ぎの中心を避けるように受付へ向かおうとした。
「がはははっ! 驚くのも無理はねえが、伝説の魔物なんて大げさなもんじゃねえよ!」
ふと、ロビーの中央から、やけに自信満々な大声が響き渡った。
声の主は、筋骨隆々とした狼の獣人を中心に、三人組のガラの悪い冒険者パーティだった。
「実はな、あの集落を滅ぼしたのは俺たち『血塗られた牙』のパーティさ!」
「そうだそうだ! オークジェネラルもマジシャンも、リーダーの剣で木端微塵にしてやったんだ!」
彼らの得意げな自慢話に、周囲の獣人たちは「すげえ」「さすがはCランクパーティだ」とどよめき、称賛の声を送っている。
俺は少し呆れながらも、特に訂正するつもりはなかった。
彼らが勝手に名声を得る分には俺の知ったことではないし、料理の探求が目的の俺にとって、無用な目立ちは避けるに越したことはない。
「おはようございます。昨日討伐した魔物の部位の買い取りと、討伐報告をお願いします。」
俺は騒ぎから離れたカウンターに立ち、顔馴染みになった虎の獣人の職員に丁寧に声をかけた。
「おう、フトシか。悪いが今はギルド中がオーク集落の件でてんやわんやでな。」
虎の獣人は苦笑いを浮かべながら対応してくれた。
「俺の報告も、そのオークなんですが……少し数が多いです。」
俺がそう言って、アイテムボックスから大きな麻袋を取り出し、カウンターの上にドンッと置いた。
麻袋の口を開けると、中から大量のオークの右耳と、下位魔石が転がり出た。
「なっ……なんだこの数は!? ざっと三十はあるぞ!」
虎の獣人が目を丸くして叫んだ。
さらに俺は、アイテムボックスから二つの特別な部位を取り出し、静かにカウンターに並べた。
「それと、これが集落の奥にいた上位種のものです。オークジェネラルの巨大な牙と、オークマジシャンの杖に嵌っていた魔石です。」
「――ッ!?」
虎の獣人は息を呑み、カウンターの上の部位を食い入るように見つめた。
その驚愕の声は、騒がしかったギルドのロビーを一瞬にして静まり返らせるほどの大きさだった。
「お、おい……間違いない、こりゃあ本物のジェネラルとマジシャンの討伐部位だ! フトシ、お前さん、あの集落を殲滅したのはお前さんなのか!?」
「はい。相棒たちの協力もありましたから。」
俺が頭の上のシルクと、足元のメイを見下ろして微笑むと、周囲の獣人たちの視線が一斉に俺へと突き刺さった。
「おいおい、冗談だろ……? あの人間のEランクが?」
「じゃあ、さっき自慢してた『血塗られた牙』の話は嘘だったのか?」
疑念の目が向けられた狼の獣人たちは、みるみるうちに顔を真っ赤にして激昂した。
「ふざけんな! そいつは俺たちが瀕死にまで追い詰めたオークの部位を、こっそりかすめ取ったハイエナ野郎だ!」
彼らは荒々しい足取りでこちらへ近づき、俺を威圧するように周囲を囲んだ。
虎の獣人の職員が間に入ろうとしたが、俺はそれを手で制し、手早く莫大な討伐報酬だけをアイテムボックスに収納した。
「横取りした覚えはありません。俺が戦った時、あなた方はいませんでしたから。それでは、失礼します。」
俺が冷静に敬語で返し、ギルドを出ようと背を向けた瞬間だった。
「逃げる気か! 俺たちの獲物を横取りした落とし前、どうつけてくれるんだ!」
狼の獣人が青筋を立てて牙を剥き出しにし、俺の肩を強く掴んできた。
「そんなに自信があるなら、俺たちと模擬戦で勝負しろ! お前みたいな人間がジェネラルを倒せるわけがねえことを、証明してやる!」
獣人たちの気風は荒々しく、力こそが絶対の証明となる。
周囲の冒険者たちも「やれやれ!」「人間の実力を見せてみろ!」と囃し立て始めた。
チラリと受付の虎の獣人を見ると、彼は小さく頷き、「お前さんの強さを証明するいい機会だ。怪我をさせない程度にやってやってくれ」と目で合図をしてきた。
どうやらギルドの職員や腕の立つ冒険者たちは、俺の持ってきた部位の綺麗な切断面から、俺が本物の討伐者であるとすでに見抜いているらしい。
「分かりました。模擬戦、お受けします。ただし、俺一人に対して、あなた方三人でかかってきてください。」
俺が静かにそう告げると、獣人たちは「舐めやがって!」と怒号を上げ、足早にギルドの裏手にある修練場へと向かっていった。
―――
修練場は、高い柵で囲まれた広大な土の広場だった。
俺は中央に立ち、愛用の帽子を深く被り直した。
修練場の端では、シルクとメイが「あーあ、可哀想に」と言わんばかりに、のんびりと欠伸をしながら座っている。
相棒たちは、俺がこの程度の相手に遅れをとるはずがないと完全に理解しているのだ。
「いくぞ人間! 痛い目を見ても泣き言は聞かねえぞ!」
狼の獣人が合図と共に、巨大な大剣を振り被って突進してきた。
左右からは、同じパーティの熊の獣人と豹の獣人が、鋭い爪を立てて挟み撃ちにしてくる。
三人同時の、殺意すら混じった本気の連携攻撃だ。
だが、俺の【探求者】の補正が乗った動体視力には、彼らの動きがまるでスローモーションのように見えていた。
「遅いですね。」
俺はアイテムボックスから、神話級アーティファクト『如意の金剛棒』をスッと取り出した。
迫り来る大剣の刃を、最小限の動きで半歩横にずれて躱す。
同時に金剛棒の長さを瞬時に伸ばし、すれ違いざまに狼の獣人のみぞおちへ、的確に、かつ極限まで手加減を込めて突きを入れた。
「――ガハッ!?」
狼の獣人は白目を剥き、胃液を吐き出しながらその場に崩れ落ちた。
「なっ、リーダー!?」
「この野郎ォッ!」
驚愕して動きが止まった熊の獣人と、背後から襲いかかってきた豹の獣人。
俺は金剛棒を軸にして体を独楽のように回転させ、遠心力を乗せた打撃を二人のみぞおちへと順番に叩き込んだ。
「ゴフォッ……!」
「あがっ……!」
鈍い音が響き、三人組の冒険者パーティは、ものの数秒で土の地面に這いつくばることになった。
完全な沈黙。
修練場の周囲で観戦していた獣人たちは、信じられないものを見たというように息を呑み、静まり返っていた。
「勝負あり、ですね。」
俺が如意の金剛棒をカチャリと短くし、アイテムボックスへと収納すると、周囲から割れんばかりの歓声と怒号のような称賛が湧き上がった。
「す、すげえ……! あの『血塗られた牙』を、たった一撃で沈めやがった!」
「なんて洗練された動きだ! あの人間、間違いなく本物だぞ!」
獣人たちは強者を尊ぶ。
先程までの疑念は完全に吹き飛び、彼らの目には俺への純粋な敬意と畏怖が浮かんでいた。
すると、観衆の人垣が割れ、一際巨大な体躯を持つライオンの獣人が、威厳のある足取りで歩み出てきた。
見事な黄金のたてがみと、歴戦の傷跡が刻まれた分厚い胸板を持つ男だ。
「見事な腕前だったな、人間の若き探求者よ。」
ライオンの獣人が深く重い声でそう言うと、周囲の冒険者たちは一斉に背筋を伸ばし、道を空けた。
「俺はこのギルドを束ねるギルド長、レグルスだ。」
「初めまして、レグルス様。フトシと申します。」
俺が帽子を取り、深く一礼をすると、ギルド長は鷹揚に頷き、地面に転がっている三人組を一瞥した。
「うちの馬鹿共が、お主の功績を騙り、あまつさえ言いがかりをつけてすまなかった。ギルド長として謝罪する。」
「いえ、俺は気にしておりませんので。」
俺の言葉に、ギルド長は豪快に笑った。
「がははっ! 実力だけでなく、器もデカい男だ! それにしても、あの森のオーク集落を一掃し、跡地を綺麗に片付けてくれたことには、ギルドを代表して心から感謝するぞ。」
「環境を保全し、魔物の再発生を防ぐのも、探索の一部ですから。」
「素晴らしい心構えだ。フトシ、お主のような実力者がこの国に来てくれたことを歓迎する。何か困ったことがあれば、いつでも俺に言ってくれ。」
ギルド長の公認と感謝を受けたことで、俺はガルディアの冒険者たちから完全に実力者として認められることになった。
「キュイッ!」
「ワフッ!」
欠伸を終えたシルクとメイが、俺の足元へと駆け寄ってくる。
俺は二匹の頭を優しく撫でながら、改めてこの荒々しくも素直な獣人たちの国を、少しだけ好きになり始めている自分に気づいていた。
街の者たちにも実力が伝わり、これで無用なトラブルに巻き込まれることもなくなるだろう。
これならいよいよ、俺の本来の目的である「獣人たちに極上の料理を振る舞う」ための下準備に集中できる。
俺の持つ一トンの極上オーク肉と、多種多様なスパイス。
それが彼らの大雑把な食文化にどのような衝撃を与えるのか、今から楽しみでならない。




