第13話 鶏魔物の照り焼きと、旨味溶け込むベーコンポトフ
爽やかな朝日が交易都市マルタの石畳を照らし始める頃、俺は冒険者ギルドで簡単な採取依頼を受注し、街の外に広がる深い森へと足を踏み入れていた。
今日の目的は、料理の幅を広げるための香草類と、回復薬の原料にもなる『ヒールグラス』などの採取だ。
「よし、この辺りなら十分だな」
ユニークスキル『冒険する者』に含まれる【直感】と【鑑定】のコンボは、森での採取において凶悪なほどの性能を発揮する。
毒草と薬草を瞬時に見分け、香りの良いハーブだけを的確に選び出すことができるのだ。
朝露に濡れた新鮮なハーブを摘み取り、劣化しないアイテムボックスへと放り込んでいく。
一時間ほどでギルドの依頼分と自分用の香草を十分に確保した俺は、早々に森を引き上げ、昼前の活気づくマルタの商業区へと向かった。
市場は様々な種族の商人と買い物客で溢れかえっている。
俺は農家の出店を回り、泥のついた大ぶりのじゃがいもと、実の締まった玉ねぎを大量に買い込んだ。
さらに、燻製の香ばしい匂いに誘われて足を止めた保存食屋で、オーク肉を使った分厚いベーコンを数ブロック購入する。
順調に買い出しを進めていた俺の鼻腔に、ふと、強烈で独特な匂いが飛び込んできた。
匂いの源は、港から上がってきたばかりだという行商人の荷車だ。そこには、コルクで栓をされた黒褐色の液体が入った小瓶がずらりと並べられている。
(この匂い……まさか)
すかさず【鑑定】を発動する。
【魚醤】
詳細:海沿いの町で作られる、小魚を塩漬けにして長期間発酵させた調味料。アミノ酸などの旨味成分が極めて豊富だが、強烈な発酵臭があるため、内陸部では敬遠されがち。
「おっ、兄ちゃん。これに興味があるのかい? 港町じゃ隠し味に使うらしいんだが、この匂いのおかげでマルタじゃさっぱり売れなくてねぇ……」
行商人が肩を落としてぼやいているが、俺の心の中では歓喜のファンファーレが鳴り響いていた。
魚醤は、日本の『しょっつる』やタイの『ナンプラー』などと同じ、旨味の塊だ。確かに生のままでは癖が強いが、火を通すことで臭みは飛び、圧倒的な香ばしさと深いコクを生み出す魔法の調味料に化ける。
「おやっさん、これ、荷車にある分を全部買い取るよ。いくらだ?」
「えっ、ぜ、全部かい!? そりゃあありがてぇ! ちょっと癖が強いから、まとめて一〇〇〇ゴールドでいいよ!」
俺は嬉々として支払いを済ませ、大量の魚醤をアイテムボックスへと収納した。これでまた一つ、俺の料理の武器が増えたことになる。
―――
夕方になり、俺はギルド裏の解体所へと向かった。昨日に引き続き、ガルドの下での解体修行だ。
「来たな、フトシ。今日の相手はこいつだ」
ガルドが指差した解体台の上には、ダチョウほどの大きさがある巨大な鶏型の魔物『フォレスト・フォウル』が横たわっていた。
鮮やかな緑色の羽毛と、鋭い蹴爪を持つ森の厄介者だ。
「鶏の魔物か。四つ足の獣とはまた勝手が違いそうだな」
「その通りだ。まずは羽をむしりやすくするために、熱湯に通す。それから内臓を抜き、もも肉とむね肉、そして手羽を骨から外していくんだ。関節の付き方が独特だから、よく見ておけよ」
ガルドの手本を見た後、俺は出刃包丁を手に取った。
【直感】を頼りに、フォレスト・フォウルの関節の隙間を探り当てる。
牛ほどの硬さはないが、飛べない代わりに異常に発達した脚部の筋肉は筋張っており、刃を入れる角度を少しでも間違えれば肉をボロボロにしてしまう。
だが、昨日のアースバッファローの解体で得た経験が俺の腕を導いた。
関節の軟骨にスッと刃を滑り込ませ、テコの原理で骨を外す。綺麗なピンク色をした極上のもも肉と、分厚いむね肉が次々と解体台の上に切り分けられていった。
「へっ、相変わらず気味が悪いくらい筋がいいな。これならすぐにでも一人立ちできるぜ」
ガルドが感心したように笑う。
「ガルドさん、このフォレスト・フォウルの肉なんだが、ギルドが買い取る分から一部を俺に売ってくれないか? 夕飯に使いたいんだ」
「おお、いいぜ! 昨日のハンバーグは最高だったからな。その礼と言っちゃなんだが、新鮮なもも肉とむね肉、市場の半値で譲ってやるよ」
「助かる。それで……もし都合が良ければ、今日の夕飯も一緒にどうだ?」
俺が誘うと、ガルドの顔がパッと明るくなった。
「本当か!? 行く行く! どんな料理が出てくるか、今から胃袋が鳴りっぱなしだぜ!」
―――
宿『黄金の麦穂亭』に戻った俺は、厨房で夕食の仕込みをしていた女将のマーサさんに声をかけた。
「マーサさん、厨房を借りたいんですが。あと……昨日は事前の相談なしにガルドさんを呼んでしまって申し訳なかったです。今日も解体でお世話になったんで、一緒に食べようと誘ったんですが、構いませんか?」
俺が頭を下げると、マーサさんは目を丸くした後、優しく吹き出した。
「なんだい、そんなこと気にしてたのかい! 構わないに決まってるじゃないさ。あの無骨で口の悪いガルドが、あんたの料理を前にして子供みたいに目を輝かせてるのを見るのは、私だって楽しいんだからね。気にせずたっぷり作っておやり!」
「ありがとうございます。マーサさんの分ももちろん作りますから」
温かい言葉に感謝しつつ、俺はさっそく調理に取り掛かった。
まずは、じっくりと時間をかける【ポトフ】からだ。
アイテムボックスから『黒剛鉄の万能煮込み鍋』を取り出し、火にかける。
市場で買ったオーク肉のベーコンを厚切りにし、油を引かずに鍋へ投入した。
弱火でじっくりと加熱し、ベーコンが持つ上質な燻製の香りと、甘みのある脂を鍋底に引き出していく。
この「脂出し」の工程が、スープ全体のコクを決定づけるのだ。
脂が十分に溶け出したところで、大きめにカットした玉ねぎとじゃがいもを投入。
ベーコンの旨味を帯びた脂を、野菜の表面にしっかりとコーティングするように炒め合わせる。
全体に油が回り、玉ねぎが透き通ってきたところで、たっぷりの冷水を注ぎ込んだ。
さらに、朝の森で採取した香草をタコ糸で束ねた「ブーケガルニ」を鍋に沈める。
あとは蓋をして、弱火でコトコトと煮込むだけだ。黒剛鉄の鍋が均一な熱を保ち、じゃがいもを煮崩れさせずに芯までホクホクに仕上げてくれるはずだ。
今回は今後の食糧も兼ねて、鍋いっぱいに大量のポトフを仕込んでおく。
出来上がった最高の状態のままアイテムボックスに収納すれば、いつでも熱々を食べられる。
ポトフの煮込みを待つ間、いよいよメインの【照り焼き】に取り掛かる。
解体したてのフォレスト・フォウルの一枚もも肉をまな板に置く。
まずはプロの鉄則、肉の表面の水分を清潔な布で徹底的に拭き取る。
鶏肉は特に水分が臭みの原因になるため、このひと手間が仕上がりを劇的に変える。
次に、皮目にフォークで何度か穴を開ける。焼いた時の縮みを防ぎ、味が染み込みやすくするためだ。
そして、肉の重量に対して的確な分量の岩塩を振り、下味をつける。
バルドムの最高傑作、『ミスリル配合の黒剛鉄フライパン』を強火で熱する。
油を薄く引き、鶏肉を「皮目から」フライパンに押し付けた。
――パリィッ、ジュワァァァァァッ!
皮の脂が弾ける小気味よい音が厨房に響く。
鶏を焼く際の極意は「皮八割、身二割」の火入れだ。強火で一気に皮目の水分を飛ばし、自身の脂で揚げるようにして極限までパリパリに焼き上げる。
メイラード反応によってキツネ色に輝く皮目は、それだけで極上のご馳走だ。
皮が完璧に焼けたらひっくり返し、身の方はサッと火を通す程度に留める。
こびりつかないミスリルの恩恵で、皮がフライパンに剥がれる悲劇とは無縁だ。
肉に火が通ったところで、一旦バットに取り出す。
フライパンに残った鶏の旨味脂の中に、今日買い占めた『魚醤』、水、そして市場で手に入れた甘みのある果実のシロップを混ぜ合わせた特製ダレを一気に流し込んだ。
――ジュワァァァッ!!
強烈に立ち上る蒸気と共に、魚醤特有の香りが加熱によって劇的に変化していく。
生臭さは完全に飛び、焦げた醤油のような圧倒的に香ばしく、食欲を鷲掴みにする匂いへと昇華した。
タレがトロリと煮詰まったところで、先ほどの鶏肉を戻し入れ、フライパンを揺すりながら照り焼きソースをしっかりと絡める。
「おっしゃあ! 今日も最高の匂いがしてるじゃねえか!」
ちょうどその時、厨房の勝手口からガルドが勢いよく飛び込んできた。
その後ろからは、マーサさんも皿を持っていそいそと近づいてくる。
「ガルド、あんたも毎日美味いもん食えて幸せだねぇ。フトシ、こっちの準備もできてるよ」
「へへっ、マーサさん。こいつの料理は、俺たち冒険者の特権ってやつだからな!」
俺は器にたっぷりのポトフを盛り付け、別の皿には食べやすく切り分けた照り焼きを乗せて、二人の前に並べた。
「お待たせしました。オークベーコンのポトフと、フォレスト・フォウルの照り焼きです」
「いただきます!」と同時に、二人が料理に食らいつく。
まずはポトフのスープを一口飲んだマーサさんが、ふぅっと深い感嘆の息を漏らした。
「なんて優しい味なんだい……。ベーコンの燻製のいい香りと、玉ねぎの甘みがスープに全部溶け出してるよ。このお芋も、形はしっかりしてるのに、口に入れるとホロホロに崩れて……芯まで旨味が染み込んでるねぇ」
ガルドはすでに照り焼きの方に夢中だった。
照り輝く鶏肉を大口で放り込んだ瞬間、彼の目がカッと見開かれる。
「――ッ! なんだこの皮のパリパリ感は!? それに、この甘辛いタレ! 知ってる味じゃねえが、尋常じゃなく香ばしくて、肉汁の旨味と合わさって脳が痺れるくらい美味え!! フトシ、お前一体どんな魔法を使ったんだ!?」
「港で売ってた魚醤を使ってみたんです。癖が強い調味料ですが、火を入れると最高のコクと香ばしさが出るんですよ」
俺の言葉に、ガルドは「あの臭い汁がこんな化けるのか!?」と驚愕しながら、次から次へと鶏肉を胃袋へと流し込んでいく。
マーサさんも照り焼きを食べ、その濃厚な旨味にうっとりと頬を抑えていた。
「いやぁ、あんたの料理の知識には本当に驚かされるよ。こんなに美味しい料理が食べられるなら、いつでも厨房を使っておくれね」
マーサさんの優しい言葉と、ガルドの豪快な食べっぷりを見ながら、俺も自分の分を口に運ぶ。
魚醤のコクとシロップの甘みが、パリッと焼けたフォレスト・フォウルの皮に見事に絡みつき、噛み締めるたびに弾力のある肉から溢れる肉汁と混ざり合う。
我ながら、完璧な仕上がりだった。
今日も最高の道具と、確かな調理技法が、異世界の食材のポテンシャルを極限まで引き出してくれた。
ポトフのストックも十分にできたし、魚醤という新たな武器も手に入れた。
俺の「さすらいの料理人」への道は、マルタの人々との温かい繋がりと共に、着実に広がっている。




