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探求者の異世界美食行脚 ~異世界召喚でハズレ扱いされたゴリラ系男子、気ままなグルメ旅に出る~  作者: おまめちゃん


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第12話 職人の技と、肉汁溢れる双璧の特製ハンバーグ

交易都市マルタの空が、燃えるような茜色から深い群青色へと移り変わる頃、俺は約束通り冒険者ギルド・マルタ支部の裏手にある解体所へと足を運んでいた。


巨大な石造りの建物の裏口を開けると、そこはひんやりとした冷気と、独特の鉄錆のような血の匂いが漂う広大な作業場だった。


天井からは太い鎖が何本も垂れ下がっており、壁際には大小様々な形状の解体用ナイフや骨鋸が整然と並んでいる。昼間の喧騒とは打って変わり、静まり返った空間にはどこか厳かな空気さえ漂っていた。


「おう、来たかフトシ。待ってたぜ」


部屋の中央に置かれた、無数の傷が刻まれた巨大な木製の解体台の前で、厚手の革エプロンを身にまとったガルドが、太い腕を組んで不敵に笑った。


その足元には、今日運び込まれたばかりだという、丸太のように太い角を持つ巨大な牛型の魔物が横たわっている。


「これが今日の相手だ。【アースバッファロー】。土の属性を帯びた硬い皮膚と、引き締まった赤身肉が特徴の魔物さ。まずはこいつの皮を剥ぎ、骨と肉を切り分ける『骨外し』をやってもらう。小さい肉の切り分けはできるって話だが、魔物を丸ごと一頭解体するとなると、勝手が違うからな」


「ああ、よろしく頼む」


俺は衣服が汚れないよう、ガルドから借りた厚手の革エプロンをきっちりと締め、愛用の出刃包丁を握り直した。


まずは対象をしっかりと観察する。すかさずユニークスキル『冒険する者』に含まれる【鑑定】を発動した。


【アースバッファローの死体】

詳細:強靭な筋肉と厚い皮下脂肪を持つ牛型の魔物。特に肩から背中にかけての肉は筋が多いが、適切な解体を行えば極上の赤身肉が得られる。骨の関節部分に特有の硬い軟骨組織を持つ。


「よし、始めるか」


ガルドの指示に従い、まずは後ろ足の腱に鉤爪をかけ、滑車を使って巨体を吊るし上げる。


いざ刃を入れようとしたが、確かにガルドの言う通り、普段『味処・藤』の厨房や市場で扱っていた、あらかじめ綺麗に成形された肉の塊とは訳が違った。


どこにナイフを入れれば皮が綺麗に剥がれるのか、骨の継ぎ目はどこにあるのか、視覚だけでは判断が難しい。


最初の一太刀、皮と肉の間に刃を滑り込ませようとしたが、アースバッファローの強靭な皮は想像以上に硬く、刃先が嫌な音を立てて弾かれそうになる。


魔物の身体構造を知らないがゆえの、最初の壁だった。


「へへ、どうしたフトシ。魔物の皮は獣のそれとは次元が違うぜ。力任せに引いたって、刃がこぼれるか肉をズタズタにするだけだ」


ガルドがニヤニヤとしながら見守る。


確かにその通りだ。ここで焦って力を込めては、せっかくの食材を台無しにしてしまう。


俺は一度深く呼吸をし、【直感】の感覚を研ぎ澄ませた。


さらに【鑑定】を重ね、アースバッファローの皮下組織の最も薄いライン、つまり『刃が最も通りやすい境界線』を脳内に描き出す。


(ここだ……)


俺の身体能力は、ユニークスキル『探求者』の恩恵によって、常識外れなまでに強化されている。


丸太のような腕の筋肉は、単に重いものを持ち上げるためだけでなく、ミリ単位の繊細な刃物のコントロールを行うためにも完全に機能した。


刃の角度を微調整し、肉を傷つけない絶妙な力加減で引く。


――スラリ。


心地よい手応えと共に、硬かった皮膚が面白いくらいに滑らかに割れ、美しい桜色の肉壁が姿を現した。


「……ほう?」


ガルドの目が、わずかに細くなる。


感覚を掴んでからは、驚くほどの速度で作業が進んだ。【直感】が告げる正解のラインをなぞるように、次々と刃を動かしていく。


最も難関とされる大腿骨と骨盤の結合部分――いわゆる「股関節の外し」においても、強靭な腕力で巨体を完全に固定しながら、最小限の動きで軟骨の隙間に包丁を滑り込ませ、呆気ないほど綺麗に肉の塊を切り離してみせた。


ガルドが教えてくれる「骨のキワにある美味い肉の残し方」や「内臓を傷つけずに取り出す順序」といったプロの技術を、俺は一言も聞き漏らさずに脳内へ叩き込み、即座に自らの腕へと反映させていく。


一頭の解体を終える頃には、俺の衣服には返り血ひとつついていなかった。


解体台の上には、部位ごとに完璧に整えられたアースバッファローの肉と、一切の肉が残らず白く輝く骨が並んでいる。


それを見たガルドは、顎が外れそうなほど呆然とした後、頭をガリガリと掻きむしった。


「おいおいおい……冗談だろ、フトシ。お前、本当に丸ごとの解体は初めてなのか? 筋の読み方、力の入れ方、関節の外し方……どれをとっても、数年は修羅場をくぐった中級の解体師のそれだぜ。くそっ、これだけの才能がありゃ、冒険者なんて廃業して、今すぐうちの解体所の副責任者に据えてやりたいくらいだ。この仕事だけでも一生食っていけるぞ、間違いなく」


「ありがたい言葉だけど、俺の目標は『さすらいの料理人』だからな。でも、ガルドさんの教え方が的確だったおかげだ。ありがとう」


「けっ、謙虚な野郎だぜ。だが、そのお前さんの真っ直ぐなところは嫌いじゃない」


ガルドは嬉しそうに笑うと、作業台の隅にまとめられていた肉の山から、一塊の肉を取り出した。


肉の形を綺麗に整える『整形』の段階で削ぎ落とされた、アースバッファローの端っこ――いわゆる端材の肉だ。形こそ不揃いだが、赤身と脂身が適度に入り混じった、非常に質の良い肉だった。


「ほら、これを持っていきな。今日の修行と手伝いのお礼だ」


「端材肉か……。ガルドさん、これ、もっと譲ってもらえないか? 十キロほど買い取りたいんだ」


「あん? こんな端っこの肉を十キロもどうするんだよ。この街じゃ、硬くて不揃いな端材は、細かく叩いて安価な民衆向けの煮込み料理の材料に回すくらいだぜ?」


「これで美味い肉料理を作って、ガルドさんや、宿のマーサさんたちみんなに振る舞いたいんだ。お礼も兼ねてな」


俺がそう言うと、ガルドは一瞬驚いたように目を見張った後、豪快に肩を揺らして笑った。


「みんなに振る舞う、だと? いい心意気じゃねえか! 分かった、そんな理由なら、ギルドの廃棄処理分ってことで、十キロまとめて、たったの『五百ゴールド』で譲ってやるよ!」


「助かる。最高のやつを作るから、期待しててくれ」


一ゴールド一円の世界で、極上の魔物の肉十キロが五百円。


まさに捨て値だ。


俺は五百ゴールドを支払い、ずっしりとしたアースバッファローの端材肉をアイテムボックスへと収納した。


「じゃあガルドさん、一時間後に『黄金の麦穂亭』の厨房に顔を出してくれ。ちょうど焼き上がるようにしておく」


「おう! 腹を空かせて楽しみに待ってるぜ!」


―――


宿『黄金の麦穂亭』へ戻ると、厨房では女将のマーサが、夕食の片付けを終えて一息ついているところだった。


「おかえり、フトシ! 解体の修行はどうだったい?」


「マーサさん、ただいま。ガルドさんにしっかり仕込んでもらってきた。それで、預かってきた端材の肉で今から料理を作るんだ。マーサさんにも食べてほしいんだけど、厨房を借りてもいいか?」


「おや、私の分まで!? もちろん大歓迎さ! あんたの料理なら、お腹がいっぱいでもいくらでも入るからね。さあ、火床もまな板も好きに使いな!」


マーサの快い許可を得て、俺はすぐに調理に取り掛かった。


作るのは、俺の世界でいう『ハンバーグ』だ。この世界には、肉を細かく叩いて丸めて焼くような似たような家庭料理はあるが、パサつきやすく、あまりご馳走としては扱われていない。


そんな概念を覆すような、圧倒的リアリティを持った「ハンバーグ」を披露する。


まずは、アイテムボックスからアースバッファローの端材肉を取り出す。


ハンバーグの命は、脂身と赤身のバランス、そして何よりも『肉の温度管理』だ。


肉の温度が上がると、捏ねる段階で脂が溶け出してしまい、焼いた時に肉汁がすべて流れ出てパサパサになってしまう。


俺はあらかじめ、冷えた井戸水で手を徹底的に冷やし、包丁とまな板も冷やしておいた。


端材の肉を、出刃包丁でトントンと叩くようにして細かく刻んでいく。


あえて包丁で大小不揃いな手切りミンチにすることで、口に入れた時の圧倒的な「肉々しさ」とジューシーな歯応えを生み出すのだ。


細かくした肉を大きめのボウルに移し、まずは肉の重量の約一パーセントにあたる、純度の高い岩塩のみを加えて、冷たい手のまま一気に力強く捏ね上げていく。


この「最初に塩だけで捏ねる」というプロセスが、プロの鉄則だ。


塩の作用によって肉のタンパク質が溶け出し、強固な網目構造が形成される。


これが、のちに溢れ出る肉汁を内側に閉じ込める最強の壁となる。


肉がねっとりと糸を引く状態になったところで、細かく刻んでじっくりと黄金色になるまで炒め、完全に冷ましておいたオークの玉ねぎ、さらに卵、そして肉の臭みを消し高貴な風味をプラスするスパイス『クグの実』の粉末を投入し、手早く全体を混ぜ合わせる。


「よし、成形だ」


一人前ずつ肉だねを手に取り、両手の間でキャッチボールをするように、パン、パンと小気味よい音を立てて叩きつける。


内側に入り込んだ余分な空気を完全に抜くための重要な工程だ。空気が残っていると、加熱時に膨張して肉が割れ、そこから肉汁が逃げてしまう。


綺麗に楕円形に整えた肉だねの中央を、親指で軽く凹ませる。火が通る際に中心が膨らむのを計算した、美しいフォルムだ。


ここで、バルドムさんから譲り受けた至高の武器、『ミスリル配合の黒剛鉄フライパン』の出番だ。


魔導コンロの上に銀色に輝くフライパンを設置し、強火でじっくりと熱していく。


熱伝導率が通常の数倍というだけあって、一瞬で均一な熱が表面全体に行き渡るのが、手をかざさずとも伝わってきた。


薄くウルフの脂を馴染ませ、成形したハンバーグを並べる。


――ジュワァァァァァッ!!!


厨房中に、これまでにない激しくも心地よい、肉の焼ける最高のサウンドが鳴り響いた。


強火で一気に底面を焼き固め、美しいきつね色の焦げ目――最高峰の『メイラード反応』を引き起こす。


この香ばしい焼き目こそが、肉の旨味を何倍にも増幅させる。


ひっくり返すと、バルドムさんの言葉通り、一切のストレスなく、肉がフライパンの表面をツルリと滑った。


全くこびりつかない。これほど厚みのある肉塊を焼いているというのに、驚異的な性能だ。


両面に完璧な焼き色をつけた後、少量の赤ワインを回し入れ、すぐに蓋をして弱火に落とする。


激しく立ち上る蒸気によって、肉の内部までじっくりと熱を通す「蒸し焼き」の工程だ。


これによって、ふっくらとジューシーに仕上がる。


数分後、蓋を開けると、ふっくらと膨らんだ肉の表面から、透明な美しい肉汁がぷつぷつと湧き出していた。


中心に竹串を刺すと、溢れ出してきたのは完全に澄んだ汁。芯まで完璧に火が通った証拠だ。


「よし、ここから二種類の味に仕上げるぞ」


焼き上がった肉塊を一度バットに上げ、肉汁と旨味が残るフライパンをそのまま使用する。


今回は、みんなに味の違いを楽しんでもらうため、二つの味わいを用意した。


ひとつ目は、純度の高い岩塩のみをハラリと振った、シンプルな『塩ハンバーグ』。


肉本来の力強い赤身の旨味と、アースバッファローの良質な脂の甘みを、何にも邪魔されずにダイレクトに味わうための、素材への絶対的な自信の表れだ。


そして二つ目は、特製ソース。


ハンバーグを焼いた後のフライパンに残る肉汁のなかに、アイテムボックスから取り出した「ファングウルフの芳醇赤ワインシチュー」を少しだけ投入する。


シチューに元々溶け込んでいたシロシメジの濃厚な出汁とスパイス、そしてウルフの旨味が、アースバッファローの肉汁と合わさり、小鍋の中でじっくりと煮詰められていく。


仕上げにほんの少しの岩塩で味の輪郭をキリッと調律すれば、深みのある、艶やかな焦茶色の特製ソースが完成した。


「おいおいおい! 間に合ったか! 街中にどんだけでも美味そうな匂いが漂ってやがるから、全力で走ってきたぜ!」


宿の勝手口から、息を弾ませたガルドが飛び込んできた。その目はすでに、カウンターに並べられた出来立ての料理に釘付けだ。


「ちょうどいいところだ、ガルドさん。マーサさんも、どうぞ」


「いやぁ、待ってました! それじゃあ、遠慮なくいただくよ!」


マーサとガルドが、それぞれ席に着く。


目の前に並ぶのは、ふっくらと黄金色に焼け、岩塩がキラキラと輝く塩ハンバーグと、濃厚な特製ソースがたっぷりと流し込まれ、気品ある香りを放つ特製ソースハンバーグの双璧だ。


「よし……まずはこの、塩だけのやつからいかせてもらうぜ!」


ガルドが我慢できないといった様子でナイフを入れた。


その瞬間、


――ジュワァァァッ!!!


肉の表面の裂け目から、まるで堰を切ったかのように、透明に輝く大量の肉汁が溢れ出し、皿の上に小さな池を作った。


「な、なんだこの肉汁は……!? 旨味が中に全部閉じ込められてやがったのか!?」


ガルドは驚愕しながら、大きめの一切れを口に放り込んだ。噛み締めた瞬間、彼の目がカッと見開かれ、言葉を失ったように何度も顎を動かす。


「……う、美味すぎるッ!!! 塩だけなのに、肉の味が信じられないくらい濃い! 手切りで細かくしたって言ってたな、噛むたびに『肉を喰ってる』っていう圧倒的な歯応えと、上質な脂の甘みが脳を直撃しやがるぞ! 固まりがちだった端っこの肉が、なんでこんなにジューシーに化けるんだ!? 俺の知ってる挽き肉料理じゃねえ!」


「本当ねぇ……! こっちの特製ソースの方も、言葉が出ないくらい凄いよ!」


マーサもまた、ソースをたっぷりと絡めた肉塊を頬張り、幸せそうに頬を緩めていた。


「昨日いただいたあの絶品のシチューが、お肉の肉汁と合わさって、さらに何倍も濃厚なソースに進化してるじゃないさ! 酸味とコクのバランスが完璧で、このアースバッファローの肉々しさと口の中で完璧に調和してるよ。フトシ、あんたはやっぱり天才だねぇ……!」


二人が競い合うように皿を平らげ、残ったソースまで宿の自家製パンで綺麗に拭い取って食べる姿を見て、俺の胸の奥には、昨日以上の確かな手応えが満ち溢れていた。


端材という、一般的には価値の低いとされる食材であっても、正しい知識、料理人の技術、そして下準備のひと手間を加えることで、ここまでの至高の一皿へと昇華させることができる。


「美味かったぜ、フトシ! この料理を食うためなら、明日からの解体修行、いくらでも特等席でお前を指導してやるからな!」


「ああ、明日もよろしく頼む、ガルドさん」


手元に輝く、バルドムの最高傑作であるフライパン。その表面は、少量の魔力を流しただけで、先ほどまでの油汚れが嘘のように完全に消え去り、再び美しい銀色の輝きを取り戻していた。


資金は潤沢、一生モノの相棒たちも揃った。


そして、解体の技術も確実に中級者レベルへと跳ね上がった。


俺の『さすらいの料理人』への道、そしていつか構える『自分だけの屋台』という夢への旅路は、今、これ以上ないほどに最高な形で、前へと進み続けている。


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