第1話 憧れ
『SPIN』
第一話 「憧れ」
七羽ひよりは、中学に入ったら絶対に変わると決めていた。
小学校までの自分は、悪くなかったと思う。
運動は得意だったし、友達もいた。クラスの中心とまではいかなくても、そこそこ目立つ側ではあった。
でも、“上”ではなかった。
中学では違う。
制服を着て、髪を少しだけ巻いて、放課後には友達と写真を撮る。
誰かのストーリーに映る側になる。
七羽ひより、十二歳。
中学デビュー、成功予定。
「ひよりー! ダンス部見学行こ!」
「行く!」
入学式翌日の昼休み。
ひよりは新しくできた友達たちと第一体育館へ向かった。
まだ四月なのに、体育館の中は熱気があった。
音楽が鳴る。
先輩たちが踊る。
笑い声が飛ぶ。
「やば、かわい……」
思わず声が漏れた。
揃いのウェア。汗で崩れないメイク。軽音部の男子が入口付近で見学しているのも、なんだか“青春”って感じがする。
これだ。
ひよりは胸が高鳴る。
こういうのがやりたかった。
小学校の頃、スポーツをやっていた時期もある。走るのは速かったし、体を動かすのも好きだった。
でも、六年の冬。
膝を壊した。
それ以来、“競技”からは離れている。
だから今度は、もっとキラキラした場所へ行こうと思った。
その帰り道。
第二体育館の前を通った時だった。
カッ。
乾いた音が響く。
カカッ。
カッ、カッ。
「なにこれ?」
「卓球部じゃね?」
友達の一人が、半笑いで体育館を覗き込む。
ひよりもつられて中を見る。
卓球台。
ジャージ姿。
壁打ち。
床に座って喋ってる男子。
スマホをいじっている先輩。
「うわ、地味」
「てか陰キャ感すご」
「わかる」
ひよりは笑った。
ダンス部とは真逆だった。
狭い体育館の端で、地味な音を鳴らし続ける部活。
自分には一生関係ない。
そう思った。
翌日。
ダンス部の前に、人だかりができていた。
「え、こんな集まったの?」
「今年多すぎらしいよ」
ざわざわとした空気の中、二年の先輩が紙を貼る。
『入部希望者多数のため、入部オーディションを実施します』
「オーディション……?」
ひよりは思わず呟いた。
周囲の女子たちもどよめく。
「え、ガチじゃん」
「落ちるとかあるの?」
もちろん不安はあった。
でも、ひよりは自分なら大丈夫だと思っていた。
運動神経は悪くない。
リズム感だってある。
何より、自分は“こういう側”の人間だと思っていた。
オーディション当日。
体育館の鏡に映る自分を見て、ひよりは小さく息を吐いた。
いける。
音楽が始まる。
ステップ。
ターン。
振り付けをなぞる。
最初は順調だった。
周りより動けている感覚もあった。
いける。
そう思った瞬間だった。
ズキッ。
「……っ」
右膝に、嫌な痛みが走る。
一瞬、呼吸が止まった。
でも止まれない。
ひよりは無理やり笑顔を作る。
音楽は続く。
ターン。
着地。
また痛む。
ズキッ。
ズキッ。
足が遅れる。
鏡の中、自分だけテンポがずれていく。
先輩の目線が動いた気がした。
恥ずかしい。
やめたい。
でも止まりたくない。
なのに、膝が言うことを聞かない。
曲が終わる頃には、汗で前髪が張り付いていた。
「ありがとうございましたー」
先輩の声。
周囲の女子たちは笑顔で戻っていく。
ひよりだけが、右膝を押さえながらゆっくり歩いた。
――ああ。
終わった。
結果発表は、その日の放課後だった。
掲示板の前に集まる人だかり。
ひよりは、自分の名前を探す。
一回。
二回。
三回。
ない。
何度見ても名前はなかった。
「……え」
心臓が冷える。
通った子たちの歓声が遠く聞こえた。
「やったー!」
「まじ!?」
「ひよりは?」
誰かの声。
ひよりは反射的に笑った。
「あー、落ちたわ」
軽く。
なんでもないみたいに。
でも喉が苦しかった。
逃げるように校舎を出る。
夕方だった。
空のオレンジが闇に吸い込まれそうだ。
最悪だ。
中学デビュー、失敗。
ダンス部に入れなかった自分に、価値なんてない気がした。
ひよりは俯いたまま、第二体育館の前を通る。
その時だった。
――カッ。
乾いた音が響く。
昨日聞いた音。
でも今日は、やけに耳に残った。
カッ。
カカッ。
まるで何かが始まる合図みたいに。
ご精読ありがとうございました。
もし、よければ第2話以降も更新していくのでよろしくお願いします。




