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歴代天皇即位の軌跡  作者: じゅう
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白河天皇

 貞仁(さだひと)親王が即位した(白河天皇)のは20歳のときであった。先帝および陽明門院(禎子内親王)の意向で幼い異母弟の実仁(さねひと)親王が皇太弟となった。さらに譲位後まもなくして実仁親王の同母弟の輔仁(すけひと)親王が生まれると、その次の天皇にはこの親王をという意向を見せた。気の早すぎる話だが、これは藤原氏の権力を抑えるため、藤原氏以外の血を引く皇嗣を早めに決めてしまおうという意図があったからだ。

 譲位した後三条上皇はまだまだ政務に意欲があったため、体調が良くなり次第、我が子の補佐をするつもりであったが残念なことに病からは回復することなく半年足らずで亡くなった。

 天皇には東宮時代からの后、藤原賢子がいた。賢子は左大臣・藤原師実(頼通の子)の養女で政治的意図のある結婚であったが二人は深く愛し合うようになった。

 後三条上皇が亡くなった後に、二人の間に初めての男子・敦文親王が生まれるが彼は幼くして病死。その二年後に二人目の男子・善仁(たるひと)親王が誕生したが今度は賢子が若くして亡くなってしまう。天皇はわずかな間に愛する者を重ねて失った悲しみから、善仁親王をより深く愛し、ぜひ将来天皇につけたいと思うようになった。しかし陽明門院や反藤原摂関家の勢力の反発を恐れ言い出せないでいた。

 だが運命のいたずらか、それからまもなくして実仁親王が15歳の若さで病死する。先帝の意向を汲むならば新たな皇太弟には輔仁親王を立てるところだが、天皇はそれを無視し、善仁親王を皇太子とするとその日のうちに譲位した。この強引なやり方に陽明門院は激怒した。

挿絵(By みてみん)

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