花山天皇
将来の天皇として望まれて生まれてきたはずの師貞親王だったが、先帝の在位中に状況が変わった。親王の外祖父の藤原伊尹が亡くなり後ろ盾を失ったのだ。伊尹の子の義懐が親王に付き従っていたがまだ若く後ろ盾としてはやや弱かった。
そして親王自身にも少々問題があった。芸術方面に於いては非凡な才能があったようだが、しばしば奇行で周りを驚かせていた。父のように障害があったというよりはロックな人物と言ったほうがよいかもしれない。そして祖父に似たのか非常に好色でもあった。
即位の日、大極殿で待機していた17歳の親王は性欲の昂りを抑えられず女官を一室に連れ込んで「行為」を始めてしまったという。その後も即位式がまだ終わらないうちに、冠が重いと言って脱ぎ捨てようとしたとも伝えられている。
なんだかんだで即位した天皇(花山天皇)は関白には引き続き藤原頼忠を任命し、皇太子には先帝の意向に従って懐仁親王を立てた。
さて、天皇の責務として后を迎えることになるのだが、ぐへへ、ハーレムだぜ、とはならなかった。天皇は藤原忯子という女御に惚れ込み、他の后そっちのけで彼女のもとに通った。やがて忯子は妊娠するが、天皇は夢中になりすぎて愛情にいたわりの心が欠けてしまったため、彼女は身籠ったまま体調を悪くして亡くなってしまう。落ち込んだ天皇は無気力になり出家を周りにほのめかすようになった。義懐や天皇の乳兄弟の藤原惟成は宥めて何とか思いとどまらせていた。
そんなある晩、藤原道兼(兼家の子)が天皇と二人きりのときに、やはり仏道に入って忯子を供養するのが良いでしょう、と言葉巧みに出家を勧める。天皇は迷ったが、道兼は私も一緒に出家しますと言ったので共に寺へ向かった。このとき他の人間には何も言わずに出発したため、直後に天皇が行方不明になったと大騒ぎになった。天皇は寺に着くまでの間、何度もためらったが、途中、安倍晴明の屋敷の前を通りがかったときに「おや、占いで帝が退位なさると出たぞ。式神よ、確かめてまいれ」と言っているのを聞き、自分の運命はもう決まっているのだと悟った。
寺につき、いよいよ剃髪と言う時、天皇が道兼の方を見やると剃髪の準備をしていない。道兼は、私は親に出家すると挨拶してきます、といってその場からスタコラサッサと逃げだした。あっ、と思ったときには時すでに遅し。天皇は騙されたと気づき歯嚙みした。
道兼は父の兼家から天皇の悲しみにつけこんで出家させよと命じられていた。懐仁親王の外祖父は兼家であり、早く即位させて摂政になりたかったのだ。
やがて義懐や惟成が天皇を探し当てたとき、そこには完全にあきらめて仏門に入った天皇の姿が。がっくりする彼らだったが、天皇につきあって一緒に出家した。これをもって天皇は懐仁親王に譲位したとみなされた。
しかし数年後、忯子を失った悲しみが癒えた花山法皇は幾人もの他の女性のところに通うようになる。出家とは何だったのか。




