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歴代天皇即位の軌跡  作者: じゅう
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村上天皇

 譲位され天皇(村上天皇)に即位した成明親王は、藤原忠平を先代から引き続きそのまま関白としたが、自ら政務を執る意欲はあったようだ。即位からしばらくして忠平が亡くなると関白を立てることはしなかった。しかし、忠平の子である実頼と師輔の兄弟をそれぞれ左大臣、右大臣に任命しており、藤原氏の権力はますます強くなっている。また、兄と違って好色だった天皇は10人以上の后を迎えた。無論、天皇としての責務でもある。

 余談だが、村上天皇の時代に陽成上皇が亡くなっている。時間感覚が狂いそうだが、退位した陽成上皇は大変長生きをしてその後の歴代天皇の時代を見守っていたのだ。

 やがて天皇に待望の男子・広平親王が生まれる。母親は藤原元方(藤原南家)の娘、祐姫だった。この頃の藤原南家は藤原氏とはいえ落ちぶれており、再興のチャンスだと元方の胸は弾む。ところが、それからまもなくして、別の后、藤原安子の妊娠が明らかになる。安子は藤原師輔(藤原北家)の娘だ。今ここで男子が誕生となれば、藤原北家に敵うわけがない。

 そんな時に、貴族のみなさんで庚申講が開かれる。庚申講とは庚申の日の夜を寝ずに過ごして無病息災を祈るという行事だ(現在も続けられている)。夜更かしする間の暇つぶしとしてすごろくをすることになるのだが、師輔は「ここで6のゾロ目が出たら、男子誕生!」と願掛けのような占いのようなことをする。すると一発で6ゾロが出て、実際に男子(憲平親王)が誕生した。そして生後2か月で皇太子となる。元方は悔しさのあまり体調を崩し、それから数年後に亡くなってしまった。

 この時代の藤原北家の権勢は皇室以上に強く、天皇の母はほとんど藤原北家の姫で占められている。そのためか、中宮(この時代は皇后=中宮)の藤原安子は完全に尻に敷いていたようだ。

 天皇が夜に安子の部屋にやってきたときも入口の格子を開けずにじらしてみたり、かと思えば他の后とイチャついているときには、割れたお皿のカケラを投げつけて邪魔したり。たまりかねて天皇が安子の兄弟に対して教育不行き届きを責める意味で謹慎処分にすると、安子が乗り込んできて「すぐ謹慎を解除しなさい。今すぐ、ここで!」とまくし立てて天皇に言うことを聞かせたという逸話が残っている。

 さて、皇太子の憲平親王だが、成長するにつれて少しばかりおかしいことに周りが気づいていく。どうも発達障害のある子だったらしく、年齢不相応な奇行をすることがあったようだ。障害は軽度だったので日常生活には問題なかったが、将来の天皇としてはどうかというレベルだった。これを藤原元方の祟りだという者もいた。だが、権力を手中に収めておきたい藤原北家は廃太子することはなかった。

 しばらく後の話になるが、天皇は再び発達障害の皇子の永平親王をもうけることになる(母親は安子に皿のカケラを投げつけられた藤原芳子)。遺伝的要因があったのかもしれない。この親王と叔父の藤原済時との間にはちょっとした逸話があるのだが皇位には関係ないので割愛する。

 天皇は政治よりも文化方面で業績を残し、42歳で亡くなった。

挿絵(By みてみん)

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