第2話(前)
地球統一に向け、休戦に終止符を打ったヴィクトル。一方ランスは劣勢を覆すため、戦争にクロスオーメンを投入しようとするも、ひとまず講和を模索すべきと考える稲田に提供を拒否される。
東シナ海の事件以降、クロスオーメンが使われないまま一ヶ月が経過。誰もが恐れた展開はひとまず先送りにされている。しかし現場で戦う兵士にとって、毎日が地獄であることに変わりなかった。
八月某日。
休戦終了から一ヶ月が過ぎた。係争地をめぐる争いはまずアジアで激しくなり、ドローンの数で劣る連邦は太平洋側へと日に日に後退していた。そんな中で連邦軍が期待するのは休戦前と同じく、人型兵器「アサルトフレーム」の活躍である。
ドローンは人間に比べ、戦いにおいて優れた点を二つ持っている。一つは訓練が不要で、捨身の攻撃で数を減らしても補充が容易なこと。もう一つは一糸乱れぬ連携である。仲間と即座に情報を共有し、一個の生物と化す彼らに比べれば、人間のチームはどんなに訓練を積んでも意思統一が遅く、結果すべての局面で初動が遅れる。戦場の主役がドローンであることは、もはや変えようのない時代の流れだった。
ただしドローンにも弱点は残っている。意思統一を支える通信網だ。一個の生物と化すドローンだからこそ、通信網が欠けることは脳が欠けることに等しく、これをドローンの指揮者である《DC》たちは極端に嫌う。だからこそやる価値がある。味方ドローンの最前列よりさらに敵陣深くへと踏み込み、ジャマーを起動して敵ドローンの通信網を叩く。これがアサルトフレームをはじめとした有人兵器部隊の主な役割だ。
しかしこれは容易な戦術ではない。訓練に時間のかかる貴重なパイロットが、敵陣で孤立することに変わりはないからだ。
通信網から切り離されてもドローンは無力ではない。スタンドアロン状態の戦闘プログラムは日々進化しており、攻略できる兵士も減り続けている。アサルトフレームは搭乗者の神経を制御に使うため、人型であることもハンデとなる。
それでも生還を見込まれる精鋭だけが、アサルトフレームに乗ることを許される。彼らは最も進化した戦闘集団であると同時に、おそらくは人類最後の戦闘集団である。
『大佐、威力偵察終わりました。動画送ります』
「よし」
大佐と呼ばれた男――セルゲイ・ヴァロフは専用アサルトフレーム《アイアン・イーグル》」の骨盤にうずくまりながら、パワードスーツのメットに転送されてきた動画を見た。緩やかな丘陵が囲う窪地にバルコの輸送ヘリと、彼らが運んできた大小様々のコンテナが集まっている。中身は建築資材らしく、窪地にバルコの防衛拠点が建造されるものと思われた。
「敵がレールガンを配備するまで、どれくらい猶予がある?」
『半日ありません。物資を囲うU字型の丘陵に、もう大型レーザーのレールが通っています。これ以上数が増えたら厄介です』
刻一刻と堅牢な要塞化がすすむバルコの防衛拠点。建設開始から一週間もすれば二千五百キロメートル範囲の航空機を撃ち落とすようになる。そうなる前に素早く発見し、つぶし、あわよくば建設物資を回収するのがセルゲイたちの任務だ。
「敵の数は」
『見える範囲で千百十二』
「まだ食える数だな。すぐに出るぞ」
『了解』
――それにしても、窪地周辺には昨日まで何も無かった。戦いなら人間の出る幕もまだあるが、土木作業ではノーチャンスだな。
丘陵の上に伸びるレールを目で計りながらセルゲイはそう思った。そして人間のチャンスなど、いずれ全て無くなるだろう、とも。
「偵察のドローンが最初に撃墜されたのはいつごろだ」
『二十分前です。命令通り北側から陽動をかけています。かなり無茶な進軍をしているのでドローンの被害も大きいですが』
早口で報告するホリン・マナカ中尉はアサルトフレームではなく、六本足の先に車輪を履いた装甲車に乗り、足場良好な後方のハイウェイ跡からドローンを指揮している。セルゲイからの信頼厚いDCである彼は、地平線の向こうで戦線をぶつけ合うドローンたちを指揮している。
「アサルトフレームは《スピアー》で運ぶ。ホリン、敵が少ないルートを作っておけ。必要なら陽動作戦に部隊を追加しろ」
『はい!』
「ジュリアン、お前は後方から火力支援だ。私がレーザーを潰すから、間髪入れずにミサイルを放り込め」
『OK』
部隊の《ガンナー(後衛)》を務めるジュリアン・チャプマン少佐の専用アサルトフレームは、狙撃用ライフルや連続ミサイルで武装した《ビッグ・ピラー》である。全高五メートル、肩幅三メートル弱の体格に目いっぱい弾薬を積んでいるため、火力に優れる代わりに装甲が薄く、主に後方支援を担当する。
ドローンの通信を阻害するジャマーは、基本的にガンナーが積んでいる。このためガンナーは護衛の《ファイター(前衛)》よりも巨大化する傾向がある。ビッグ・ピラーは連邦軍最大のアサルトフレームだが、ベストガンナーの呼び声高いジュリアンは、的になりがちな愛機を犠牲にしたことがない。
「ニキータ、お前は私と来い。出すぎるなよ、わかったな?」
『……了解』
二十歳のニキータ・ヴァロフ少尉はセルゲイの息子で、父親と同じ《ファイター(前衛)》である。アサルトフレームは胴体にパイロットを抱え、バックパックが大きいほど弾薬を運べるため、基本的にずんぐりとした体型になる。ジャマーを抱えるガンナーの護衛として最前線を行くファイターたちは運動性を欲しがるが、このずんぐり体型は運動性を阻害するため、古今東西のファイターたちは常に悩ましい調整を強いられてきた。
現代では装甲と弾薬量が重要とされ、極端にスリムな機体は減りつつある。しかし全高三メートル半ばのニキータ専用機は大きなショックブレードを振り回すために骨格、人工筋肉量が設定されており、胴体はスリムで手足も長い。ショックブレードの威力はすさまじく破壊効率もいいため、当たりさえすれば少ない弾薬をカバーできる。しかし的としても大きいアサルトフレームが飛び道具だらけの戦場でそれを抜く機会はほとんどない。
それでもニキータは隙あらば剣を振り回そうとする。実際にクロスレンジでの戦闘力は神懸かっているものの、セルゲイの親心がそれを讃えることはない。そもそも軍へ入ること自体に反対だった。途中に仮眠や殴りあいを挟みながら三日三晩説教しても聞かず、ついには勝手に入隊してしまった。五年前のことだ。
どうせなら手の届く場所に、と考えてセルゲイは息子を部隊に呼び寄せた。あれだけ言っても聞かなかったニキータが、戦場では従順なことは不幸中の幸いである。
「よし、頃合だ……行くぞ」
予報どおり、曇天から大粒の雨が降り始めていた。夏の正午に似つかわしくない暗さ、コックピットに差し込んでくる弱々しい陽光に、セルゲイはロケットの中の写真をかざす。
遺体さえ見つからない妻・メラーニエの写真。ニキータの輝くような金髪は彼女が授けたものだ。テロの犠牲という悲惨な別れ方をしたのに、年月が経って残ったのはいい思い出だけだった。悲しみも憎悪も、十五年という時間とニキータによって取り除かれた。セルゲイ自身の意思に関わらず。
こちらを見ているメラーニエの曖昧な微笑みは、毎日の精神状態を教えてくれる。この一月余りはずっと憂いているように見えた。ニキータが戦場に出始めてから、ずっと。
アイアン・イーグルの胸郭に当たるハッチを閉め、全高四メートルの愛機を立ち上がらせた。巨体を動かす灰色の人工筋肉が、パワードスーツを着たセルゲイの手足や胴を締め付け、彼の姿勢を安定させる。
真っ暗闇に包まれたのは一瞬のこと、すぐメットのベゼルとコンタクトレンズ型のウェアラブル端末に、外の景色とセンサーの情報が写される。首と視線をぐるりと回して、映像に乱れがないか確かめる。
スラスターを備えた弾薬入りのバックパックを背負えば、出撃準備は完了だ。三十年という戦歴の中、度重なるアップグレードを経ても変わらないバランス型の機体は「迷ったらセルゲイの真似をしろ」と言われ、パイロット達から信頼されている。彼が交戦回数一万回を誇る、世界最強のパイロットだからである。
今度も目の前の戦いから、生きて帰る。仲間と共に。
セルゲイの頭にあるのはそれだけだった。
○
安全圏の輸送機から投下されたセルゲイたちは、旧カンボジア領、アンコール遺跡群の上空を、スピアーと呼ばれるアサルトフレーム用の運搬ロケットで横切っていく。
『交戦地帯まであと三十秒。高度千五百メートルを維持すれば、レーザー以外は避けられます』
「レーザーが南側に来たのか?」
『はい。そちらに向かいました。例の大型です』
百キロ先、降りしきる雨の向こう側。レールの敷かれた丘陵の上にメタリックグレーの四角い箱が台車と一セットでいくつか並んでいる。セルゲイたちの方向から見ても投射口は見当たらず、一見すると何の設備か解らない。しかし。
『大佐! ビームコーティングが!』
ホリンが叫ぶと同時に、セルゲイを運んでいたスピアーから激しく煙が立ち上り、銀色の流線的なフォルムの上を流れていく。
レール上の四角い箱に変化は見られない。しかしこちらを向いている面にはいくつかの穴が開いていて、そこからレーザーが出ているのだ。焼けていくビームコーティングが証拠だった。
アサルトフレームにもレーザー兵器は備わっているが出力が弱く、至近距離で敵のセンサーを狙い撃つためにある。エネルギー消費の多いレーザー兵器で百キロ先を攻撃するには、核融合炉からのエネルギー供給が必要だ。
しかし融合炉さえ叩けばレーザーだけでなく、周辺に居るドローンのエネルギー源を断つことが出来る。敵は撤退するしかなくなるだろう。
『ドローンで遮蔽します』
「いや、敵との航空戦に専念しろ。ジュリアン、お前のスピアーを盾にする」
『解った』
「二人とも雲に入れ」
雨雲の中に入ったセルゲイたちを、航空機型のドローンたちが追い抜いていく。地上で戦列をぶつけ合っている四足、六足型ドローンたちの真上に差し掛かる頃だ。そこを飛び越えさせまいと、バルコ側の航空機型も巡航をやめ、突進してくる。
雲の上では陽光に、下では雨に晒されながら、航空機型はまずミサイルを撃ち合い、そして生き残りが格闘戦を始める。激しい砲火の応酬、しかし敵の狙いはあくまでセルゲイたちである。
『前、代わるぜ』
「頼む」
ジェットを噴かしてジュリアンがやや先行する。セルゲイとニキータは彼を矢面にして雲を貫通してくるレーザーをやり過ごす。地上からの砲撃を、機銃掃射で未然に防いだ航空機型が、飛んできたミサイルを迎撃しようと撃ち始める。しかしそれが叶わないと解ると身を挺してスピアーを庇い、撃墜されていった。
そうしてドローンたちに守られながら、セルゲイたちは丘陵との距離を縮める。縮めていくほどに、ジュリアンのスピアーから飛び散る火花が激しさを増していった。
「頃合だ、ジュリアンは降りろ」
『俺のスピアーも連れていきな。弾除けくらいにはなる』
「ホリン、遠隔操作出来るか?」
『はい』
ジュリアンはスピアーを切り離し、パラシュートを開き、足首と腰、肩口のスラスターを噴かして減速する。木々がまばらに生える平地に着地した後はパラシュートを捨て、足裏の車輪を上手く転がし前方の二人を追う。木々の際を縫いながらも速度を落とさない巨体が、枝葉に巻き散らした泥はやがて雨に洗い流されていく。
「砲撃の間合いまではこのまま進む。直前で高度を落とし、スピアーを切り離す。いいな、ニキータ」
『了解』
敵の拠点周辺には移動式砲台がいくつかある。しかし回避プログラムを備えた現代兵器に対する「間合い」は、せいぜい数キロメートルに過ぎない。弾幕を張るには数が少なく、弾速の早いレールガンは配備が間に合っていない。
しかし襲撃があと半日遅れていれば、こうして空から近づくことも出来なかっただろう。
「いいか、レーザーに身を晒すなよ。スピアーの陰から出るな」
『解ってます』
「ホリン、火力支援をよこせ」
『はい』
敵の防空網を突破した航空機型が、最後のミサイルを撃ち込む。それに砲台の数を減らされたこともあって、バルコ軍は核融合炉から二キロの地点まで、セルゲイたちを近づけてしまった。
二人はスピアーを切り離し、パラシュートで減速しながら降下する。大型レーザーはセルゲイたちを焼こうとレール上を激しく動くが、その都度スピアーが射線を遮り、またセルゲイたちもスラスターを吹かしてスピアーの影に隠れる。
「ランチャーにロケットを装填しろ。スピアーの後を追わせるんだ」
『了解』
着地の後は減速せず、そのまま余勢を駆って進む。アサルトライフルの銃口下にあるランチャーへ小型ミサイルを送り込みながら、スピアーのカメラが写す光景を見る。
「撃て、ニキータ」
言いながら自らも撃つ。ランチャーから放たれたミサイルが、スピアーの後を追うように敵陣へ向かっていく。
「林の中に隠れろ。止まらずに追いかけるぞ」
『了解』
『スピアーのカメラ、レーザーに焼かれました!!』
「ニキータ、カメラを上げろ」
アイアン・イーグルとのレッド・ガストが背負うバックパックから、小型カメラが上空へ射出された。
ドローンを含め、兵士が得た情報は妨害を受けない限り部隊全体で共有される。ニキータたちは今、数十キロ後方でドローンと戦うジュリアンの状況を見ることができるし、上空にカメラがあれば俯瞰視点で自分を見ることもできる。
『小型カメラ、潰されました』
「もう一度上げろ」
バルコ側の砲撃でスピアーが爆発炎上を始める。ジュリアンを運んだものは手前で墜落したが、他の二機は丘陵へと突っ込んでいく。大型レーザーを乗せた台車が甲高い悲鳴を上げながら急発進し、スピアーの突入地点から少しでも遠ざかろうとする。
「もう一度」
ニキータ達もカメラを潰されるたびに上げなおし、スピアーとミサイルの突入地点を修正する。戦いの重要な分岐点に向け、緊迫した時間が流れていく。そして。
「よし、いいぞ――もうかわせない」
地響きを立てながらスピアーは枕木をなぎ払い、その下にある杭を砕いた。傾きだした大型レーザーは小形ミサイルに噛み付かれ、直後の爆発に押されて斜面を転げ落ちていく。
「ジュリアン、敵のドローンはどうだ? キツいか?」
『楽勝だよ』
人間と違い、ドローンには経験の差というものがない。一機が獲得したノウハウを即座に共有できるからだ。多くのドローンが同じ形態であれば、それだけ多くのノウハウを共有できるので、連邦バルコともドローンの殆どが《主要四形態》を採用している。
まず装甲に優れ、昆虫を模した動きをする六足型、運動性に優れ、哺乳類や爬虫類を模した四足型、燃料の補給手段があれば強力な爆撃も行える航空機型、そして主に後方支援や通信支援をするヘリ型である。さらに命を持たないドローンは捨て身の攻撃も出来るため、一機ごとのコストは安く、数を増やす傾向にある。
蓄積されたノウハウと、偶然を排除する数の多さ。そして一糸乱れぬ連携。現代戦は盤上のチェスにより近づき、状況にそぐわない判断にはより厳格な裁きが下る。
『ジャマーを起動するぜ。しばらくサヨナラだ』
ジュリアンを中心に半径数キロの範囲で通信障害が発生する。敵味方の区別がない諸刃の剣だが、ドローンの戦列を飛び越えているので影響はバルコ側にしか出ない。一部とはいえ、ドローンの命令が更新できないことはDCにとって大きなストレスだ。脳梗塞という表現はDC達のスラングでもある。
バルコのDCは数十機の四足型にジャマーの討伐を命じた。狼を模した足の速い四足型がビック・ピラーへと殺到していく。
『おー来た来た。急げよホリン』
ジュリアンはアンコール遺跡の一つに向かって平地を後退しながら、狙撃銃の弾速を活かして四足型を討ち取っていく。対する四足型は頭の代わりに付いている砲を撃つこともなく、全速力でジュリアンを追いかける。
遠距離の撃ち合いであれば、射撃と回避のプログラムが機体と武器の性能を限界まで引き出してくれるため、的の大きさ、互いの運動性能、弾の速さで間合いが決まる。子牛大で足も速い四足型だが、倍以上に大きいビッグ・ピラーも高価なスラスターを備えるため鈍足ではない。弾速で大きく勝るジュリアンはそれを最大限に活かしながら、敵の間合いに入ることなく遺跡までたどり着いた。
堂の壁や木々にむかってカメラを射出、貼り付けながら、ジュリアンは回廊の角に蹲った。追いかけてきた四足型は足跡を辿り、迷路のように入り組んだ遺跡内を散開してジュリアンを探す。
『ふぅー』
ジュリアンは笑った。敵のドローンは単純にこちらの後を追うよう命じられているらしい。DCならもう少しイヤらしい命令を思い付かなきゃな、と思った。いくらドローンが優秀でもその価値は指揮官次第、兵士と同じだ。
ジュリアンはジャマーを切った。点在するカメラが四足型の居場所を捉え、ジュリアンに座標を送る。バルコのDCも命令を更新しようとするが、もう遅い。ジュリアンは穏やかな気持ちで連続ミサイルを発射した。一瞬上空へ舞い上がった小型ミサイルが、四足型の頭上へと降りそそぐ。
『ボス、発電所が見えたら狼煙上げてくれ。そしたらジャマー切って、ミサイル撃ち込む』
「了解。よくやった、ジュリアン」
ジュリアンは通信を切り、のうのうとジャミングを再開した。彼の活躍でホリンの操るドローンが優勢となり、瞬く間にバルコのドローンを殲滅していく。
○
『敵の輸送機が撤退を始めた。急ぐぞニキータ』
「了解」
資材を持ち帰られては実入りが減る。だが資材以上に優先して確保しなければならないものがあった。それはDCやアサルトフレーム・パイロットといった敵兵士たちである。
『敵衛星に動きあり!』
強張ったホリンの声が聞こえる。
『そうか。狙いはどこだ?』
『我々です。陣地の偽装は見破られていたようですね、間もなく真上に差し掛かります』
軍事衛星は休戦中にチャンドラによってアップグレードされた。新型は「アグニ」と名付けられ、旧型と比べ推進剤による細やかな方向転換が効くようになり、遥か四万キロメートル上空から動く標的も狙えるようになった。一回の攻撃で大都市をクレーターに変える破壊力を持つアグニのために、連邦軍は貴重なアサルトフレームのパイロットを、このひと月だけで五人失っている。
ヴィクトルはマイケルの助言を受け入れ、連邦がクロスオーメンを使わない限り、アグニも防衛にしか使わないと宣言した。破局的な戦争が、もう明日にも迫っていることをニキータは思い出す。
『ニキータ、丘陵の上にスモークを焚け』
「了解」
ニキータは雑念を振り払った。ともかく、生き残るため目の前の戦いに勝たなくてはいけない。セルゲイと共に、敵陣を囲う丘陵の頂上にスモーク弾をいくつか撒いた。化学反応によって生じた熱が、濡れた地面から湯気を立ち上らせ、白煙をより一層濃いものにする。
「大佐……!」
いよいよ大詰めである。ニキータは父親の背中を見送りながら息を飲んだ。
身を屈めながらセルゲイは煙の中に突っ込んでいく。彼が射出したカメラは丘陵の向こう側を一瞬だけ映すものの、すぐにドローンたちの短射程レーザーによって焼かれてしまう。だがセルゲイには一瞬で十分だった。射撃と回避のプログラムを停止し、視界ゼロのままマニュアルでアサルトライフルを撃つ。
敵陣の六足型たちは、なにも棒立ちだったわけではない。移動しながら、あるいはコンテナの陰に遮蔽を取りながら煙の中のマズルフラッシュ目掛けて応戦していた。だがセルゲイの弾丸はドローンを深々と抉るのに、ドローンの弾丸はセルゲイの左肩から手の甲までを覆う盾に弾かれてしまう。
そのことを、ニキータは聞こえてくる音で察していた。甲高い兆弾の音は近くから、破滅的な重い音は遠くから響いてくる。やがてセルゲイは煙の中から戻り、機体表面を雨で冷やしながら悠々と弾倉を換えた。
「大佐、盾を換えますか?」
『いや、破損はない』
ファイターの多くが持つ盾には専用のコーティング剤があり、液体としてアサルトフレームの体内に蓄えられている。ビームコーティング的な性能もそれなりに持つ一方で、強い衝撃を受けると固形物化する特性があり、接着剤と空気の混ざったジェルとして盾を覆い、銃弾を滑らせることに一役買っている。
銃弾を直角に受けてしまえばあっさり壊れるため扱いには注意が必要で、コーティングする際はコーティング面積などもパイロットの裁量で決めなくてはならない。アイアン・イーグルのバックパック脇に折りたたまれていたサブアームが、スプレーでコーティングを復元した。
盾を液体にして、体内に蓄えているとも言えるこのシステムが、ファイターたちの堅牢さに寄与している。
『もっとスモークを焚け』
「はい」
ニキータが新しくスモークを焚き、セルゲイは先ほどの手順を繰り返し始めた。今度は煙の中から時折姿を見せる余裕があり、残り少ないドローンたちを速やかに沈めていく。
射的の上手さなら人間に勝ち目は無いはずなのだ。しかしセルゲイはお互いの視界に制限を加えることで、予測の力を台頭させている。それをこの完成度でこなせるのは彼だけだとニキータは思った。ドローンの動きにも多くのパターンがあるのに、一目見ただけでその後の動きを見切ってしまう。
どこから顔を出し、どういう角度で撃ってくるか。全てを見切っていなければ、敵陣に引きこもるドローン部隊を、一度の被弾も無いまま壊滅させることなど出来ない。
『アグニが撃った! 撃ちました!』
ホリンが叫ぶと同時に、セルゲイはスモークの中から狼煙を立てた。ジュリアンがジャミングを停止する。
『どうしたボス、発電所を視界に入れろ』
『ジュリアン、時計の針を合わせろ』
砲弾は秒速百キロメートルで地球へ向かってくる。着弾までおよそ四百秒しかない。
『向こうにもアサルトフレームが居た。今逃げていった。捕まえに行くから、お前もこっちに来い……バルコ人の傍が、一番安全だ』
『発電所を壊すのは俺のミサイルだったな。終わったらすぐ装備を捨てて――』
『駄目だ、このままでは敵を逃がすことになる。足止めのためにお前のミサイルが必要だ』
『……解ったよ。頼むぜ、ボス』
『ああ。ホリン、ドローンを使って彼を護衛しろ』
『了解!』
「大佐、行きましょう!」
『よし、突撃する』
○
セルゲイたちは敵のアサルトフレームが輸送ヘリに乗り込む直前で、その羽を撃つことができた。周囲には仮設の工場がいくつか並び、資材入りと見られるコンテナもある。その向こうには管理する者の居なくなったアンコール・ワットが見える。
ヘリを壊されたバルコ兵たちは遺跡に向かって逃げ始めた。四機ともニキータたちと同じファイターなので、全速力で逃げる彼らとの距離が縮まらない。
「大佐、どうしますか」
そうなると重装備のジュリアンは置いてけぼりだ。アグニの弾丸は推進剤による軌道修正も可能なので、安全地帯は敵兵を中心にせいぜい一キロメートル以内だとセルゲイは踏んでいた。ジュリアンとの距離はまだ二十キロメートルもある。
『焦るな、ニキータ』
瞬間、セルゲイが跳んだ。ジャンプの後にスラスターを吹かし、高さ二十メートル以上まで飛び上がる。林の中を器用に縫って逃げるバルコ兵の姿が、セルゲイたちのメットに映る。
「少佐!」
『よっしゃ!』
ジュリアンが連続ミサイルを撃った。上空へ舞い上がったミサイルが、セルゲイの視界を通してバルコ兵を捕捉する。
しかし四人いるバルコ兵たちも黙ってはいない。彼らは空中のセルゲイを撃墜すべくアサルトライフルを撃ち返す。弾丸が轟音とともに交錯する。セルゲイは機体制御のセーフティーを切り、運動性能を限界まで使って回避した。スラスターを断続的に吹かして縦横に激しく揺れると、乗員の身体にもリスクがある。だがそれを気にしていては死ぬ場面だ。
『……ふぅー、はぁー……』
鼻血をすすりながらセルゲイは深呼吸をした。身を晒したのがほんの二秒強の間だったため、盾はコーティングが剥げるだけで済んだ。身体への負担は大きいものの、機体への損害はない。
回避プログラムに頼るだけでは撃墜されていたはずだ、あとであの回避運動を分析してみよう……ニキータは上空を通り過ぎるミサイルを確認しながらそう思った。そして射撃体勢に入る。
バルコ兵にジュリアンの連続ミサイルが襲い掛かる。急旋回してミサイルを一列にまとめ、アサルトライフルで撃墜するもの、榴弾を投げつけ誘爆させ、爆風を盾で防ぐもの……どれも水際立った回避運動だったが、それはアサルトライフルで狙うニキータにとって恰好の隙だった。
「……やるな」
射撃プログラムのなかに自分の意図を交えて撃った。それは上手く行ったように思う。しかし狙いをつけた二機は銃弾をいくつも受け、人工筋肉から黒い血液を噴出しているものの、なんとか致命傷は避けていた。チャンスが多すぎたため目移りしたのが良くなかったかもしれない、欲張らず一機に絞れば良かったか……そう反省するニキータの脇を、盾にコーティングを施しながらセルゲイが疾走していく。
足裏のローラーでぬかるんだ土の地面を滑り、時折木の根を跨ぎながら。それでも上半身の動きは全く影響を受けない。ニキータは弾倉を交換しながらなんとか真似しようと動き始めた。
直後、セルゲイが二発撃った。標的となった一機は他の三機よりミサイル回避に手間取っていた。最後のミサイルを撃ち落とした後、彼は膝を打ち抜かれて回転しながら尻餅をついた。回転したせいで、セルゲイに背中を晒すことになった。
アサルトフレームの装甲は前面に集中し、背後はバックパックやスラスターを備えるため急所となる。セルゲイは続けざまに二発撃った、弾丸は二発ともスラスターの排気口に吸い込まれていく。
動けなくなったバルコ兵だが、決断は早かった。大した損傷はないアサルトフレームを惜しまず捨て、パワードスーツ姿のまま逃走を再開する。
だが尻尾を掴んだことに変わりない。
『よし、これで追いつける』
「おそらくあの遺跡で合流し、隙を見て逃げるつもりでしょう」
『急げ、ジュリアン』
『急いでるっつの!』
ジュリアンは既に武器を捨て、全速力で疾走している。着弾まであと二百秒、それだけあれば遺跡手前まで辿り着けるかもしれないが、バルコ兵に隣接しない限り安全でないと思うべきだった。
『それより早く敵を狩りな』
『そうだな。私に続け、ニキータ。出過ぎるなよ?』
「……」
『どうした、文句があるのか?』
「いえ」
絶対に逃がすな、と言って欲しかった。そりゃあ腕に自信はお有りだろうが、この局面で指揮官が兵士にかける言葉はこれだろうと思った。
ニキータが始めて初めて実戦に出たのは、休戦終了直後の一月前である。だが現代は東京VRのおかげで実戦と変わりない訓練が積める。しかも教導を務めるのは他でもない、交戦回数一万回を誇る世界最強のアサルトフレーム乗り・セルゲイ・ヴァロフだ。彼の圧倒的な経験値を引き継げば、ベテランとルーキーの差は無いに等しい。
しかしセルゲイの態度にはルーキーに対する気遣い以上のものがある。彼の子煩悩のせいで、ニキータは度々いまのような恥ずかしい思いをしてきた。セルゲイを慕うジュリアンやホリンは何も言わないが、内心では苦笑いしているだろう。
遺跡の影に隠れたバルコ兵たちが、周辺にカメラを射出する。情報量の差は大きいが、危険な待ち伏せを恐れてばかりも居られない。
『私が先行して探る。合図をしたら来い』
「……はい」
いい加減にしろと言いたかった。そんなニキータの心を酌んだかのように、バルコ兵が討って出てきた。ちょうどセルゲイが角を曲がった瞬間、待っていたかのように側面から姿を現した二機がニキータへと狙いをつける。
『退け!』
ニキータは命令に従った。ただし撃ちながら従った。セルゲイの舌打ちが聞こえる。
相手は二機だが、射角の決定権は引き撃ちするニキータにある。ニキータの盾は肘の先までを覆う六角形の小振りなものだが、お互い弾を打ち切ったとき、盾へのダメージは二機いるバルコ兵のほうが大きかった。
「ふん」
盾を持つファイター同士の戦いはプログラムに頼りすぎるとそれを見切られ、弾をはじかれてしまう。まして距離百メートル足らずの今、良くも悪くも超反射だのみであるプログラムより重要なのは、パイロットの読みだ。この調子なら撃ち合いを続けても負けはしない……弾倉を交換するため堂の陰に滑り込んだとき、敵がそのまま突っ込んでくる気配を感じた。ニキータは歯を剥いた。
堂の陰から躍り出ると、彼我の距離は二十メートル前後にまで縮まっていた。バルコ兵は一人が正対、一人が回りこみながら、手分けしてレッド・ガストの目にレーザーを照射した。レンズを焼かれまいとニキータがシャッターを下ろしたとき、バルコ兵たちは勝利を確信した。
ニキータがロックオンアラートを聞くのと、盾の裏に隠していた、すでにスイッチの押してある電磁閃光弾を手放すのが同時だった。光と轟音と電磁波により、一時だけその場の全員がセンサーの恩恵を失う。
ニキータはアサルトライフルのランチャーから、ロックなしで小型ミサイルを撃った。記憶を頼りに、回り込んできたバルコ兵の足元を撃った。さらに視界無しのまま突進した。
光が晴れると同時に、敵の小型ミサイルがニキータの頭上を通り過ぎた。電磁閃光弾のためにロックが外れたのである。そしてニキータのミサイルは、突然の閃光に驚き飛び退いていたバルコ兵の足元に刺さり、石畳を爆風で吹き飛ばす。
レッド・ガストの背から電光石火の剣閃が伸びた。バルコ兵は回避運動で体勢を崩されながらも、応じて盾を振りかざす。
追いすがるニキータの飛び膝蹴りと、バルコ兵のシールドバッシュが交錯する。激突、押し合い。一刹那ごとに移り変わる局面を支配し、敵の呼吸を見切ったのはニキータだった。
押し込もうとした瞬間、盾を掴まれて横に流されたバルコ兵はバランスを崩してしまう。ニキータは敵機の腕と軸足を一度に切断した。さらに反転しながら回り込み、返す刀でバックパックだけを斬り飛ばし、機体へのエネルギー供給を断つ。前のめりに倒れたまま、バルコ兵のアサルトフレームは沈黙した。
残ったバルコ兵を振り返る。十メートルまで距離が縮まっているのに、この期に及んで彼は弾倉を換えようとしていた。
「この――ボケてんじゃねーよ」
煽るように、足元に頽れたアサルトフレームの頭を剣で叩いてみせる。敵の激昂が伝わってくるようだった。コーティングの剥げた盾を構え、バルコ兵が突進してくる。しかし彼が盾を振るうことは無かった。頭、膝、足首と撃ち抜かれ派手に転がり、ニキータの前で止まる。
単発ではなく連射、しかも全弾命中。
「おまけに、空中からか……」
片手を尖塔の屋根にかけたアイアン・イーグルは、米粒ほどの大きさに見えるほど遠くに居た。あの人には何が見えているんだろう、とニキータは思った。
『生きて帰りたければ投降しろ。無駄に命を捨てるな』
オープンチャンネルで諭すようにセルゲイは言った。尖塔の傍に胴体だけとなったファイターが横たわっており、ハッチをワイヤーで締め付けられている。中にバルコ兵が閉じ込められているのだろう。
これで、ここ一帯にアグニの砲弾が降ってくることはない。
「少佐……」
『余計な声をかけるな。彼の集中を乱してはいけない』
ニキータは大破したバルコ兵の機体を遺跡の外に引きずり出す。少しでもジュリアンに近づけるために。しかし間もなく雨雲のために薄暗かった空が明転した。太陽が降ってきたかのようだった。
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終末的な光景だ、とセルゲイは思った。
隕石のように燃える弾丸が、まるで焚火の煙をそうするかのように分厚い雲を打ち払い、破裂しながら彼方の平地に降り注いでいる。周囲には海のように波打つ地面があって、踊り狂う岩石や樹木が、それぞれに相応しい断末魔を上げながら時折足元に滑り込んでくる。
セルゲイはステップを踏んで波に乗りながら、時折スラスターを噴かしてそれを避けた。
『クソッ……』
ニキータが毒づいた。ノイズの向こうからジュリアンの雄叫びが聞こえたあとに通信が途絶え、また復帰する。そんな事が何度も繰り返されたのち、ついにノイズさえ聞こえなくなった。ホリンは太腿を鷲掴みにしている自身の右手に気付き、左手でそれを揉み解した。疎らになってきた弾丸の雨と、途切れてしまったジュリアンの生体反応を祈るような気持ちで見比べている。
「……ジュリアン、聞こえるか」
砲弾の雨が止んでから一分弱、セルゲイはそう問いかけたが返答はない。荒涼とした沈黙が横たわりかけたその時。
『残念だが――ジュリアン・チャプマン少佐は死んだ。二階級特進だ』
とても深刻な声色で、ジュリアン・チャプマン少佐がそう言った。ホリンのモニタに彼の生体データが復帰する。健康状態は良好だ。
『――神様!』
狭い車内で精一杯ダイナミックに、ホリンが両手を突き上げた。ニキータも短く叫んだ後にこう祝福する。
『……さすが、しぶといですね、少佐』
『あたりめーだ。俺ぁアケミを妊娠させるまで、死ぬわけにゃいかねーンだよ』
「……」
部下たちの元気な声を聞き、セルゲイもようやく一息つくことができた。
「ジュリアン、迎えが必要か?」
『頼む。いやー機体の上半身がぶっとんでるからよ……直撃してりゃー生きてるわけねェし、ショックウェーブだけでこの有様ってことだな。まったく、お空が直接見えるもんだから、ヘヴンズゲートかと思ったぜ』
『輸送ヘリをすぐに送りま……大佐』
ホリンの声が一段低くなった。
「どうした」
『バルコのチャンドラから通信です』
「早いな……回せ」
小隊全員が瑞々しい頻伽の声に聞き入った。
『ごきげんよう、大佐』
「ずいぶんとお怒りのようだな、チャンドラ姫」
『そのようなことはありません。いつも私たちの従者に礼節を尽くしてくださること、感謝しています』
「……今回も、慣例通りでよろしいかな?」
『はい。南シナ海へ迎えをやります』
「了解した」
捕虜たちはカンボジア沖に待機するセルゲイたちの艦に一度連行されるが、たった今から七十二時間以内にバルコ側へ引き渡さねばならない。ヴィクトルと違って連邦に同情的なチャンドラを本気で怒らせてしまわないよう、休戦前から続いている捕虜関連の取り決めは確実に履行すべきだった。
「……ほかに用件が無ければ、仕事に戻らせていただこうか。おかげさまで、これから忙しくなるのでね」
『そう、まだ戦うつもりなのですね』
「……」
『一刻も早く戦争が終わることを願っています。貴方がその助けになってくださる日を、お待ちしていますよ』
「……さようなら、チャンドラ」
セルゲイはチャンネルを閉じ、ため息をついた。
そして持ち帰るべき資源のことを思い出し、半ば以上諦めながらホリンに問う。
「……着弾地点の様子はどうだ」
『範囲は五十キロ四方ってとこです……空撮しましたが、燃えているクレーターがあるばかりで……何もかもペースト状になってますよ。あと母艦からの報告ですが、海に細かい石が降っているそうです』
「……解った。すぐにほかの部隊と連絡を取れ。作戦実行前なら中止して母艦に戻るよう伝えろ。資源の回収も、捕虜を連れていない部隊はあきらめるんだ。厳命だと念を押せ」
『了解しました』
先ほどまで降っていた雨が、セルゲイたちの周囲だけぱったりと止んでいた。
雲にはほぼ円形の大穴が開き、そこから覗く真っ青な空が、折り重なった雲に真っ黒くフチ取られている。東の空は立ち上っていく黒煙と、掘り返された土埃とが地表まで連なって夜よりも暗い。土埃は雲を破って天を突いており、ホリンの目にまるで巨大な竜のように映った。
『……どうなっちまうのかねェ、この戦争はよ』
ビッグ・ピラーの残骸に腰掛けながらジュリアンが言った。今度こそ、本当に深刻な声色だった。
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