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第03話 United Kingdom of Elysian



 ここで俺は薄々感じていたことが現実であるかを認識した。機体の計器はすべて本物になっており手で触れることができた。VRヘッドセットを外しても視界に広がるのは6畳のアパートではなくコックピットの上でにいる。というか外したVRヘッドセッドもHMD搭載のヘルメットになっており、服装もゲーム内でのパイロットスーツとなっていた。ヘルメットの中は先ほどの戦闘でかいた汗でじっとりと湿っている。


 旋回しているときにGを感じ、攻撃の時にバルカンの回転する振動を感じている時点で嫌な予感はしていたが、どうやらその予感は的中していたようだ。


「Wing of Steelの世界が現実となったのか……」


 だが俺は絶望よりも喜びを感じていた。元々パイロットにあこがれていたが幼少期に眼の病気を患ってパイロットとしての適性を失い、失意の中、社畜として茫漠とした日々を送っていた元の世界に対して未練はあまり感じなかった。それよりもどうなってるかは分からないが、自由に空を飛べる今に感謝したいくらいだ。

 

 しかしどこか検討もつかない場所にいる不安も心の奥底を渦巻いていた。さらに先の不自然な着艦は明らかにゲーム的な挙動だった。ここはリアルなのかバーチャルなのか、疑問は山積していた。複雑な感情に浸っているとガンガンとキャノピーを乱暴にたたく音がした。


「早く開けて投降せよ!」


気づいたら機体は小銃を持った兵士達に囲まれていた。選択の余地はないらしい。ハッチを開けると引きずりおろされ鋼鉄製のデッキにたたきつけられる。


「助けてやったのにえらく乱暴な歓迎をするんだな」


愚痴を言うと喉元に銃口を突き付けられた。とりあえず黙って従ったほうが賢明そうだ。


 「さっさと進め」


背中に銃を突き付けられながら、艦のエレベータに乗った。チェーンのきしむ音ともに大型のエレベータはゆっくりと中央部に降りていく。周囲の様子を眺めると本当に飛行船ではなく戦艦であることをみせつけられた。艦の中は航空機の格納庫や複数の居住スペースがあり、おそらく数百人は乗員がいるようだ。


 兵士に促され、さらに艦の奥へと進んでいく。通路には無数の伝声管が張り巡らされ、埋め込まれたアナログメーターの針が気圧や高度を示している。どうやらそんなに新しい船ではないらしい。どうやって飛んでいるのだろうと考えているうちに中央区画の指令室にたどり着いた。


「武器を持っていないか確認する」

といってフライトジャケットをチェックされた後、ついに指令室へと足を踏み入れた。


「手荒な真似してごめんなさいね。まずは紅茶でも飲みましょう」


金色の髪をした華奢な少女が士官用と思われる藍色の軍服を身に纏って司令室中央に座っていた。彼女がさっきの無線の声の主だった。


「とりあえずいただこうかな」


ゆったりとしたソファに腰掛ける。なかなか豪華なしつらえの部屋だ。


 少女の微笑んだ顔を見ていると緊張が解け、それと同時に疲労感がどっとおそってきた。ティーカップを受け取り注がれた紅茶を飲む。これまでに飲んだどんな茶葉とも違う不思議な味がした。


 「私はクラウソラス艦長、エルシオン航空団大佐マリー・アークライト・エルシティア、マリーでかまわないわ。まずは先ほどの戦闘ではありがとう。あなたがいなかったらこの船はもうおしまいだった……

兵士の無礼に関しては改めて謝るわ、一か月以上この船は臨戦態勢でみんな気が立っているの。いろいろと疑問があるだろうけどそれはこちらも同じよ」


無線で話した時に比べるとずいぶん声が明るくなっていた。


「まず、あなたの名前と出身はどこなのかしら?」

彼女はティーカップを置き真剣な眼差しでこちらを見つめて言った。


「名前はサト…レイヴンだ。レイとでも呼んでくれ。出身は二ホン、地球にある国家だ」


本名ではなくWSゲーム内のネームを名乗る。どのみちこの世界では元の世界の面影なんてないのだから、そっちのほうが性に合う。


「この船がいるのは中央大陸のエルシオン王国西部国境地帯の上空よ」


 マリーは先ほどレーダーに表示されていた聞いたことのない地名をこともなげに言った。作戦開始前に表示されていたフィールドは、ウラジオストク上空だったはずなのだが…少なくとも、俺が覚えている地球上の国家の中にエルシオンという名はなかった。


「とりあえずこのエルシオンって国は地球ではないんだよな?」


「やっぱり伝承通りだわ あなた地球からきたのね!」

平静を保ってるつもりのようだが、明らかに彼女の眼が輝く。


「地球っていうかゲーム中ていうか……まあ間違ってはいないな」


 リアルの地球から来たのか、WSの地球から来たのか俺にもよく分からないので曖昧な返事でお茶を濁す。 


「やっぱりそうなのね。この世界はあなたが元いた世界とは異なる場所。この船の所属するエルシオン連合王国はこの中央大陸の東部を統治する国家で、あなたが撃墜したのはシュティルゲン公国の戦闘艦よ」


 どうやら地球と異なる世界、俗に言う「異世界」ってとこにきてしまったらしい。ただこの世界、楽しく冒険という雰囲気ではなくなかなか物騒な情勢のようだ。


「おいおい、ここがエルシオンっていうならどうしてその上空でよその国から攻撃されていたんだ?」


「……現在エルシオン王国は公国と交戦状態、公国軍の奇襲攻撃によってエルシオン王国軍の防衛部隊は半ば壊滅し、我が艦は撤退して西方方面軍と合流する途中で襲撃されたの」


「すんでのところで助けられてよかった。だがなかなか深刻そうな状況だな……」


「今回はあなたのおかげで助かったけど戦況は圧倒的に私たちが不利。おそらく数か月以内に陸軍、航空軍による全面攻勢を仕掛けるつもりみたい。それを食い止められなかったら王国はおしまい」


少女はうつむいて表情を険しくする。カップを持つ手がかすかに震えている気がした。


 話を整理すると王国と公国はそもそも隣接する国家ではなかったらしい。この大陸の東部にエルシオン王国は位置し、国土は大陸の3分の1を占める大国である。対して公国ははるか西方に位置する小国の一つでしかなかった。  


 それが数年前からこれまでの水準で考えられないような速さで公国は軍備を増強し、周囲の国家を併合していった。ついに王国領土内に直接侵攻できる場所まで領土を拡大している。今回俺が落とした艦もどうやら公国が制圧した隣国に駐留する艦隊の所属艦のようだった。 


 一方、王国はここ半世紀ほど戦乱もなく危機感に乏しかった。その結果、軍の派遣に消極的になり数で劣る防衛部隊は各個撃破されて戦艦クラウソラスが旗艦を務める第5艦隊も壊滅状態になっているそうだ。

 これはなかなかにハードな情勢だ。絶望的な戦局だが公国の船を落としてしまったのだから劣勢の王国軍側につくしかない。俺はこれから戦いに身を投じる覚悟を決めた。


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