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第十八話


 ハートロックの換金により、しばらくの間は宿代に困らないだろうと考えていたヤマトだったが、武器屋の帰りに防具屋へ寄っていくつかの防具を買ったところでその考えが甘かったことを痛感する。


「はあ、革の胸当てとラウンドシールドしか買えなかった……」

 しかも、残りのお金で買った装備では十分整ったとはいいがたい現状だった。革の胸当ては初心者が申し訳程度に装備するものであり、剣や鋭い牙などの攻撃を防ぐには物足りない。


 ラウンドシールドにしても、丸い木の盾に申し訳程度の金属が施してある程度のもので、何度も攻撃を受けたら恐らく壊れてしまうのは想像に難くなかった。


「……ま、ないよりはマシって思わないと。これもあることだし」

 手を広げた先に目を向けながらヤマトは魔法を使った時のことを思い浮かべた。彼は数回でも避けきれないダメージを防げればいいだろうと考えており、それよりもフレイムソードによる攻撃でモンスターを先に倒してしまえば問題ないという脳筋思考だった。


 ハートロックはその貴重さからいい値段で売れるものだったが、昨日の今日で再び岩場に向かう気にはなれなかった。しかもそれを落とすグレイロックとは武器の相性が悪い相手であるため、偶然出会わせる可能性のあるフレイムデビルウルフと再び戦いたくないというのが本音であった。


「仕方ない、西の森、東の岩場と来たら次は南の谷でも行ってくるか」

 ヒューマン族が旅を始める最初の街というだけあり、近辺には複数の種類の狩場が設定されている。

そのうちの南の谷は他の二つよりも、また一つ上のレベルのモンスターが生息しており、ここで戦うことができるようになれば次の街を目指す目安だと言われていた。


 防具に不安があるものの、腰に装備したフレイムソードに満足しているヤマトは谷でその切れ味を試すことを楽しみにしている。

「新しい、しかも一気にレベルアップした武器を使うのは楽しみだなあ」

 この先の戦いを想像して思わず笑みがこぼれるヤマト。手を当てればリアルな素材の感触があるそれは自分の武器という実感が強く、しかも店主がわざわざ奥から出してきたとっておきの逸品というところがより彼の心をくすぐっていた。





 街を出て南に向かっていくと、途中で何組かの冒険者とすれ違う。彼らは馬車を使って移動をしているようで、徒歩のヤマトを見て疑問を持ちながら互いに会釈をして挨拶をかわした。


 このエンピリアルオンラインは広い世界観も魅力の一つ。その世界を旅するのに徒歩のみで移動するのは効率的とは言えなかった。

「やっぱり何か移動方法は必要だよな……」

 ユイナと合流したら、恐らくは旅に出ることになる。その時に有効な移動方法を手に入れる必要があった。


「とりあえずは馬か鳥あたりってところかな」

 地上を移動する乗り物として最もスタンダードなのが馬、そして次に挙げた鳥は馬と同等のサイズでこちらも一般的に流通しているものだった。


 すれ違った冒険者たちも、そのいずれかに馬車を引かせていた。


「あとでそのあたりもユイナに相談して……でもその前に金を稼がないとだね」

 ヤマトは自分の懐が寂しく、それらを買える状況ではないことを思い出し目的の場所へと向かう速度をあげていた。





 谷に辿りつくと、ぱっと見た限り周囲に冒険者の姿はなかった。絶対立ち寄らねばならない場所でもないため、そういうことも十分あり得た。


「ここなら思いっきり戦えるね」

 ヤマトは気合を新たに入れて身体をほぐしながらゲーム時代の南の谷の情報を思い出す。

 この谷に生息するモンスターは熊タイプや猪タイプなど動物を母体としたものが多い。そういった動物系のモンスターは総じて火に弱いと決まっていた。


「さて、まずは索敵から……」

 程よく体が温まったところでヤマトはミニマップを確認しながら進んでいく。モンスターが近づいてくれば、すぐに点で表示される。また同時に直接視認での索敵も行っていた。


 そうしてしばらく進むと、遠くからモンスターの鳴き声が聞こえた。

「――ガアアアアアアアア!」

 それは何かを威嚇しているかのような声だった。


「……もしかして?」

 ゲームを相当やりこんだ経験のあるヤマトには何か心当たりがあるため、警戒しつつも走ってその声がする方へと向かった。

「――やっぱり!」

 近くまで来たヤマトは木の陰から様子をうかがう。最初の予想が当たっていたため、思わずハッとしたように声が出てしまう。


 そこにいたのはこの山に生息している熊タイプのモンスター――グレイナーゲルベアだった。灰色の毛色に鋭い爪を持つ、人よりも大きいサイズのモンスター。身長でいえば二から三メートル、時にそれ以上の大きさのものもいると言われている。

 大柄の身体から放たれる攻撃は強力で、レベル帯によっては直撃するとひとたまりもない。


「あれはまずい状況だよな……」

 ヤマトの視線の先でグレイナーゲルベアと交戦しているのはヒューマン族の四人の冒険者。おそらくパーティを組んでいる一団だと思われる彼らの戦闘状況は劣勢だった。


 魔法使いと思われるローブを身に纏ったロングヘアの女性は魔力が尽きたのか顔色が悪く、杖片手に膝をついていた。

 最も悪いのは機動性を重視したような軽装の男性冒険者。女性にモテそうな綺麗な顔立ちの彼は見た限りでもところどころから血が流れている。

 その後ろに立つ回復職であろう装備をしたセミロングの女性は状況を立て直そうと必死に回復魔法を唱えていた。


「――くそっ! なんとしてもこいつらは俺が守る!」

 そして戦闘で唯一戦力として残っているのはしっかりと鎧に身を包んだ剣士の男性だった。鍛えた身体を持つ彼は太めの剣と盾を手に強気の発言でなんとか自身を奮い立たせようとしているが、彼自身もきつい表情で、状況が悪いのは明らかだった。


「悩むまでもない!」

 一人増えるだけでも戦況は大きく変わる――ヤマトは走る足を止めず、剣士とグレイナーゲルベアの間に滑り込んで対峙した。


「……お、お前は?」

「通りがかりの冒険者です、こいつの相手は俺がします! あなたはお仲間を連れて下がって下さい!」

 突然現れたヤマトに驚く剣士の男性。だが彼の問いに一方的に答えたヤマトは既にフレイムソードを抜いて構えている。剣を引き抜いたと同時に魔力を流したおかげでフレイムソードは炎を纏ったような模様が赤く輝いていた。


 自分が獲物を襲おうとしているのを邪魔されたグレイナーゲルベアは不機嫌な表情でヤマトを睨み付ける。

「グラアアアア!」

 そして名前のナーゲル――ドイツ語で爪を関するモンスターがその鋭い爪をヤマトへ向けて振り下ろしてくる。


「あ、危ない!」

 ヤマトの背に安心感を覚えてほっとしていた剣士はその鋭い爪に気づくと大きく叫ぶ。


 しかし、ヤマトは冷静にその攻撃を見切って素早く避けると同時に胴体を斬りつけた。

「ギャアア!」

 苦しげなグレイナーゲルベアの悲鳴が響く。だが斬った場所から血は噴き出してこなかった。その理由はフレイムソードが斬った場所を即座に燃やしているためだった。


「――まだまだ!」

 そこからもヤマトの攻撃は止まることなく、背中、足、手、再び胴と次々に攻撃を繰り出していた。斬り上げるたびにフレイムソードから炎が走り、その攻撃はまるで剣舞のような美しさがあった。


「グオオオオオオ!」

 やられっぱなしではいられないと唸るグレイナーゲルベアはたまらず両の手を振り回してなんとかヤマトの攻撃を止めようとする。


「――それを待っていたよ」

 その動きはゲーム時代から変わらないもので、ピンチになると大きな攻撃を繰り出してくるのがこのモンスターの大きな特徴だった。

「《ダブルスラッシュ》!」

 当然その攻撃を予想していたヤマトは素早くひらりと避けてスキルを使い、猛烈な一閃攻撃をする。元々の剣の性能に加えてスキルによるダメージアップの効果によって、体力の高いグレイナーゲルベアでもそのまま息の根を止められることとなった。


「ふー、これくらいならなんとかなるか……」

 止めをさせたことを確認したヤマトは地に倒れたモンスターを見て一息つきながらぼそりと呟く。


「あ、あんたは一体何者なんだ……?」

 四人がかりの自分たちが苦戦していた相手をあっさりと、それも怪我一つなく倒したヤマトに対して呆然と立ち尽くした剣士の男性は疑問を口にしていた。


「うーん、そうですねえ……うん、やっぱり通りすがりのただの冒険者です」

 少し考え込んだあとのさっぱりとした笑顔のヤマトの回答に、そんなはずないだろう! と心の中で突っ込みをいれる剣士だったが、はっと思い出したように怪我をしている仲間のもとへと急いで向かった。


お読みいただきありがとうございます。

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