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ダンジョン保険の例外案件係に左遷された俺、【真贋鑑定】で業界の闇を全部暴く  作者: 夜摩 高嶺
第二部『雷電の闇』

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第48話「対話」

「宇津木さん。わたしは、あなたに敬意を持っています」


 桐生の声が四十五層の広間に落ちた。蛍光苔の青白い光の中で、声はどこか非現実的な響きを帯びていた。石畳の床が冷たい。足の裏から這い上がる冷気。魔素の金属臭が薄く漂い、舌の上にざらついた味を残す。


「だから、正直に話しましょう」


 【真贋鑑定】を走らせた。Tier1。桐生の言葉に色が浮かぶ。

 「敬意を持っています」は青。本当。

 「正直に話しましょう」は赤と青が混在。正直に話すつもりはある。だが全てを正直に話すつもりはない。


 桐生は広間の中央から三歩離れた場所に立っている。わたしとの距離は約六メートル。早乙女が左後方に、有坂が右後方に控えている。早乙女の手は短剣の柄に添えられたまま。戦闘禁止の条件があるが、身体はS級との対面に反応している。有坂はリュックサックの肩紐を両手で握りしめていた。


「では、正直にお話しください」


「雷電の再保険詐欺は事実です」


 その一言で、広間の空気が凝固した。桐生の声が石壁に反響し、消えるまでの一秒半。蛍光苔の光が揺れた。魔素の流れが、一瞬だけ乱れた。


 色が浮かぶ。「再保険詐欺は事実です」。青。真実。


「わたしが企画し、実行しました」


 青。桐生が自分の口で認めている。四月のペン三回転がし以来、この男が初めて見せたヴェールの向こう側。録音は回っている。だが録音は証拠であっても拘束ではない。


「しかし、その背後にある構造は、わたし一人のものではありません。鶴岡代表の意向です」


 ここで色が割れた。


 「わたし一人のものではありません」は青。複数人が関与しているのは事実。

 「鶴岡代表の意向です」は赤。嘘。


 桐生は、自分の意思で始めたことを、鶴岡のせいにしている。再保険詐欺の発案者は桐生自身。実行も桐生。鶴岡はそれを黙認したかもしれないが、「意向」として指示を出した事実はない。桐生は責任の重心を上にずらそうとしている。


 間を置いた。呼吸を整える。右目の視界が端からちらつき始めている。Tier2の仕様書を閉じた。ここから先は、仕様書ではなく桐生の言葉を読む。


「桐生さん。今の発言を、約束として受け取ります」


 桐生の目がわずかに動いた。笑みは維持している。だが目の奥の温度が一度下がったのが分かった。


「あなたは『再保険詐欺は事実で、あなたが企画・実行した』と認めました。この発言を、記録します」


「ええ、結構ですよ。録音もされているのでしょう」


 桐生の声は穏やかだった。余裕がある。自白したこと自体は、桐生の計算の中にある。この男は、自白の代償として何かを得ようとしている。あるいは、自白そのものが次の一手の布石。


 わたしは、Tier3を発動する判断をした。


 右目。七割まで回復した右目。前回のTier3発動から十三日が経っている。右こめかみの鈍痛はTier2の負荷で再発している。ここでTier3を使えば、右目は再び白く飛ぶ。それは分かっている。


 だが、桐生が「企画・実行した」と認めた。この発言を、ただの録音ではなく、契約として固定する。法廷で撤回できないものにする。そのためにTier3がある。


「桐生さん。今の発言——あなたが再保険詐欺を企画し実行したという事実——を、あなた自身の言葉として改めて確認していただけますか」


「もちろん。わたしが企画し、実行しました。それは認めます」


 二度目の青。自発的な確認。強制ではない。


 Tier3。起動。


 こめかみの奥で、金属板を引き裂く高周波が走った。二週間前のパークハイアットと同じ痛み。だが今回は意図的だった。覚醒ではなく、選択。指先が冷たくなる。背中に汗が浮く。


 桐生の言葉が、空気の中に残った。透明な青白い文字列。契約条項の構造体が、六メートルの空間に浮かぶ。


 「第一条。桐生鷹志は、雷電グループにおける再保険詐欺を企画し実行した事実を認める」。

 「第二条。本条項は桐生鷹志の自発的な発言に基づき生成された」。

 「第三条。違反時の効果——」。


 右目の視界が白く染まった。前回と同じ。蛍光苔の光が半分になった。世界が左目だけになる。だが今回は倒れなかった。四十五層の冷たい空気が、意識を繋ぎ止めている。足の裏から伝わる石畳の冷たさ。


 桐生の表情が変わった。


 笑みが消えた。三秒間の無表情。法廷の傍聴席で見せた、あの三秒と同じ質感。だが今回は、無表情の下に驚きがある。S級の感覚が、空間の変質を捉えている。


「これは」


 桐生が一歩、前に出た。透明な文字列を見ているのか。見えているのかは分からない。だが何かが起きたことは確実に察知している。魔素の流れが変わった。広間を満たしていた桐生の支配域に、別の構造が割り込んだ。


「宇津木さん。あなたのスキルは、予想以上だ」


 桐生の声が低くなった。四月の紳士ではない。嶋崎案件のときのマジモードでもない。もっと深い場所から出ている声。


 広間の魔素が揺れた。桐生を中心に、雷属性の気配が空気を震わせる。蛍光苔が明滅した。石畳の表面にかすかな静電気が走り、足の裏がぴりつく。有坂の髪の先が微かに浮いた。


 早乙女の手が短剣を抜きかけた。


「早乙女さん。大丈夫です」


 桐生は攻撃しない。条件がある。そして桐生の目は怒りの色ではなかった。驚きと、認知の修正。この男は今、わたしのスキルに対する評価を、根本から書き換えている。


「結構です」


 桐生が深く息を吐いた。雷の気配が、潮が引くように収まる。蛍光苔の明滅が止まった。広間に静寂が戻る。


「ならば——わたしも、正直に言いましょう。鶴岡はわたしを切り捨てるでしょう。その前に、わたしは、自分で降りる」


 【真贋鑑定】。


 「鶴岡はわたしを切り捨てるでしょう」は青。桐生は本当にそう考えている。


 「わたしは、自分で降りる」。黄。


 黄色。赤ではない。嘘ではない。だが真実でもない。主観の誤認。桐生は自分で降りるつもりだと信じているが、実際にはそうならない。あるいは「降りる」の意味が、桐生の中で曖昧なまま発言されている。自分で降りることと、降ろされることの区別が、この男の中で揺れている。


「桐生さん。『自分で降りる』とは、具体的にどういう意味ですか」


 桐生が微笑んだ。四月の大会議室で見せた完璧な笑みではなかった。もっと薄い。人間の顔に浮かぶ、疲れた笑み。三十五歳の男の顔が、四十五層の蛍光苔の光の下で、初めて年相応に見えた。


「副代表を辞任します。雷電の経営から退く。S級探索者としてのわたしは残りますが、保険事業には関わらない」


 この発言の色は複雑だった。「副代表を辞任」は青と黒が重なっている。辞任する意思は本物だが、辞任の裏に隠された意図がある。「保険事業には関わらない」は黄。自分ではそう信じているが、実際にはそうならない。


 桐生は嘘をついていない。だが全てが本当でもなかった。


 この男は、自分の未来を正確に見ていない。


「承知しました。本日のお話は記録しています。ありがとうございました」


 桐生が背を向けた。四十五層の広間を、一人で歩いていく。S級の歩幅は人間離れしている。通路に入る直前、一度だけ振り返った。


「宇津木さん。——あなたが今使ったものは、わたしが知る限り、最も厄介な能力です」


 蛍光苔の光の中で、桐生の目だけが暗かった。振り返った姿が通路の闇に溶ける。足音は聞こえない。S級は足音を消せる。


 有坂がわたしの腕に触れた。小さな手。体温が高い。


「宇津木さん。右目」


「見えません。でも、左は大丈夫です」


 桐生は認めた。だが、桐生が「自分で降りる」と言ったとき、その言葉の色は、青ではなかった。

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