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ダンジョン保険の例外案件係に左遷された俺、【真贋鑑定】で業界の闇を全部暴く  作者: 夜摩 高嶺
第二部『雷電の闇』

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第46話「招待状」

 桐生の手紙を、三回読んだ。

 一回目は左目で。二回目は右目で。右目の視界は七割に戻っていたが、万年筆のインクの太さが均一で、文字の判別には困らなかった。三回目は【真贋鑑定】を通して。色は変わらない。「会いましょう」は青。「わたしの土俵で」は青と黒の重なり。


「蓮田さん。この手紙の意味を整理させてください」


 八月十九日、火曜日。午前九時二十分。第三課のホワイトボードの前に立っている。マーカーのキャップを外すと、インクの揮発臭が鼻を突いた。


「まず、桐生さんは『わたしの土俵で』と書いています。S級探索者にとっての土俵は一つしかない」


 ホワイトボードに「ダンジョン内」と書く。


「桐生はわたしをダンジョンの中に引き込みたい。書類が通用しない場所。わたしのスキルの射程外で決着をつけるつもりです」


 蓮田は椅子の背にもたれて、天井を見ていた。マグカップは手元にあるが、口をつけていない。


「射程外か。本当にそうなのか」


「Tier1は書類と口頭発言が対象です。ダンジョンの中でも、桐生が何か言えば色は視える。ただし、書類がない。書面のやり取りができない。桐生はそれを知っている」


 早乙女が脚を組み替えた。デスクに載せた足首を降ろす。


「あの男、嶋崎と同じ手を使う気だ」


「嶋崎のときは罠を利用した。ダンジョンの構造変化を使って対象を追い込む。桐生本人が手を下さなくても、ダンジョンが動けば結果は同じ。条件に戦闘禁止と入れても、ダンジョンの環境変化までは約束の範囲外になる」


 早乙女の声に、四月の嶋崎案件の記憶がにじんでいる。南通路の罠に誘導されて脊椎を損傷した、あのA級探索者の姿。


「だが、わたしにはTier2がある」


 全員の視線がこちらに集まった。有坂がノートを開いたまま、ペンの先を止めている。


「ダンジョンの仕様書が読める。罠の設置条件、魔物の出現パターン、構造変化のトリガー。全て仕様として視える。桐生はこれを知りません」


「知らないのか」


「パークハイアットでの発動を桐生は見ている。だが、あれはTier3です。Tier2のダンジョン仕様書可視化については、桐生は察していない。わたしが書類を読むスキルだと認識している限り、ダンジョン内でも同じように読めるとは想定しないはずです」


 蓮田がコーヒーを一口含んで、飲み下した。


「行くのか」


「行きます。条件を、こちらから出します」



 条件交渉は書面で行った。

 桐生が指定した連絡先は、雷電グループホールディングスの代表番号ではなく、桐生個人の携帯メールアドレスだった。手紙の裏に手書きで記されていた。


 八月二十日、水曜日。午前中に第一案を送った。三豊ビル北館十二階、第三課のコピー機で印刷し、スキャンしてPDFにした紙の文書を添付する形式。書面にこだわったのは理由がある。メールの本文に書けば証拠として弱い。書面なら【真贋鑑定】の対象になる。桐生の回答も、書面であれば色が読める。


 宇津木側の条件書。三項目。


 第一条。会合場所はダンジョン内とする。階層は桐生の指定に従う。ただし、立会人として第三者を配置することを求める。候補はダンジョン庁監察官。


 第二条。ダンジョン内での一切の戦闘行為を禁止する。双方の戦闘スキル使用を含む。


 第三条。会合の目的は対話のみとする。対話内容の録音・記録を双方に許可する。


 返信は翌日の朝に届いた。八月二十一日、木曜日。午前八時十四分。桐生の個人アドレスから。PDFが添付されていた。


 印刷して、デスクの上に広げた。桐生の回答書。万年筆の手書きではなく、明朝体の印字。


 【真贋鑑定】を起動する。


 第一条への回答。「第三者の立会いは不要と考えます。本件は宇津木さんと桐生の間の個人的な対話であり、公的な性質を持ちません」。


 青。桐生は本気で「個人的な対話」だと考えている。ダンジョン庁を入れたくない本音が透けている。ただし、拒否の理由そのものは嘘ではない。


 第二条への回答。「戦闘行為の禁止に同意します。わたしからの攻撃は一切行いません」。


 ——青。この条件は本当に守るつもりでいる。


 第三条への回答。「対話のみとすることに同意します。記録も結構です。ただし、補足として一点。ダンジョンの環境変化——すなわち構造変動、魔物の出現、魔素濃度の変化等——は、わたしの管理下にあるものではなく、わたしの責任の範囲外であることを確認させてください」。


 ——この一文に、色が二つ重なっていた。「管理下にあるものではなく」は赤。嘘。桐生はS級探索者だ。自分の存在感で、周囲の魔素を制御できる。管理下にないわけがない。「責任の範囲外」は青。法的な意味では確かに責任の範囲外。ダンジョンの環境変化は自然現象であり、探索者の責任ではない。


 赤と青が重なっている。事実を含む嘘。嘘を含む事実。桐生が最も得意とする色の使い方。


「蓮田さん。回答が来ました」


 蓮田と早乙女がデスクに集まった。有坂は給湯室からコーヒーを持ってくる。マグカップ三つを片手で器用に運んでいる。深煎りの匂いが第三課に広がった。


「第三者は拒否。戦闘禁止はOK。ただし、ダンジョンの環境変化は責任外だと」


 早乙女が顎を引いた。


「つまり、ダンジョンの中で何が起きても桐生のせいじゃないと。あたしが戦うのはダンジョンの魔物であって桐生じゃないってことか」


「そうです。桐生自身は手を出さない。だが、ダンジョンが動く。罠が発動する。魔物が湧く。それは桐生の責任ではない。嶋崎と同じ手法です」


「嶋崎のときは、罠の設置条件を誰かが意図的に満たした。ダンジョンの構造を利用して、特定の人間を特定の場所に誘導した。桐生はそれを再現する気か」


「可能性は高い。S級探索者がダンジョンの四十五層に一人で待つ。その存在感で魔物を抑制しながら、特定の階層の環境を間接的に制御する。わたしたちが通るルートに罠があれば——」


 蓮田が書類を裏返した。白い面を上にして、ペンで線を引く。


「対策は」


「あります。わたしのTier2でダンジョンの仕様書が読める。罠の設置条件、トリガー、起動パターン。全て構造体として視える。安全なルートを選べる」


「Tier2を使えば反動が出る。右目がまだ完全に治ってない状態でTier2を起動したらどうなる」


 蓮田の声が低い。問い詰めではなく、確認。


「分かりません。ただ、Tier2の反動はTier3より軽い。頭痛と視覚の端のちらつき。数日で回復します。右目の回復と重なるリスクはありますが——」


「リスクを承知で行くのか」


「行きます。桐生がダンジョンに呼ぶのは、こちらの弱みを突くためです。だがTier2は桐生の知らない札です。桐生が仕掛けた罠を、こちらが読める。罠を読めるなら、ダンジョンはこちらの味方になる」


 早乙女が立ち上がった。椅子が床を擦る音。


「階層は?」


「桐生の指定に従います。返信でそう伝える」


「あたしが戦闘を受け持つ。有坂は回復。宇津木はルート指揮。三人で入る」


 有坂が頷いた。両手を膝の上で握ったまま。右手首の火傷の跡が、袖口からわずかに覗いている。


「回復軟膏、多めに持っていきます」



 桐生への返信を午後に送った。

 第一条の再交渉は行わない。第三者なしで了承する。第二条は相互同意。第三条の補足について——「ダンジョンの環境変化が貴方の管理外であることは承知しています。ただし、環境変化を意図的に誘導する行為は戦闘行為に準ずるものと理解します」。


 桐生からの返信は二時間後。一行だけ。


 「承知しました。新宿第七ダンジョン。四十五層。日時は追ってお伝えします」。


 ——青。嘘はない。


 デスクに戻り、付箋を見た。「桐・黒・雷・水・乃・鶴」。六枚の付箋が、モニターの横に並んでいる。桐生の手紙を引き出しにしまった。万年筆の青いインクが、紙の上で鈍く光った。


 四十五層。第三課チームの最深は三十二層。そこから十三層分の未踏域。


 ダンジョンの中で、S級と、丸腰の査定官が、向かい合う。

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