8-4. 発表のあとに待っていたもの
歌の審査が近づいてきて、わたしも少しずつ緊張してきた。
オーディションの準備もあって、最近はなんだか毎日バタバタしている。
そんなある日、廊下でハオに会ったときのこと。
彼は普段あまり多くを聞かないタイプなのに、ふいにこんなことを口にした。
「……歌の審査で、何を歌うのか決めたのか?」
その問いかけに、胸の奥がふわっとあたたかくなる。
積極的に話しかけてくる性格じゃないからこそ、こうして気にかけてくれるのが伝わって、嬉しかった。
「うん。2年前の青春祭で披露したオリジナル曲にしたよ。恋する女の子が、好きな人に向けて歌う曲なんだ」
そう言って、わたしはそっとハオを見上げた。
——それは、あなたのことを想って歌います、って気持ちを込めて。
ハオ、わたしの想い……少しは気づいてる?
「ネネルーナに合ってて、いいな」
彼のその一言に、胸がきゅんと鳴った。
わたしを見つめる紫の瞳が、窓から差し込む光に照らされて、まるで宝石みたいに輝いている。
……ハオって、ほんと表情管理がアイドル級。
狙ってないのに、あんな風にときめかせてくるなんて……
無自覚って、いちばん恐ろしいやつ。
「でしょ!応援しててね」
そう言って、わたしはハオに向かって笑いかけた。
心の奥が、ぽっとあたたかくなるような感覚——それは、彼への愛しさだった。
かっこよくて、強くて、優秀なハオ。
そんな彼に、わたしも追いつきたい。
アイドルとして、自分の道をちゃんと歩いていきたい——そう強く思えた瞬間だった。
*
歌の審査が終わり、いよいよ選考通過者の発表が行われる。
養成所内の応募者たちがずらりと集まり、その熱気に包まれた空間に、わたしもその一人として立っていた。
……こんなにたくさんの人が同じ夢を追いかけている。
その中に自分がいるということを、改めて実感する。
どんな結果になっても、この努力は決して無駄にはならない。
たとえここで終わってしまっても、わたしはまた前に進んでいく。
でももし、次へ進めるのなら——その先の自分にもっと期待したい。
そして、ついに結果が告げられた。
……合格だった。
思わず歓声を上げたくなったけれど、まわりには他の候補者もいたから、ぐっとこらえる。
でも、心の中では小さく叫んだ。「やった……!」
わたしは次のステージへ進める。
次は一般応募者との合同審査となり、内容もより本格的になっていく。
そして、その様子は一般公開される。
つまり、わたしの姿が世の中に発信されるということ——夢にぐっと近づいている実感に、胸が高鳴った。
うれしい。
ただただ、誇らしかった。
結果発表が終わって会場の外に出ると、すぐにハオの姿が目に入った。
……ああ、またナンパされてる。
彼が女の子に声をかけられるのなんて、もはや日常茶飯事だ。
あのルックスであの空気感、しかもあの黒髪。
そりゃ目立つよね……。
「もしよかったら、これからご飯でも行きませんか?」
「……いや。今、人を待っているので」
……へぇ、いつもわたしには平然と冷たいくせに、初対面の人にはちゃんとやんわり対応してるのね。
「待っている間、少しだけでも……」
なかなか食い下がらない女の子たち。
ハオ、どうするの……?
まさか、押し切られてどこか行っちゃうなんてこと、ないよね……?
そんな不安が一瞬、心をよぎった——けれど。
「いや、大切な人を待っているので」
その言葉に、風が止まった気がした。
……大切な人?
え、いまハオ、わたしのこと“大切な人”って言った……!?
もうそれだけで、胸が爆発しそう。
言いたくてたまらなかった。
わたし、合格したの!って。
もう、じっとなんてしていられない!
「ハオーっ!」
勢いのまま、わたしは彼に飛びついた。
「勢い、よすぎ」
苦笑まじりにそう言いながらも、ハオはしっかり受け止めてくれる。
……その腕の中が、あたたかい。
「ハオ、わたしね、合格したの! 次の審査に進めるって!」
笑顔が止まらない。
この瞬間を一番に伝えたいって思ったのは、やっぱりハオだった。
「おめでとう。……ここからが本番だな」
そう言って、わたしの頭をやさしくポンポンしてくれる。
その手の温もりが、ご褒美みたいに心にしみた。
——もしこれが毎回もらえるなら、わたし、いくらでも頑張れる。




