8-3. ピンクの音色に乗せて
ダンス審査を終えて、わたしは気持ちを切り替え、歌の練習に取りかかることにした。
防音魔法を使えば校内でも練習はできるけれど、今日は外で、紅秋の少し冷たい風を感じながら思いきり歌いたかった。
寮を出て、校舎から少し離れた場所へと歩いていく。
朝焼けの空がゆっくりと移り変わっていくその様子は、どこか幻想的で、ほんのり肌寒い空気が心地よかった。
緑夏の朝とは違う、静けさに包まれた紅秋の朝。
朝日が昇る空は、まるでわたしの声にそっと寄り添うように、優しく染まっていた。
日の出の方角へ向かい、わたしはそっと発声をはじめる。
自分の声が嫌いな人もいるけれど、わたしは、自分の声がけっこう好きだ。
色がついているみたいに感じるから——ピンクはやさしい時、黄色は元気な時、金や銀は高波動のエネルギーを届ける時。
そんなふうにイメージしながら声を出すと、不思議と、気持ちが音に乗っていく気がする。これは、わたしなりの小さなこだわり。
歌の審査では、自分の好きな曲を選べる。
わたしが選んだのは、青春祭でわたしたちのグループが披露したアイドル曲のひとつ。
恋する気持ちをまっすぐ歌った女の子の歌。
今のわたしの心にぴったりだった。
ハオのことを想うと、自然と感情があふれてきて、声に乗っていく。
ピンクの音色をイメージしながら、歌に想いを込めていく。
……と、そのとき。後ろから足音が聞こえて、わたしは思わず振り向いた。
そこにはアレキ先輩がいた。ゆっくりとこちらに歩いてきている。
慌てて歌うのをやめて、ぺこりと頭を下げた。
「アレキ先輩、おはようございます」
「ネネルーナ、おはよう!」
「先輩も、歌の練習ですか?」
アレキ先輩も、同じ養成所に所属していて、今回のオーディションを男性部門で受けていることをわたしは知っていた。
「うん。外で練習しようと思ったら……綺麗な歌声が聞こえてきて。つい引き寄せられたよ」
その言葉に、胸の奥が熱くなる。
練習しているところを聞かれていたなんて……
しかも、そんなふうに褒められるなんて。
「この歌、青春祭で君たちが歌ってた曲だよね?」
「はい。よく覚えていましたね。わたし、この歌が好きで……」
2年も前の曲を覚えてくれていたなんて。
ちょっと恥ずかしくて、でも、それ以上に嬉しかった。
「誰かを想って歌ってる曲なんだね。……素敵だ」
「恋に頑張る女の子の前向きな曲で……わたし、こういう歌が好きなんです」
この歌を選んでよかったと、改めて思えた。
そのとき、冷たい風がそっと頬をかすめ、アレキ先輩がぽつりとつぶやいた。
「……誰かを想ってる歌のはずなのに、どうしてだろう。聴いてると、胸が痛くなる」
「……ん? 先輩、今何か言いました?」
風に目を細めていたせいで、ちゃんと聞こえなかった。
先輩の伏し目がちな横顔が、朝日に照らされていて、そのまつ毛の影がゆれて見えた。
「……いや、なんでもないよ。練習の邪魔しちゃってごめんね。お互い、オーディション頑張ろうね」
微笑みながらそう言って、アレキ先輩は静かに立ち去っていった。
その背中を見つめながら、わたしの胸の奥に、じんわりと何かが残った。
アレキ先輩のあの眼差し——どうしてだろう、あんなにも切なく感じたのは。




