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聖夜の夢はクジラの上で  作者: オノマトペ
1/4

*1*

 その日はクリスマス前日で街の雰囲気もすっかりきらきらと煌めいていた。ラジオからも聴き馴染みのあるクリスマスソングがひっきりなしに流れムードを盛り上げるのに一役買っていた。

 僕は仕事を終えると、同僚達に握手を交わしながらクリスマスの挨拶をして回った。クリスマスが祝日の為、それから年明けまでしばらく有給休暇を取る者もいて、ついでに一年の労を労い合った。


 十五時。最寄りの駅まで歩いて行く途中ですっかり靴の中まで濡れてしまった。天気は晴れ。昨晩の雪が日光で溶けてドシャドシャになってしまっている。僕はつま先歩きをしながらなんとか駅に着いた。電車が丁度よく入ってきた。


 電車の座席はほとんど埋まっていた。大きい買い物袋を提げた人が何人もいる。祝日にはスーパーをはじめほとんどの店舗が休みになるので決まってクリスマス前日は祝日の分の食材を大量に買う人でスーパーは混み合う。僕は一昨日、すでに買い物は済ませてあった。とは言っても、小さい手提げのバック一つで間に合うほどで十分な買い物だった。


 電車に乗って二十分、そこから歩いて十分で僕が住んでいる部屋に着く。建物自体は古く見えるが内装は十分に綺麗だ。場所も悪くないし家賃も余裕を持って払える程度で、僕はこの部屋を気に入っている。

 部屋に入って電気をつけた。今朝、朝食の後に片付けていかなかった食器と一匹の金魚が僕を出迎えた。とりあえず帽子と上着を脱ぎコートスタンドに掛けるとパン屑の乗った食器を洗った。


 二十四日の夜、クリスマスイブ、世間では恋人や家族と過ごす人が多いだろう。それから二十五日、二十六日の二日間の祝日も同じように。いつもより豪華な料理を食べ、いつもよりゆっくり過ぎる時間をくつろぎ、あれやこれやと話をし、中にはロマンチックに過ごす人たちもいるだろう。僕はというと、ひとりだ。

 そうかと言って、決して寂しくはない。強がっているわけでもない。僕はひとりで過ごす、ただそれだけの事だ。そもそも母国を離れて単身異国の地に降り立った僕がひとりで聖夜を過ごすのは至って普通だ。仲のいい同僚や友人にも恵まれているが彼らにも家族がある。クリスマスを家族で過ごす時間を邪魔する権利は、いくら仲が良くても持てるはずがない。決して自分の孤独を無理矢理に正当化するわけでも、他人の境遇に覚える劣等感を苦し紛れに打ち消しているわけでもない。至って普通なのだ。


 いつも通りシャワーを浴び、いつも通り金魚に餌をやった。空腹に喘ぐ腹を摩りながら冷蔵庫を開ける。一人とは言え特別な夜。少し奮発して買った食材が冷蔵庫内に押し込められていて、扉を開けた拍子にバターが滑り落ちて来た。ごちゃごちゃとした食材の山を掻き分け、今夜のメインディッシュを引っ張り出す。三十㌫割引で売られていた牛肉のステーキだ。思わずニヤついた頬を左手で抑えながら、落としたバターと一緒に牛肉を調理台に置いた。料理は決して上手ではないが焼くぐらいなら出来るだろうとフライパンを火にかけた。後ろのラジオから流れるクリスマスソングに合わせて鼻歌を歌うほど楽しい気持ちになっていた。

 牛肉を焼いている間に、バゲットを切る。帰り道、と言っても家のすぐ前にあるパン屋で買ったものだ。そのパン屋は良心的で祝日前にもかかわらず十七時まで開いていた。お陰でバゲットを買うことが出来た。

 まだ硬いクラストをパン用ナイフが通るザシュザシュという音が心地良く、一人だと言うのに思わず六切れも切ってしまった。


 焼き上がったステーキを皿に乗せ、スーパーで買った総菜のサラダを肉の脇にちょこんと添え、かごの中にバゲットを入れテーブルに並べた。赤ワインを取り出しそれもテーブルに並べた。聖夜らしく華やかに彩られた食卓に僕は満足していた。十分過ぎるほどの幸せだと思った。



 子供の頃に、サンタさんがいる、という話はもちろん聞いていたが、とてもじゃないが信じる事が出来なかった。もしいたのだとしたら、あまりにも不平等だと思ったからだ。理由は簡単。当時の周りの子供たちが貰っていたプレゼントは流行りのオモチャや自転車などだったのに対して、僕が貰っていたプレゼントはあまりにもみすぼらしかったからだ。具体的なプレゼントは恥ずかしいのでここでは書かないが、時には貰えない年さえあった。まだ子供だった僕に、その差は“サンタクロースの不平等”にしか思えなかった。

 今はもう立派な大人だ。サンタクロースの正体だって知っている。でも当時の僕は、まさかサンタクロースの正体がそんなに身近な存在だとは思いもしなかった。今思えば残酷だが、当時の僕はその“サンタへの不満”を父親に愚痴っていた。しかも僕には妹がいた。時には妹と二人で父親に詰め寄った事もあった。

「お父さん、サンタさんへの手紙ちゃんと渡したの?」

「サンタさんと友達なんて本当は嘘なんじゃないの?」

父親はいつも困った顔で笑いながら僕たちの不満を受け止めてくれていた。僕が四歳の時に母親は病気で亡くなり、それ以来僕達兄妹を一人で育ててきた父親にはクリスマスを過ごす余裕なんて本当は無かったはずだった。仕事をして家事をして、貧しく苦しいながらも何とかやりくりしている中で、サンタクロースに手紙を届けられるはずがなかった。


 僕が初めて“サンタクロースの正体”を知ったのは十一歳の時だった。確か友達と話している時に「サンタはいない」と聞いた。そして続けて“サンタクロースの正体”を知った。僕はハッとして、何とも言えない感情に襲われた覚えがある。その頃になれば、家庭環境の貧しさにも少しずつ気付いていた。そしてそれと照らし合わせた、父親に愚痴っていた過去のサンタクロースへの不満への後悔に似た感情だった。

 僕はどうしていいか分からなかった。父親にそれを告げるのも間違いな気がした。また突然、サンタクロースへの手紙を書かないことも間違いな気がした。子供が親に気を遣う事の重罪さを、子供なりに察知していたのだと思う。


 その年のクリスマスが今までで一番楽しくなかった。しかしよりによってその年のクリスマスだけ、僕は手紙に書いた通りハーモニカを貰えた。妹も、妹の身長よりも大きいテディベアを貰えた。朝、枕元のきれいに包装された小包を恐る恐る開けたあの感覚は未だに手が覚えている。


 後日、僕は涙ながらに父親に「もうクリスマスプレゼントは要らない。」と頭を下げた。“頭を下げる”場面ではなかったが、僕の中にあった罪に似た意識が勝手に頭を下げさせた。本当は「もう子供じゃないから」と、大人ぶって断るつもりだったが父親の優しい目を見た瞬間に涙があふれて来たのを覚えている。父親は黙って抱き締めてくれた。そしてその後思いもよらない言葉が父親の口から返ってきて僕は頭が真っ白になった。


「父さんの所にも来てたんだ、サンタクロース」

















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