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毎年、クリスマスの時期になるとこの話を思い出す。あれは父親なりに子供をかばって咄嗟に出た嘘なんだろう、と毎年、年齢を重ねるにつれより一層、父親になる事の大変さを感じる。今は独り身だがそのうち素敵な人と出逢い、恋に落ち、結婚をし家庭を持つとなった時に、果たして自分にはそういった覚悟や強さがあるだろうかと不安になる夜も少なくはない。
結局、六切れのバゲットも全て完食してしまった。ぱんぱんに膨れたお腹はさっきまでと違う声で喘いでいる。行儀が悪いとは分かっているが少し食べ過ぎた、僕は汚れた食器もそのままにベッドに体を倒した。天井を見上げる。そしてまた昔の事を思い出す。父親は元気にしているだろうか。
今は実家で妹と二人暮らしをしている父親は、定年を迎え仕事を退き、家事も専ら妹に任せている。文句の多い人でもないので、妹の家事にケチを付ける事などはないらしい。妹とはよく電話をするが、その時には妹の口から父親の様子を聞くばっかりで、電話口には出たがらないらしい。ただ「いつ帰ってくるのか」という事は、毎回問い質される。僕はいつも曖昧な答えしかしていないでいる。普段がそんな風なので、父親の事を特別に思い出すのはクリスマスの時くらいだ。
何時になったか分からない。ベッドに体を倒した僕はどうやら眠ってしまったようだった。瞼が重くなってきたな、と思ったところまでは意識がはっきりしていたが、そのうち眠ってしまったんだろう。
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目が覚めるとお腹の膨れはいくらかおさまっているようだった。天井を見上げる。電気が消えている。確か点けっぱなしで眠ってしまったと思っていたが、うつらうつらした状態でもどうやら律義に電気は消したらしい。トイレに行くために体を起こし立ち上がり電気を付けた。寝起きの目には決して優しくない。細めた目を光から逃げるように上から下へ向けると、ぼんやりとテーブルが目に入った。不思議な事に食器が無い。確か、片付けずに眠ってしまったと思っていたが、食器まで片付けてある。記憶が曖昧になってきた。と同時に、罪悪感と義務感に駆られ無意識に片付けをした自分を想像すると、人間の神秘に触れたような気持ちがして少し心が躍った。
トイレを済まし、水を飲もうとキッチンに行くと流し台に食器が積まれていた。
「なんだ、洗ってはいなかったのか。」
と、ほっとしたようながっかりしたような笑みを浮かべてスポンジを手に取った時、どこからかコンコンとノックの音が聞こえた。時計を見ると二十一時。
「こんな時間に誰だ」と思いながら恐る恐る玄関のドアを開いた。が、そこには誰もいなかった。
「気のせいか」と、今度は背後からまたコンコンと音がした。窓だ。
窓ではあるがノックの音ではない。なぜならここは三階で窓を開けてもその向こうに立てるような場所など無いからだ。大方、枝か雪だろうと思い流し台に向かった。それでもまだコンコンという音は三、四回繰り返された。そしていつもノックのような音だった。窓にはカーテンが掛かっていて外は見えない。僕は少しずつ怖くなっていった。
コンコン、コンコン、
繰り返されるノックの音。僕は心霊の類は信じていない人間だったが、この時ばかりは足がすくんだ。百聞は一見に如かずという諺があるが、話には信じられなかったがいざこうして自分の身に起こると嫌でも信じざるを得なかった。
コンコン、コンコン、
それでも鳴り止まないノックの音を止めるには、きっと正体を定かにする以外に方法はないと思い、決死の覚悟で僕はカーテンに手を掛け一息に開いた。
窓の外には人影。三階の高さの窓の外に人影。僕は叫びそうになったが、不思議なもので本当に恐怖を感じている時に叫び声は出ない。声は出ないし、目線は外せない。窓の向こうの目と、不意に視線がぶつかった。そして確かにその人影がノックをしている。どちらに転んでも不幸な結果しか想像がつかなかった僕は、半ば諦め、聖なる夜に十字を切って窓を開けた。窓の外からは冷たい風が室内に流れ込み、口ひげを生やしたおじさんが顔をのぞかせた。
その表情は決して子供向けの優しいものではなくどちらかと言えば少ししかめっ面にも見えた。その男はさらに顔を突き出し口を開いた。
「メリークリスマス」
男はそう言うと、黒いトップハットを取り軽く頭を下げた後もう一度かぶり直した。
「私、サンタクロースでございます」
僕は事態が飲み込めずにいた。サンタクロースが実在するわけないという事と、三階なのになぜそこに立っているのかという事と、第一なぜ僕の所へ来たのかという事と聞きたい事が同時に沢山涌き出てきてその処理に追われていた。そうして無意識のままに窓を閉めようと手を掛け、“自称”サンタクロースの顔を外に押し出そうと体を前に出した。すると外が見え、サンタクロースの足元にクジラがいる事に気付いた。また一つ疑問が増えた。そしていよいよ私は腰を抜かしてしまった。
閉め切れずにあった窓からサンタクロースは今度は中へ入ろうとしていた。僕は腰を抜かしていて動く事も喋る事も出来なかった。
完全に両足を室内の床に着地させたサンタクロースは外から伸びる赤いロープを部屋の中にあるラックの棒状の部分に括りつけた。察するに、クジラのリードのような物だろうと思う。そして彼は部屋全体を舐めるように見回しながら上着のポケットの中をまさぐり始めた。
彼の身なりは僕が知っている“サンタクロース”とは異なっていた。まず、全身が黒で統一されている。頭には黒のトップハット、黒のセットアップスーツの上に黒いトレンチコートを着ている。鼻の下に髭が生えていて顎に長い髭は蓄えられていなかった。きっと外で見たクジラに乗ってきたのだろう、トナカイが引くソリでもなかった。
「ジュード君で間違いないかな」
サンタクロースは手に持った紙と僕を交互に見ながら聞いて来た。僕は彼が自分の名前を知っている事に動揺した。
「間違いないね。さぁ、早く上着を羽織って外に出るんだ」
サンタクロースはそう言うと急かすように両手を二回打ち鳴らした。腰が抜けている僕は依然として口を開けっ放しにしたまま彼の顔を見ていた。すると彼は見かねて手を差し伸べてきた。思いのほかスムーズに手が動き、案外スッと立ち上がることが出来た。
「さぁ、急いで。時間が無いんだ」




