第四章 龍の怒り -7
後日、警察が来て、ひき逃げ犯が自首してきたことを告げた。佐藤を筆頭に、龍之介に魔女の能力を吸い取られた者たちだった。動機はひったくりだと言っているらしい。自分たちが魔女だったことを隠し通すつもりなのだろう。もっとも、言ったところで信じてもらえないであろうが。
龍之介の両親は、いつまでたっても帰ってこない息子を心配し、捜索願を出した。龍之介は、容疑者から行方不明者になった。
亜子は、幼馴染の龍之介くんが自分を撥ねたひき逃げ犯でないことがわかり、嬉しそうだった。
「わたし、龍之介くんのことは一つも覚えてないんだけど、でも、そんな子がいたような気がしてるのはどうしてなのかな? 不思議ね」
亜子がベッドに座って、脚をバタ足のように動かしながら龍之介に話しかけた。
「きっと、長い時間一緒にいたから、頭が覚えてなくても、感覚で覚えてるんじゃないかな? 例えば、一度自転車に乗れると、しばらく乗らなくても、体が覚えてるみたいに」
龍之介の適当な返しに、「なるほど」と言って、亜子は手を叩いた。そして、「会ってみたいな。龍之介くんに。早く見つかるといいな」と言って、ベッドにゴロンと横になった。龍之介は今すぐにでも、人間の姿に変化して亜子を抱きしめたかった。そして、そうできないことに、悔しさで涙を滲ませた。
亜子は順調に学生生活を送ることができ、一月の試験期間が終わると、無事に卒業できることになった。しかし亜子は、内定をもらっていた会社には事故のことを話して入社を辞退させてもらった。記憶が戻らないまま会社に就職する気にはなれなかったようだ。
大学が春休みになり、二月になっても、亜子は小林の研究室へ通い続けた。どうやら、小林の研究の手伝いをしているようなのだ。
「リュウちゃん、もうすぐバレンタインデーでしょ。わたし、先生にすごくお世話になってるからチョコのほかに何かあげたいんだけど、何がいいと思う?」
女同士でするような話題を振られ、龍之介は困った。
「何でもいいと思うよ。亜子の気持ちがこもっていれば」
月並みなことを言いながら、龍之介は嫉妬した。毎年亜子からチョコレートをもらっていたのは自分なのに、今年は小林にあげようとしている。マンドラゴラがないだけまだましか、と思うことにした。「何がいいかなぁ」と言いながら考える亜子の横顔がすごくキレイに見えた。前にもこんな顔を見たことがある。龍之介はハッとした。自分と恋人になった直後に見た顔だった。この顔を見たあと、亜子はバイクに撥ねられたのだ。
――恋する女の顔だ。
龍之介の胸は締め付けられた。恐れていたことが起こってしまった。
龍之介の胸の内とは裏腹に、亜子は鼻歌を歌いながら、小林に何を贈るか思案していた。
亜子は考えた末、手袋を贈ることにした。小林が手袋をしているところを見たことがないからだという。バレンタインデーの前日、亜子は郁子に手伝ってもらいながら手作りのチョコレートケーキを作っていた。ラッピングも自分ですると言って、何度も練習していた。けなげな亜子を前に、龍之介は絨毯に爪を立てるしかなかった。
翌日、亜子は自分でラッピングしたチョコレートケーキとプレゼントの手袋を持って、いつもよりもお洒落をして意気揚々と出かけて行った。
その日、亜子は帰ってこなかった。
これで第四章は終わりです。ここまで読んで下さった皆様、ありがとうございます。
第五章は最終章です。どうか、最後までお付き合いの程、宜しくお願いいたします。




