第四章 龍の怒り
亜子のスマホから俊美にメッセージを送ってから三日経つが、いっこうに既読にならない。司の部屋で並んでベッドに座りながら、スマホの画面を見つめ、龍之介と司は胸騒ぎを覚えた。司が自分の部屋のドアを開け、廊下に誰もいないのを確認すると、再びドアを閉め、俊美に電話をかけた。呼び出しコールどころか、電源が入っていないらしく、繋がらなかった。
「龍ちゃん、なんかヤバいよ。どうしよう」
司が不安そうに言う。
「まずは、おばさんに報告した方がよくないか?」
龍之介も弱気になる。
「ダメだよ。母さんなんかに言ったら、大変なことになる。あの人、一度火が点くと止まらないんだから」
「おばさんが? 意外だなあ。そんな一面もあったのか」
感心する龍之介に司は口をとがらす。そして、思い切ったことを口にした。
「こうなったら、吉中リーダーに直接連絡とってみようよ」
龍之介は一瞬黙って静かに言った。
「そんなことしたら、司も狙われるかもしれないよ。いいのか?」
司は間髪入れずに、「いいよ」と言ったあと、「だって僕のことは龍ちゃんが守ってくれるでしょ?」と言って笑った。そんな司が妙に男らしく大きい男に見えてきた。
司はさっそく、亜子のスマホから吉中にラインで「会って話しがしたいです」とメッセージを送った。数秒で既読になり、すぐに電話がかかってきた。司は驚いてスマホを落としそうになったが、龍之介にドアの外を確認するように指示を出すと、胸を手で押さえて深呼吸した。龍之介はドアまでスッと飛び、ドアを開けて廊下を確認したあと、司に振り向いて頷いた。家には龍之介と司以外は亜子しかいない。今頃亜子は、自分の部屋で勉強しているはずだ。それでも念のため、声のボリュームを下げて話すようにと、龍之介は手のひらを下げる動きで司にサインを送った。
司はさっそく吉中と会う約束を取り付けた。人に見つからないように、日付の変わった夜中の二時に、菖蒲茶屋公園で待ち合わせしたという。
「龍ちゃん、今夜は僕と一緒に寝て、二時前になったらこっそり家を出ようよ」
司の言葉に龍之介は戸惑った。
「俺も一緒に行っていいのか?」
「なに言ってんの? 龍ちゃんが行かなきゃ始まらないよ。ある意味、一番の被害者は龍ちゃんなんだよ。姉ちゃんが狙われたのは自分で蒔いた種みたいなところがあるけど、そのせいで龍ちゃんは未だに龍のままなんだからね。それに、事故の目撃者でもあるんだから」
確かにそうだった。龍之介は頷くしかなかった。
その夜は、たまには男同士で寝る、と言って龍之介は司の部屋で休んだ。亜子は頬を膨らませたが、今夜だけだよ、と言って龍之介を司に譲ってくれた。亜子の膨れ面を思ってニヤつきながらベッドでゴロゴロする龍之介に、司は冷ややかな視線を送っていた。
夜中の一時半になると、司は吉中リーダーを待たせるといけないから、と言って早めに出かける準備を始めた。いつの間にか靴をベッドの下に隠していて、そっと窓を開けると、靴と亜子の日記を持って龍之介に合図した。龍之介はスッと窓の外へ出て如意宝珠を撫でると、体を馬ほどのサイズまで大きくした。龍之介の背中に乗ると、司は、「わあ~」と、一瞬声を上げたが、夜空に響き渡ったので、はしゃぐのを堪えた。
龍之介は司を乗せ、夜の住宅街をゆったりと泳ぐように飛んだ。
「司。少し上昇するから、角でも鬣でもいいからしっかりつかまって」
司の湿った手が龍之介の角を掴む。初めて龍に乗って興奮しているのだろうか。
鼻先からゆるい斜めの角度で上昇し、電線を下に見るところまで上がったところで、龍之介は高度を保ち、優雅に飛んだ。司はさっきから黙って乗っている。怖いのだろうか。
「司。大丈夫か?」
龍之介が話しかけると、
「ふぁいふぉうふ(大丈夫)」
と司は何かをくわえているような声で返した。ノートをくわえていたのだ。両手は龍之介の角で塞がれていた。だから司は大人しかったのだ。
龍之介は小さく吹きだすと、少しだけスピードを上げた。住宅街を抜けると、親水公園の上を飛んだ。気のせいか、公園の中の人口の川が騒めいているように感じた。小魚たちが龍之介の登場で目を覚ましてしまったのかもしれない。龍之介は心の中で、ごめん、と言った。
菖蒲茶屋公園が見えると、龍之介はゆっくりと高度を下げ、公園の真ん中にふわりと着地した。司が降りると、龍之介は体のサイズを元の子犬サイズに戻した。
公園をぐるりと見渡すと、まだ吉中は来ていないようだったので、龍之介と司はベンチに腰掛けて待つことにした。




