脳=狂気
ある日、慈悲深く聡明なお姫様は悪い魔女にノウを奪われてしまいました。
ノウ無しのカカシになったお姫様を救うには王子様の口づけが必要です。
……しかし。
「この国の王子である私がただのカカシを愛するわけがないだろう。身の程を知れ」
王子様の一言で、カカシは長い旅の末に辿り着いたお城を追い出されてしまいます。
愚かなカカシはそれに憤ることもありません。
「なぜ、王子様はわたしを追い出したのかしら?」
そんな疑問を胸に抱いて、行き場のなくなったカカシは再び旅に出ます。
今度の旅は長く、長く、長く――終わりがありません。だから、王子様がカカシを受け入れてくれなかった理由をゆっくりと考えることができました。
王子様はお姫様を愛していたはずです。けれど、カカシのことは愛してくれませんでした。ノウ無しのカカシはあるはずもない知恵を振り絞って、王子様に愛してもらう方法を考えます。
お姫様であった頃と、カカシになった今との違い。
カカシはそこに王子様の愛を得るための鍵があると思いました。
「そうだわ! きっとノウよ!」
ノウを無くしたから、愛を失くしたのだとカカシは思い至ります。
「そうとわかったら、ノウを手に入れなくっちゃ!」
カカシは弾む足取りで近くの村に向かいました。
そこは小さな村でノウの数は三十ほど。カカシは村人たちの頭を割ってすべてのノウを手に取りましたが、残念なことに、王子様に愛してもらえるような若くて美しくて聡明なノウは一つとしてありませんでした。
前向きなカカシもこれには落ち込みましたが、気を取り直して次は大きな街に向かいます。
しかし、その街にもカカシの求めるノウはありませんでした。
カカシの旅は続きます。ノウを求めて水底の国にも空に浮かぶ島にも行きましたが、王子様を満足させられるようなノウは見つかりませんでした。
「ああ、王子様のようなノウはどこにあるのかしら?」
長い旅の果てに、カカシはとある王国に辿り着きます。そこはカカシがカカシになって初めて訪れた国でした。
そう、愛する王子様のいる国です。
「王子様、お久しぶりです」
「な、何をしにきた!? っ、何が欲しいんだ? 金か宝石か、それとも国か?」
王子様に抱きしめてもらおうと真っ赤な腕を伸ばしたカカシを王子様は拒みます。
カカシは不思議そうな顔をした後、大切なことを忘れていたことに気づきました。まだノウを手に入れていなかったのです。空っぽ頭のカカシはそれをすっかり忘れていたのでした。
「ごめんなさい、王子様。まだノウはないんです」
王子様のようなノウを求めて、カカシは手に持っていた斧を振りかぶります。
「でも、きっと――これで大丈夫ですわ」
血で汚れたノウをしっかりと胸に抱いて、カカシは幸せそうに微笑みました。
王子様のノウなら、きっと若くて美しくて聡明なはずです。優秀なノウを手に入れたカカシを王子様も愛してくれることでしょう。
苦労の末に手に入れたノウにカカシは口づけを贈ります。
「……あら?」
幸福な口づけはなぜか涙の味がして、カカシは首を傾げてしまいました。両手で抱いたノウに、傍らで倒れ伏す王子様に、どうしてか涙が止まりません。
けれど、カカシは愚かなので。
昔はお姫様だったことも、王子様を愛していたことも、ノウを求めていた理由も――涙を流すことも、いつしか忘れてしまいます。その頬にもう涙はありません。涙を流した理由に気づかないまま、カカシはノウを抱いて笑いました。
狂ったような哄笑は城中に響き渡ります。
そして、かつてはお姫様だったカカシがもう一度王子様のノウに――脳に口づけると、どこからか悪い魔女の笑い声が聞こえた気がしました。
タイトル「のうなしのおひめさま」
作者:雨柚




