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不死鳥の乙女  作者: ren
精霊の花嫁
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回りだした炎

「お姉ちゃん」


「……どうしたの、ミラ」


 大きなベッドに二人で横になって寝そべり、昼寝をする気満々だった私たち。半分夢の世界に入っていた私に、ミラはまるで起きているかどうか確認するかの様に話し掛けてきた。


「……お姉ちゃんはミラのこと、好き?」


「……好きだよ」


「……どうして?」


 私はほとんど目を瞑ったまま、思ったままにその質問に答える。


「……んー。 故郷にいた、友達に似てるからかな」


「……」


 それ以上ミラが何も言わなかったので、私はふかふかの布団に完全に身を委ねることにした。だから隣で同じように眠っているはずのミラの目が、ぱっちりと歩いていることに全く気付かなかった。


 彼女は私が完全に眠っていることを確認すると、音も無く起き上がり床に降り立った。


「……友達、か。 変わらないのね、レナ」


 彼女はくすりと笑って、すたすたとドアから出て行った。その直後だった、部屋から小さな小さな炎があがったのは。やがて炎は大きくなり、屋敷全体を飲みこんで行った――。


 一番先に異変に気付いたのは、火元の隣の隣の部屋で寝ていたオルだった。


「……何だ……?」


 彼の敏感な鼻は正確に、今どこで何が起きているのかを嗅ぎ当てることが出来た。出来るだけ早く起き上がったオルは、すぐにレナの元へ向かった。


「……レナ、レナ!」


 ドアをドンドンと叩くが、中からの反応は無い。チッと舌打ちをしてドアノブを握ったオルは、その熱さに思わず手を離した。


「……仕方ないな」


 オルはもう一刻の猶予も無いと、火傷をしない様に服でドアノブを覆って回し開け放った。


 その途端、息が詰まる程の熱い空気が彼に襲い掛かった。


「……!」


 火が燃え盛る床の向こうに、確かにレナの姿があった。


「……レナ!」


 私は気持ちの良い、夢を見ていた。それは故郷の、ヒトおばあ様の家だった。私とリリアは、いつでも暖炉の前に座ってヒトおばあ様の話を聞いていたものだった。だが私は時に、その心地よさにそのまま居眠りしていたっけ……。


 パチパチと燃える薪の音は私にとって、子守唄以外の何物でも無かった。暖かさに包まれ、私は様々な夢の間を彷徨った。


『……レナ。 レナ』


 そんな中で私はいつも、誰かに呼ばれている気がした。


「……レナ! レナ! 起きろレナ!!」


「……え……?」


 夢の声と被る様に、誰かの切羽詰る声に私の意識は急に現実へと引き戻された。


「……レナ! 大丈夫か!?」


 ハッと身を起こすと、そこには炎の海と化している自分の部屋があった。


「……レナ!」


「ど、どうなってんの!?」


「……とにかくここから出るぞ!」


「――うん!」


 私は上手く火が無いところを選んで、オルの元へとたどり着いた。


「オル、肩かすよ!」


「……俺は良いから、とにかく人を――」


 オルが私に指示を出そうとした時、バタバタという足音と共にお供を何人も連れたブリリアントが向こうから走ってきた。


「オル兄様! レナ様!」


「ブリリアント!」


「……呼びに行く手間が省けたな」


 彼女はすぐに状況を把握し、お供の者に消火を命じた。彼らは用意が良いことに、すでに手に水桶を持っていたのだ。


「今、お屋敷の至る所で火が上がっていますの。 お兄様達も早く、外に避難を……!」


「至る所で!?」


「ええ。 ですから――」


「ブリリアント様! ここはもう駄目です! 火が強すぎます!」


「――!」


 お供の人が空になった水桶を手に、そう叫んだ。その後ろから今にも襲い掛からんとする、人の背よりも遥かに高く立ち上る炎に私たちは絶句した。


「ぶ、ブリリアント!」


「……くっ。 撤退します! 一同、皆の避難を誘導して下さい!!」


 彼女の判断はこの屋敷の主として正しく、同時に求神として間違っていた。この屋敷は彼女の精霊――エントそのものであった。もし屋敷全体が燃え尽きてしまえば、エントは死ぬ。彼女にはそれが分かっていたからこそ、彼女の指示でお供の者が各階に散った後再び炎に向かって行った。


「オル兄様とレナ様は、早く逃げて下さい。 私は何としても、この火を消さなければ――」


 そんな彼女の腕を、オルはがしっと掴んだ。


「……そんなに震えていて、何が出来ると言うんだ」


「ですが――」


「……ここは一旦引いて、イザムを呼ぶんだ。 あいつの水龍の力があれば、まだ何とかなるはずだ」


「――!」


 オルの力強い言葉に、ブリリアントはピクリと背中を震わせた。


「……ここでお前が焼け死んでどうする。 行くぞ、ブリリアント」


「――はい!」


 彼女の目には、涙が光っていた。


「……避難開始!!」


 轟々と燃える屋敷の中を、たくさんの人が出口に向かって走って行く。煙を吸わない様に、空いている方の手で口を押さえながら私たちもそれに続いた。


 ようやく外に出た私たちは、とりあえずホッと一息ついた。すでにそこには先に避難した人たちが集まっており、ざわついていた。


「ブリリアント様――!」


「良くぞご無事で!」


 そう言ったのは、先に皆を誘導していたギーヤさんだった。


「ギーヤ、状況はどうなっていますか?」


「時期に避難は完了します。 現在イザム様に使いを出し、こちらに向かって頂いております」


「流石ですわ」


 ホッとした様なブリリアント。しかし私は、今になって激しい焦りを覚えていた。


「……ミラがいない」


「……何!」


「どうしよ、まだ屋敷の中に――」


「落ち着いて下さい、レナ様。 まだ全員が避難したわけではありませんから、これから――」


 ブリリアントが私を落ち着かせようとそう言った時、丁度屋敷の中から先程別れたお供の人が叫びながら出て来た。


「ブリリアント様、全員避難完了しましたー!」


「嘘よ、まだミラが――」


 私は迷わず、屋敷に向かって走り出して――ブリリアントにがっしり肩を掴まれてその場で無駄に足掻いた。


「離して、ブリリアント!」


「待ってください。 オル兄様今、気配を探ってらっしゃいます。 すでにこの中にいる可能性も――」


「……残念だが本当に、ミラは屋敷の中にいる様だ」


 目を瞑って精神を統一していたオルは、すっと目を開きながら言った。


「屋敷の最上階で一人……存在を感じる」


「最上階? そこはブリリアント様の……」


「きっとミラよ! 私、助けに行ってくる!」


「……待てレナ。 屋敷に飛び込むのは危険すぎる。 ここはイザムが来るのを待つべきだ」


「そうです、レナ様。 もしものことがあれば――」


「二人共、私、これでも“不死鳥の乙女”よ。 炎は私の領域。 私なら、炎の中ミラを助けに行ける。 ね、何も問題無いでしょ?」


「……」


「……」


 ――ミラ、待っててね! 今行くから!


 二人が口を閉じた瞬間を逃さず、私は炎の屋敷に飛び込んだ。



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