オルの出した結論
よろよろと屋敷にある自室に戻ったオルは、頭からベッドに倒れ込んだ。
「……力があったなら、受け入れられた……か」
彼の呟きは当然彼の中にいる麒麟にも聞こえていたが、返事は無かった。オルはそれを気にするでもなく、ごろりと半回転して天井を見上げた。彼は終わりの無い問いかけという沼にはまると共に、そこに沈むわずかな希望の存在に気付こうとしていた。
「……俺は……昔も……」
沈みつつある光を掴もうと、彼はもがいた。もがいてもがいて、沼の奥へと沈んで行った。しかしその希望は、どうしても彼の先を行ってしまう様だった。
気付けば彼は、光の欠片も無い様な真っ暗闇にいた。彼は自分が沈んでいたのか、前に向かって進んでいたのか、それとも上へ上へと登っていたのかさえ忘れてしまっていた。彼に残っていたのは、ただ今を感じる力だけだった。
「……俺は、俺……」
オルは見失っていた自分を徐々に、頭に描いて行った。意識した順番に、手が、胸が、足が、暗闇からぽっと現れていく様だった。それは彼が彼であると確信を持って言える、今の自分自身の物だった。
「……過去を思い出すのに、過去を見つめる必要は無かったということか……」
彼は自分の顔を確かめるべく、右手で自身に触れた。こめかみに触れた指先からは規則正しい脈が響いてきて、あたかも生きている証を示しているかの様だった。
暗闇で自身の存在を取り戻した時と同じく、彼に記憶が戻ったのは突然だった。キーンという甲高い音と共に、ぼやけていた視界が急に晴れていくのをオルは感じていた。
「……麒麟……」
『思い出したんだな、オル』
「……ああ」
未だふらつく頭で、彼はゆっくりとベッドから立ち上がった。
「……全て思い出した。 俺の力、俺の過去、俺の……生まれてきた意味」
テーブルに置きっぱなしにしていたコップの水をぐいっと飲んで、彼はふーっと息を吐いた。
『それじゃあ改めて聞こうか。 ……お前は、人間は好きか?』
麒麟の問いに、彼の真っ暗だった脳裏に色がついていく。レナやイザムだけでなく、ラリーやピア、挙句の果てには生まれた村で人々の顔を彼は思い出していた。
「……ああ、好きだ」
『お前の“力”だけを欲する人間もか?』
「……ああ」
『思い通りにならないと知るや、お前を見限り虐げた人間もか?』
「……ああ、好きだ」
『理由は?』
「……理由は、分からない」
『……』
「……どうしても理由がいるなら、これから探す。 それでは駄目か」
『…………。 いや、それで良い。 何故なら――』
「……答えの無い問題ほど、心は簡単に決まる。 しかしそれを説明する言葉は、得てして見つからない。 かつてお前が言った言葉だな」
『なんだ、覚えていたのか』
「……当たり前だ」
『それじゃあ、力の使い方も……思い出したんだろうな?』
「……ああ」
短くそう言うと、彼は再びベッドにダイブした。
『……オル?』
「…………」
しかし彼から聞こえるのは、ただただ規則正しい息づかいだけだった。
『……ったく。 久しぶりに色々しゃべろうと思ったのに……』
『……まあ、いっか。 結局オルはオル、変わってなかったんだからな……』
麒麟はまるで一人の時間を持て余しているかの様に、ぶつぶつぶつぶつと呟いていた。しかしそれも消え、いつしか部屋には二つの寝息だけが残っていたのだった。
オルはコンコンというノックの音に、ゆっくりとベッドの上で身を起こした。
「――オル兄様?」
「……ブリリアントか」
お盆に乗りきらんばかりの食事を乗せ、この国の“求神”は満面の笑みと共にオルの部屋を訪れていた。
「……悪いな」
「いいえ、お気になさらないで下さいませ」
ブリリアントは持って来たランチを彼の前に置き、お茶の準備を始めた。
「……力を得たのは良いが、こんなにリターンがあるとはな」
「仕方ないですわ。 本来は覚醒を経て徐々に力が解放されるところを、お兄様は一時に手に入れられたのですもの。 体との均衡が崩れてしまうのは当然のことですわ」
私も十の時に目覚め、ゆっくり一年かけて力を解放しましたの。彼女はそう言って、淹れたてのオレンジペコが注がれたカップをオルに手渡した。
「……ああ、ありがとう」
彼がお気に入りのお茶を飲んでいる間、部屋には良い沈黙が漂った。
「……なあ、ブリリアント」
「はい、お兄様」
ソーサーにカツンとカップを置いた彼の顔は、すでに“求神”のものだった。
「……記憶を戻したのは良いが。 結局、“炎の悪魔”やカムイのことは何も分からない」
「……」
麒麟の言葉に、ブリリアントはぎゅっと両手を握りしめた。
「……すまない」
「お兄様に謝られることなど、何もありませんわ」
切なげに笑うブリリアントだったが、無理をしているのは明らかだった。手がかりさえない事件を前に、彼女が自分よりも記憶の古い“麒麟”を頼るのも無理はない話だった。
「……だがもしかしたら、イザムが今頃何かしらの手がかりを掴んでいるかもしれない」
「イザム兄様が、ですか?」
驚くブリリアントに、彼は言った。
「……少し、気になることがあってな」




