「冒険という世界①」
初めまして、ご覧いただきありがとうございます!
お楽しみいただければ幸いです。
「はぁ……はぁ……」
遠くに巨大な城壁が見えてはいるものの、いくら歩いても一向に近づいてくる気がしなかった。
この半月で、一体いくつの山を越えてきたのだろうか。
冒険者になると息巻いて故郷を飛び出したはいいが、地図の一枚すら持たずに旅立ったせいで、目的地まであとどれほど歩けばいいのかさえ分からなかった。
「ようやく着いたのかよ……」
故郷を出てから丸一ヶ月。
ついに、巨大な城壁に囲まれた王都へとたどり着いた。
王都の名にふさわしく、城門の前は街へ入ろうとする人々でごった返している。
「はい、通行証を持っている者は提示して中へ! 持っていない者はあっちで仮通行証を買いなさい!」
王都に入るのに通行証が必要だということすら知らなかった彼は、仮通行証の値段を見て絶句した。
『仮通行証一枚で1シルバーだなんて……』
全財産が3シルバーしかない彼にとって、数日以内に稼ぎ口を見つけなければ、遠からず路頭に迷うハメになる。
検問所へと引き返し、涙をのんで購入した仮通行証を衛兵に差し出した。
「ふむ、どれどれ。……おいおい、ずいぶん酷い格好だな。来る途中でモンスターにでも襲われたのか?」
周囲にいた見物客から、クスクスと笑い声が漏れる。
衛兵は軽い冗談のつもりで言ったのかもしれなかったが、この一ヶ月の過酷な旅路を振り返れば、いっそモンスターに遭遇していた方がマシだったかもしれないと彼は思った。
「思ったより道中が険しくて。……それより、ここに冒険者ギルドがあるというのは本当ですよね?」
「ああ、冒険者志望の坊やか。王都の冒険者ギルドといえば、大陸でも指折りの規模を誇るギルドだからな!」
その後も衛兵のムラド自慢は止まりそうになかったが、折よく別の旅人たちの一団が到着したおかげで、彼は命拾いした思いで、その場を離れた。
財布はすっかり軽くなり、足取りは重いまま城門をくぐる。
だが、そこには1シルバーを払った甲斐があったと思わせるほどの絶景が広がっていた。
のどかな田舎町だった故郷とは違い、通りの左右にはあらゆる店がずらりと立ち並び、それに負けじと大勢の人々が行き交っている。その熱気に、彼は思わず圧倒されてしまった。
『これじゃあ、今日中に冒険者ギルドを見つけるのすら一苦労だな……』
ひとまずギルド探しは後回しにして街を散策しようとした、その時だった。
「きゃあぁぁぁっ!!!」
悲鳴のした方へ視線を向けると、人だかりができていた。
人混みをかき分けて騒ぎの中心へたどり着くと、そこでは大柄な男がダブルアックスを突きつけ、エルフの女性を脅しつけていた。
「この泥棒猫がっ!! 盗んだもんをさっさと出しやがれ!!」
「ふざけないで! 因縁をつけてるくらい、誰が見たって丸分かりよ!」
「とぼけんな! このエルフめ、俺たちのクランに忍び込んでありとあらゆるお宝を盗んでいきやがったんだ!」
「嘘をつけッ! 私は今日、あんたなんかと初めて会ったのよ!」
男の威圧的な態度のせいか、周囲の野次馬たちはすでに彼女を犯人と決めつけているようだった。
幼い頃、自称・元冒険者のブルームおじさんが『エルフってのは神秘のベールに包まれた種族だからな、滅多にお目にかかれないし高嶺の花なんだぞ』と語っていたのを思い出す。
だが、目の前の光景を見る限り、ブルームおじさんの話はただのホラだったらしい。
『何事も自分の目で確かめてみろ』と言って王都へ行く背中を押してくれた村長の言葉が、ふと頭をよぎった。
関わらずに立ち去ろうかとも思ったが、『不正を目にして見過ごすような人間になるな』という両親の遺言めいた言葉が彼の足を止めさせた。
「あのう……」
男は声のした方へと顔を向けたが、視界に入ったのは、自分の腰にも届かないようなヒヨッコ一匹だった。
「あぁん? まさかお前が呼び止めたのか、ガキ?」
それもそのはず、男はオーガと見紛うほどの巨漢で、二人の身長差は大げさでなく二倍近くありそうだった。
「こう見えても二十歳なんですけど。……それで、そのエルフさんが盗んだっていう証拠でもあるんですか?」
「証拠ぉ? そんなもんが必要なのか? ガキだから知らねえんだろうがな、エルフって種族はハナから泥棒と相決まってんだよ!」
「へえ、そうなんですね。……皆さん、知ってました? そんなエルフから金貨を巻き上げる、恐ろしく強欲な泥棒クランがあるそうですよ?」
『まあ、でっち上げだけど』
「なんだと、この野郎ッ! その口、二度と口たたけねえようにしてやる!!」
野次馬たちが吹き出す中、頭に血が上った男が手にしたダブルアックスを叩き下ろしてきた。
迫り来る刃を見つめながら、オルマは『図体の割に動きが素早いな』と感心しつつ、ひょいと軽やかに身をかわした。
『埃を吸い込むと体に悪いし、おとなしく受け止めておけばよかったかな』
「――ドゴォン!!」
突然の斬撃と凄まじい衝撃音に、先ほどまで嘲笑っていた野次馬たちが一瞬で静まり返る。
土煙がもうもうと立ち込め中の様子は見えないが、男はガキが真っ二つになったと確信し、斧を引き戻した。
「ハッ、さて……話の続きと行こうじゃねえか」
男が振り向きエルフの女性を睨みつけたが、彼女は信じられないものを見る目で男の背後を見つめていた。
「あの……まだここにいますけど」
何事もなかったかのように平然と立っているガキを見て、男は内心うろたえた。
『まさか躱されたわけねえ。ガキ相手に力が入りすぎて外したのか……!?』
「そんなに興奮しないでくださいよ。おじさんのことを泥棒と言ったわけじゃないんですから」
「生意気なガキがぁッ!!」
もともと険しい顔つきの男は、怒りでその表情をさらに歪め、再び斧を頭上高く掲げた。
『また埃をかぶるのは嫌だな』
王都初日から騒ぎの当事者になるわけにはいかない。
そう判断した彼は、そろそろ終わりにすることにした。適度に手加減はしなければならないが、少し痛い目を見せないと懲りなさそうだ。
いつもより少しだけ力を込めてみることにした。あとは、あの巨体にふさわしい頑丈さを持っていることを祈るばかりだ。
先ほどと同じ軌道で振り下ろされる斧を見つめていると、ふと斧そのものが気の毒に思えてきた。
『脳みそまで筋肉なのかな?』
彼は最初の攻撃をかわした時と同じように、体をわずかに横へとずらした。
案の定、今回も男は隙だらけだった。叩きどころが多すぎて、どこを叩くか迷ってしまうほどだった。
どこを叩いてやろうかとしばらく思案した末、彼は男の懐へと潜り込んだ。
――シュッ。
風を切るようなかすかな音が、人々の耳に届いた。
次の瞬間、あれほどの巨体が嘘のように、男はダブルアックスと共に地面へ転がっていた。
「!?!?」
何が起きたのか全く理解できず、見物人たちは開いた口が塞がらない。
ただ、群衆の中に紛れていた数名の実力者だけが、彼の無駄を削ぎ落とした動きに息を呑んでいた。
あっけない決着に興が削がれたのか、野次馬たちはすぐに散っていった。
「あの……ありがとうございました」
人が散った頃合いを見計らい、エルフの女性が近づいてきてお礼を言った。
人間とは異なるエルフ独特の容姿や、どこか浮世離れした響きを持つ声は、確かに異質な雰囲気を漂わせていた。
「いえ、たいしたことじゃありませんから……」
「あんな動き、初めて見ました。もしかして騎士見習いさん? その格好を見るに今は休暇中ですか? どちらから来られたんですか? 差し支えなければ所属も教えてほしいです。あ、フリーランスですか?」
エルフというのは、みんなこんなにおしゃべりなのだろうか。
初対面でぶつけるには失礼な質問だと分かりそうなものなのに、お構いなしに畳みかけてくる質問の嵐に、彼はすっかり気疲れしていた。
それはそうと、手加減したつもりだったが、やはり人目の多い場所ではもっと自重するべきだった。周囲への配慮が足りなかった自分を反省する。
「まあ、相手が勝手に頭に血を上らせただけですよ。……まだ無職ですし」
彼の素っ気ない返答に彼女は腑に落ちない様子だったが、幸いにもそれ以上追及してはこなかった。
「まあいいでしょう。私はアデル・シュティラーウィント。見たところこの辺りは初めてのようですが、どちらへ向かわれていたんですか?」
「あ、僕はオルマ。オルマ・ミュラーと言います。ひとまず冒険者ギルドに行こうと思ってたんですが、場所が分からなくて。適当に散策しながら探そうとしていたところです」
「まあ、冒険者ギルドへ? それなら一緒に行きましょう。私もちょうど用事がありますから」
アデルに案内されて冒険者ギルドへ到着したオルマは、一人で探していたら何日かかっただろうと想像してぞっとした。それほどまでに王都の規模は想像を絶していた。
「冒険者登録が終わったら、どこにも行かずにここで待っていてくださいね。逃げちゃダメですよ……?」
逃げる理由もないのにどうして釘を刺されるのだろうと思ったが、ひとまず頷いて受付へ向かった。
受付に座っていた女性は、オルマを見ると愛想よく声をかけてきた。
「いらっしゃいませ! 大陸一を自負するムラド冒険者ギルドへようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「冒険者登録をお願いしたくて」
「あら、新規登録ですね! 冒険者の世界へようこそ。では、こちらに申請書のご記入をお願いします」
女性は丁寧な手つきで申請書と羽ペンを差し出した。
オルマは申請書にざっと目を通す。
【名前、出身地、種族、年齢、適性系統】
「あの……適性系統って何ですか?」
「ふふ、初めての方には少し聞き馴染みがないかもしれませんね。簡単に言えば、どのような職業系統に適性があるかをお尋ねする項目です」
説明を聞いても、田舎から出てきたばかりの自分にそもそも『適性』などあるのだろうかと思う。……『絶対者』とでも書いてみようか。
「無理に記入していただかなくても大丈夫ですよ。新規の冒険者様の場合、登録手続きに含まれる『適性診断』で適性系統を調べるのが一般的ですので。」
『適性診断……!?』
「それでは、こちらへどうぞ」
適性診断を受けるため案内された場所には、すでに何人かの申請者が座って待っていた。一見しただけで場数を踏んでいると分かる猛者ばかりだ。なぜ彼らまで診断を受けるのかとオルマが不思議そうに見つめていると、その視線に気づいたのか職員が説明を添えた。
「ここ王都の冒険者ギルドの他にも、各大陸にはそれぞれ独立して運営されている冒険者ギルドが存在します。ギルドごとに管轄区域が決められているため、その地域で活動するには該当するギルドへの加入が必要となるのですよ」
「ああ、そういうことだったんですね」
オルマが最後の申請者だったのか、彼が席に着くとすぐに案内係の説明が始まった。
「新規登録の皆様、ようこそ。適性診断は大きく分けて『身体操作能力』『マナの運用能力』『神力感応力』の三項目で進行いたします」
二十歳になったばかりの駆け出し冒険者を装うには、自分の能力をどこまで見せなければならないか、オルマには全く見当がつかない。
先ほどの大男を倒した時も力を極限まで抑えたつもりだったが, 周囲の反応を見る限り、それでもやりすぎだったようだ。
「まずは第一項目、『身体操作能力』の測定です。簡易的な体力測定および筋力測定、武器の扱いなどを確認させていただきます。では、移動しましょうか」
冒険者の世界に足を踏み入れたばかりの新米オルマに、最初の試練が迫っていた。
『……これ、かなりマズいかもしれない』
ここまで読んでいただきありがとうございました!
少しでも面白かった、続きが気になると思っていただけましたら、ページ下部の【ブックマークに追加】や【評価ポイント(★★★★★)】をいただけると、執筆の励みになります!




