暗闇の底で
初投稿作品です(^^)
右も左も分からずオロオロしてますが、楽しんで投稿していければなと。
よろしくお願いいたしますーm(__)m
目を開けても、閉じても、同じだった。
暗い。冷たい。湿った石の匂いが鼻の奥にこびりついている。どれくらいここにいるのか、もうわからない。一日か、三日か、一週間か。腹が減っているのかさえ、曖昧だった。
湊は壁に背を預け、膝を抱えていた。
ここがどこなのか。なぜ自分がここにいるのか。それだけは覚えている。光に呑まれ、気づけば見知らぬ広間に立っていた。甲冑を着た兵士たちに囲まれ、白髪の老人が何かを唱えながら、青白い石を差し出した。
鑑定石、と誰かが言った。触れろ、と命じられた。
石に手を置いた。
何も起きなかった。
老人が眉をひそめた。もう一度、と言われ、今度は両手で触れた。それでも石は冷たいまま、光も、文字も、紋様も浮かばなかった。
普通の召喚者なら、石に触れた瞬間に能力の名前と等級が浮かび上がるのだと、後で知った。湊の石は、空白だった。
兵士たちの顔が変わったのを覚えている。期待が失望に、失望が苛立ちに、やがて怒りに変わった。
それだけだ。
あとは、ここに放り込まれた。
別に、どうでもよかった。
祖母が死んだ。最後に湊の指を握っていた小さな手から、ゆっくり力が抜けていった。あの瞬間、湊の中に残っていた何かも、一緒に消えた。
父も母も、戦争で死んだ。東京が燃えた日のことは、もう思い出せない。思い出せないのではなく、思い出す気がないのだと、どこかでわかっていた。
それでも、祖母だけは残った。学校に行かなくなっても、口をきかなくなっても、毎朝味噌汁を作り、湊の分の茶碗を並べた。最後まで、湊を人間として扱い続けた。
寿命だった。戦争のせいではない。ただ老いて、眠るように逝った。最後に「みーくん、ごはん食べてね」と言って。
——それで、もう何もなくなった。
だから、この暗闇も別に構わない。どこにいても同じだ。あの世界にいても、この世界にいても。光があっても、なくても。
湊は目を閉じた。閉じても開けても同じなのに、閉じた。そうする方が、少しだけ自分で選んでいる気がした。
静寂の中に、音が混じった。
最初は気のせいだと思った。水滴が石に落ちる音と区別がつかないほど小さな、かすかな音だった。それでも、何度か繰り返された。
——みぃ。
猫の鳴き声だった。
湊は目を開けた。暗闇は変わらない。それでも、音の方向だけはわかった。鉄格子の向こう、通路の奥から、小さな足音が近づいてくる。爪が石を引っ掻く、乾いた音。
やがて、鉄格子の隙間から何かが滑り込んできた。
温かかった。
小さな体が湊の足にぶつかった。柔らかくて、温かくて、震えている。
みぃ、ともう一度鳴いた。今度はすぐ近くで。
湊は動かなかった。動く理由がなかった。それでも、その小さな体は足元に丸くなり、震えながらそこに留まった。
しばらくして、震えが止まった。小さな寝息が聞こえ始める。
湊は暗闇の中で、足元に眠る何かの温度を感じていた。祖母が最後に握った手とは違う。もっと小さくて、もっと頼りなくて、それでも確かに生きている温度だった。
手を伸ばそうとは思わなかった。
でも、足を引くこともしなかった。
翌日——たぶん翌日だと思う——鉄格子の隙間から、干からびたパンが投げ込まれた。
暗闇に目が慣れ、通路の奥から届く薄い光の中に、パンと一匹の黒い子猫が見えた。
子猫は湊を見上げていた。
金色の目だった。暗闇の中で、その目だけが光っている。片方の耳が少し折れ、体のあちこちに古い傷があった。痩せていて、毛並みも悪い。
でも、その金色の目だけは、まっすぐだった。
子猫はパンをちらりと見て、それから湊を見る。湊が何もしないでいると、小さく鳴いてパンの前に座った。それでも食べようとはしなかった。
湊が手を伸ばすのを、待っているように見えた。
「……いらない」
自分の声が、ひどくかすれていた。何日ぶりに声を出したのか、わからない。
子猫は首を傾げた。それからパンを前足で押し、湊の方へ転がした。
湊はそれを見下ろした。
子猫がもう一度鳴く。今度は少しだけ強く、催促するように。
「……お前が食えよ」
子猫は動かなかった。金色の目で、じっと湊を見ている。
その目を見ていたら、祖母の声が聞こえた気がした。
——みーくん、ごはん食べてね。
湊は、パンを手に取った。
硬くて、味がしなかった。それでも噛んで、飲み込んだ。子猫はそれを見届けてから、ようやく床に落ちていたパンの欠片を食べ始めた。
それが、湊とこの子猫の最初の食事だった。




