7-4 日焼け止めは自分で塗ってくれ。無理ですかそうですか。
「任せろ。俺はひよこ鑑定士みたいなもんだ。バスト鑑定士、一級」
「はあ……」
アホらし。でもたしか結菜も最初の晩、八十三のごにょごにょって言ってた。岸田の奴、割とプロかも。
「ならついでに聞くが、ウエストとヒップはどうよ」
「そうさな……」
またサングラスを外し、結菜を見つめる。それから俺を見て、とんでもないことを言い放った。
「教えてやってもいいが、一日、結菜ちゃん貸せよ。デートさせろ」
「断る」
決まってんだろ。
「岸田に貸したら、妊娠確定だ」
「いやだなあ……。健全なデートですよ、お兄さん」
「……もうそのジョーク聞きたくない」
ヒエヒエのビールを一気に流し込む。冷え切った泡が喉を心地良く通り抜けた。麦芽の香りを後に残し。
イヤホンを耳にねじ込むと、ビーチチェアに横になって、スマホの音楽にどっぷり浸かった。
「洋介兄っ」
「……」
「寝てんの」
「あ、ああ……」
少しうとうとしてたようだ。気がつくと結菜に体を揺さぶられていた。
「ほら。おじさんみたいにしなびてないで、遊ぼうよ。せっかく海に来たんだし」
俺の手を掴んで、立たせようとする。
「俺はここで飲んでる。気にせず遊べ」
「ちぇーっ。せっかくの休みなのに」
手を腰に当ててむくれている。細かな花柄が散らされたビキニ姿。北国の娘のせいか、結菜は肌がどえらく白い。つい胸をガン見してしまったわ。なるほど、これが八十三のCって奴か。勉強になるな。
サングラス越しだから、ガン見はバレていないはず。
「結菜ちゃん、こいつはおじさんだよ。俺が代わりに遊んでやるよ」
いそいそと立ち上がる岸田。
「うーん……。お兄が来るなら」
「俺は行かん」
「ならいいや。あたしもちょっと疲れたかな」
隣のチェアに座った。
「あー、炭酸水おいしい」
結菜のドリンクな。ビールも炭酸水もまだたくさん、氷入りのバスケットに放り込んである。
「お前元気だよな」
「そりゃあね。海なんてあんまり来たことないし」
「俺がまた連れて来てあげるよ」
岸田の奴、めげないな。……まあこういうキャラだからこそ、アプリの女がどうのこうのとか、始終やってるんだろうけど。このバイタリティーだけはある意味、俺も見習うべきなのかも。
「そうね。お兄と一緒だったらいいよ。ここ、北海道と違って海がキラキラ明るい感じだし」
「北海道の海だってキラキラしてるんじゃないかな。結菜ちゃん」
「うーん……。ちょっと違うんだよね」
そんなもんかもな。
「ねえお兄。日焼け止め塗ってよ、ほら」
ボトルを俺の腹に投げる。
「自分でやれよ」
「背中は無理じゃん」
「日焼け嫌なら、Tシャツでも着てろ」
「嫌だよ。袖の跡がつくじゃん」
「仕方ないな」
岸田が大げさに溜息をついてみせた。
「木戸がやらないなら、俺がやってやるよ」
「なら俺がやる」
「……なんだよ木戸。お前、例のコントかよ。どうぞどうぞって奴」
仕方ない。結菜を岸田の魔の手に落とすわけにはいかんし。
「背中出せ、結菜」
「うん」
いそいそとビーチチェアをフラットにすると、結菜はうつ伏せになった。長い髪をかき上げて、背中を出す。
ボトルを握って、汗の粒が浮く背中に、縦に三線ほど白い筋を付ける。
「冷たいっ」
「我慢しろ。行くぞ」
肩から腰にかけて、ゆっくり塗り拡げる。
「はあー。なまら気持ちいい」
なんだよ柔らかいなこいつ。比喩としてはどうなんだと思うが、うまいホタテ貝くらいの感触じゃんよ。
「人にやってもらうといいね。お金あったらあたし、マッサージとか受けたい気分。エステで」
「勉強頑張ればそのうち、俺がおごってやるよ」
「本当?」
首を捻って、俺を見上げた。
「約束だかんね」
「わかったわかった。……はい、終わったぞ」
「脚の裏側もやって……」
「自分でやれ。手が届くだろ」
ケツを一発ひっぱたいてやった。
「ちぇーっ、ケチ」
散々ぶーたれてたが、日焼け止めを塗り終わると、また波打ち際に飛び出した。今度は海にざぶざぶ入ると、しゃがんで冷たいとか叫んでる。
「元気だなー」
さすがの岸田も、呆れたような口ぶりだ。
「まあ若いからな」
「俺達より七つか八つ若いわけだろ。それにセフレ志願されて、お前幸せもんだな」
「そう言うが岸田、毎晩地獄だぞ」
マジ、実感だ。
「地獄ねえ……」
首を捻っている。
「どうすんだ木戸。相手は本気だ。この先もずっと逃げ回るのか」
「はあ? 俺、保護者扱いだし。手なんか出したら親とか親戚に殺されるわ。いとこ同士だぞ」
「従姉妹とは結婚できるけどな」
「馬鹿なこと言うな。相手はまだ子供じゃないか」
「あれが子供ねえ……」
胸を揺らして走っている結菜を見つめて。
「お前がいらんのだったら、俺が彼女にしてもいいか」
「またその話かよ」
「だってそうだろ。同級生も紹介してくれないんなら、本人をもらうしか」
「どうしてその二択なんだよ。断る」
「なんでだよ。俺の人格はお前も知ってるだろ」
「だから断る」
「ちっ……」
溜息をついてやがる。
「使えねえなあ……木戸お前」
「お前はいつもどおり、アプリで頑張れ」
「いやもちろん、そっちもしてるけどさ。……でもこんだけの大当たりを前にしてなんもしないの、もはや罪だぞ」
「なんの罪よ」
「そら、人類の本能に対する罪よ。俺達それに従ったからこそ、百万年も栄華を誇ってるんだろ」
「アホ抜かせ」
軽くスルーしたが実際、結菜をどうしたらいいんだろう。
俺は自分の気持ちに問いかけてみた。かつて告白したくらいで、嫌いなわけじゃない。去年玉砕しなかったら、普通に仲良くなってたはず。なら今、結菜のアピールに応えても悪いってわけじゃない。
……くそっ。
ガン冷えビールと共に、自分の気持ちを押し流した。今晩も同じベッドで眠る。とりあえずそこで攻撃に堪えないと……な。




